第134話 奇跡の二日目 ――雨の中の決闘1――
背中合わせから始まった、俺とライルの斬り合いの一合目。
結論から言うと、初手は完全に先手を取られてしまった。
ライルが振り下ろした剣を俺は半身で回避し、異常に太くなった腕を斬ろうとした時だった。
奴の馬鹿でかい魔剣が地面にめり込んだ瞬間、恐らく魔剣の能力を発動したのだろう、爆風と遜色がない衝撃波が俺を襲ったんだ。
「ぐ、うわぁぁっ!?」
俺の身体は衝撃波によって吹き飛ばされ、地面を転がされてしまった。
戦いにおけるダウンは、死に直結してしまうもっとも避けるべき状態だ。
突然の出来事で受け身を取れなかった俺は、今まさにその状態。
不味い、奴の身体能力の事を考えると……!
予想は的中した!
俺が身体を起こそうとした瞬間、奴は異常な身体能力で一気に俺との距離を詰め、剣を振り下ろそうとしていた。
ヤバイ、剣二本でガードするか?
いや、無理だ。奴の膂力は化け物レベル。人間を両断出来る位の馬鹿力を剣如きで防いでみろ、俺の剣ごと真っ二つにされる!
なら、地面を転がってでも何とか攻撃を避けるしかねぇだろ!
俺は雨でぬかるんだ地面を転がって、泥だらけになりつつライルの斬撃を辛うじて回避した。
また衝撃波が襲ってくると思って身構えたが、今回は何も発生しなかった。
急いで俺は立ち上がって、剣を構え直した。
しかしこいつ、薬で頭がラリってるかと思ったら、随分と理性が残ってるじゃねぇか。
ちょっと話をしてみるか。
「……ライル、てめぇ随分と冷静に戦ってるじゃねぇの。以前会った時は俺の愛剣をめっちゃくちゃ狂ったように欲しがってた癖に」
「ああ、確かにその通りだ。実際さっきまでは薬の効果で気分が高揚していたからな」
「今は?」
「今は、復讐対象である貴様と対峙する事で、冷静になったさ」
「……さいですか」
「我が流派、アルベイン一刀流の真髄は、『常に心と思考は《静》であれ。それこそ一撃必殺の剛の剣となる』だ。俺の最大の敵を目の前にした瞬間、俺は精神面で《静》の境地に至った」
なるほど、ただ力任せにぶんぶん剣を振っているだけだと、無駄に体力を消費するからな。
頭の思考はクリアにして、焦らずチャンスを狙っていざという所で改心の一撃を見舞うって訳か。
さすが免許皆伝。メンタルコントロールも一流って事か。
「俺は強くなる為に、人間でいる事の固執を捨てた。そしてこの化け物の身体と、俺が望んだ魔剣と、そして俺にぴったりの流派に出会った! さらに、お前と渡り合えている――、いや、この瞬間では凌駕した! こんなに、こんなに嬉しい事はない!!」
強さを渇望した結果、人間をも止める事に躊躇いがなかったようだ。
しかもタチ悪いのが、本人がそれを自覚している事だ。
何の雑念もなく、今の結果に喜んで戦う人間程、躊躇いなく戦ってくるから非常に厄介だ。
強さの理想全てを手に入れたライルは、父さんを越える程の強敵かもしれない……。
「話は終わりだ。殺し合いを続けようか、ハル・ウィード!!」
「ちっ、久々の再会なんだし、もうちっと話に花を咲かせてもよくねぇか?」
「俺達に、そんなものは必要か?」
「――必要ないな」
本当はもう少し話して、何かしらの突破口になりうる情報を引き出そうと思ったが、ライルは思いの外冷静だ。簡単に情報はくれなかった。
俺は早々に楽しくないお話を諦めて、剣を構えた。
仕方ないな、分の悪い戦いになる。奴の身体能力を考えると逃げる事も許されないみたいだから、どっちかが倒れるまでやるしかない。
俺は両耳にサウンドボールを吸着させ、《ミュージックプレイヤー》を発動させる。
選択した曲は、《アーチ・エネミー》というデスメタルバンドの《
間髪入れずに襲ってくるギターリフに悪魔的なメロディ、正確無比のドラムのツーバス、そして地から這い出てきた悪魔のようなデスボイス。このボーカルは男性だと思われたが、ところがどっこい。何と驚きの女性である《アンジェラ・ゴソウ》だった。
当時は俺も目ん玉飛び出る位びっくりしたもんだ。だってさ、デスボイス出せそうな容姿じゃないんだもん。怒っているような表情で歌っているアンジェラのミュージックビデオも結構見物だ。
ああ、この出だしだよ、最高にテンションが上がってくる!
さぁ、次は俺から仕掛けていくぜ!
