第133話 奇跡の二日目 ――英雄 対 化け物――
――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第九十三ページ第二章、《奇跡の二日目》より抜粋――
レミアリア陣営の奇襲部隊百名は、化け物が繰り出した攻撃により、倒れた木に押し潰されたり鋭い枝が全身に突き刺さったり等して全滅してしまう。
これによって、レミアリア陣営の切り札と呼べるハル・ウィードを前線に出す事で、両陣営の切り札が戦場に現れ、戦局は大きく動き出す。
ここで、ヨールデン陣営の切り札である化け物が生まれた仕組みを紹介しよう。
現在でも出回っている魔の薬である《天使の息吹》は、特別な製法によって産み出されたドーピングアイテムである。
製法に関しては現在でも明らかにはされていないが、これを服用すると魔法適正がない人間でも魔力を持つ事が出来るようになり、一気に魔力量ランクがSまで上がるのだ。
しかし、自身の魔力許容量を明らかに越える為、副作用として頭部以外の筋肉が魔力の循環によって膨張し、化け物へと変貌するものだ。
一瓶五万ジルと高価で販売されており、持続時間はたった三日だ。しかも魔法を使った分、内包した魔力は体外へ出ていくので、徐々に筋肉が萎んでいくのだ。中毒性はないものの、魔法を使う快感や努力しても得られない魔力量に、この薬の虜になってしまう者が続出し、現在でも社会問題になっている程だ。
現在、この薬によって化け物と化した人間を、《変貌者》と呼んでいる。
当戦争で投入された人間は、レミアリア陣営から引き抜かれた無名の新人兵士のようで、記録にも特に名前の記載はなかったものの、どうやらハル・ウィードを浅からぬ因縁があったようだ。この因縁がヨールデン陣営の作戦を台無しにしてしまったのだが、それは後述する。
レミアリア陣営は、ヨールデン側が変貌者を肉壁にして進軍する事を、ハル・ウィードの魔法によって事前に把握する。
レミアリア側の軍師である《ニトス・レファイレ》は、リュベールの森中央に作られてしまった道を敢えて利用する事を決める。
ハル・ウィードが、レミアリア陣営唯一の不安要素である変貌者を単独で引き付け、魔術師以外の兵士達全軍を両脇に残っている木々に散らせ、中央の道を通ろうとするヨールデン兵士達を挟撃する。
被害を最小限にしたいレミアリア陣営は、当然ここで全力衝突はしない。一撃を加えたらそのまま森に戻り、反対側からさらに一撃を加えるという戦法を取った。当然この挟撃を抜けてくる敵兵士が出てくるが、もし討ち漏らした場合はリュベールの森約五百ローレル手前の丘頂上で待機している魔術師達が、水属性の魔法や土属性の魔法で集中砲火して排除する作戦を立案。
また、初級魔法ならば挟撃を仕掛ける場所がちょうど射程範囲内の為、一撃を加えて身を隠した瞬間に初級魔法の雨を降らせる事も出来る。
雨の中で役に立たない火属性適合の魔術師は、短距離なら《ファイヤーボール》を放てるので、一緒に森の中に身を潜めていた。
本来戦争の花形と言える魔術師も、爆撃ではなく水属性の中級魔法である《ウォータープレス》という水圧で押し潰す魔法や、《ロックブラスト》という土属性の中級魔法を使用し、人間の頭程度の岩を生成し勢いよく発射させて着実に敵兵士の数を減らす選択を取ったのだ。
もしここで殲滅魔法を選んでしまった場合、その爆撃によって森が破壊され、新たな突破口を作ってしまう恐れがあった。
出来る限り兵士を減らさずに勝利を掴み取りたいレミアリア陣営からしたら、攻め込める道を作るというのは敗因を生んでしまう選択なのだ。
ちなみに魔法の射程に関しては、初級魔法が最大一レーズと五百ローレル、中級魔法は七百ローレル、上級魔法は二百ローレルと、威力が増す毎に射程が縮まっていく。超長距離射程魔法も存在しているが、初の《虹色の魔眼》所有者として確認された者以外が使用した例はなく、超高難易度の魔法となっている。現在も