俺は前方にダッシュし、ライルの懐に潜り込んだ。
その巨体と大剣だと、懐に潜り込まれると対処が厄介極まりないだろう。何故なら、あまりにも得物が大きすぎて、細かい対応がしにくいからな。
奴は今上段に構えている。巨体でリーチが長くなったのが仇になったな、腹がガラアキだぜ!
「ふっ!!」
息を短く吐くと同時に愛剣二本を揃えて横に振った。
だが、刃はライルの腹を裂く事はなく、皮膚一枚程度しか食い込ませられなかった。
固い! 恐らく膨張した筋肉も相当な強度を誇っているのだろう、まさに筋肉の鎧だぜ。
すると、ライルは上段に構えていた魔剣を振り下ろす気配がした。俺はすぐさま見上げると、腕をたたんで先が尖った剣の柄頭を振り下ろしてきた。
くっそ、誘い受けかよ!
確かにそれなら零距離でも対応できるし、そんなのを脳天に倉ったら頭を貫かれた直後に押し潰されてミンチ確定だ!
だが、ライルの攻撃後は絶好の反撃のチャンス! 俺は軽く後退する事で、ライルと距離を離す事なく回避に成功したが、柄頭が地面に突き刺さった瞬間、泥が俺の顔に掛かる。
もちろん、そうなる事は予想済みで、目に泥が入って開けられないものの、《ソナー》の準備はしてある。
早速発動をし、頭が痛くならない〇.五秒間隔で音の反射によって視覚を得る。
「っらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺はライルの太い腕を切り落とす勢いで、上段から愛剣二本を振り下ろした。
全部の体重と筋力による勢いを完全に乗せた、俺が振るえる全力の斬撃!
サクッ
だが、無情。
俺の全力は筋肉の鎧には全く届かず、またしても皮膚一枚を斬った程度に終わり、刃は奴の筋肉を断つ事が出来なかった。
くっ、冗談は顔だけにしてくれよ、マジで……。
「シャアァァァァァァッ!!」
ライルが吠えた。
同時に俺の頭の中に《ソナー》から送られてきた映像が入ってきた。
筋肉が膨れ上がっているぶっとい脚で、俺に向けて膝蹴りを繰り出してきている。
どう考えても、あんなの食らったら戦闘続行なんざ不可能だっての!
今から回避するのは難しいから、俺は勢いよく迫ってくる奴の太ももに両足裏で受け止める。
だが、ライルの膂力は半端なく、ライルの身長の半分位の大きさである俺は、思いっきり吹き飛ばされてしまった。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」
まるでジェットコースターを味わっている気分で、空中できりもみ回転しながら吹っ飛ばされる俺。
そして、そんな速さで飛んでる俺を同じ速度で追い掛けてくるライル。
ってか不味い、このままだと追い付かれて斬られる!
奴は魔剣の射程まで追い付いて、横薙ぎを放ってきた。
俺は辛うじて地面に《ソニックブーム》を撃つ事で、自身が作った衝撃波によって身体が上に浮いてギリギリ奴の斬撃を回避した。
ひぇぇぇ、間一髪だ!
でもまだ俺は空中に浮いた状態だ。ここで攻撃されたら回避手段は《ソニックブーム》しかなく、しかも読み違えたらそれこそお陀仏。
だったら……!
俺は左手に持っている
恐らく、奴は《ソニックブーム》もしくは《ブレインシェイカー》を警戒して、俺の背後か側面に回るはず。
俺の読みは見事的中し、俺の周囲に発動している《サウンドマイク》が、背後から聞こえるライルの呼吸音を捉えた。
その瞬間、右手に持っている
……チェックメイトだぜ、ライル!!
俺は《ブレインシェイカー》を発動しようとした、その時。
「ぅぅぅぅぅ、ガァァァァァァァァァァァッ!!」
ライルが、大気を震わせる程の大音量で吠えた。
あまりにも煩くて耳を塞いでしまう。
だが、この瞬間に異変があった。
俺の周囲に発動していた《サウンドマイク》、《ミュージックプレイヤー》、そして奴の脳みそに吸着していたサウンドボールが一気にかき消された!
「はぁっ!?」
今まで起こった事がない、初めての経験。
俺の不可視で最高の魔法が、初めて打ち破られた。
しかも、ライルの放った咆哮によってだ。
どういう原理でかき消されたのかはわからない。だが、あの咆哮が原因なのはわかる。
俺は地面に着地し、奴の顔を見た。
ちっ、まるで鬼のような形相で俺を見下ろして笑っていやがる……。
さらに悪い事は続き、雨に長時間浴びているせいか、身体が全然暖まらないどころか寒さを感じてきている。
このままじゃ明らかに負ける。
身体能力差で逃げ切る事は不可能だし、さぁて、どうするか……。
俺は勝つ為に、奴と斬り合いながら必死になって考えていた。
ライルの魔剣が放つ衝撃波に吹き飛ばされてもしっかり受け身をとって、皮膚に浅い切り傷は作っていく。
今のところ、対抗策はなかった。
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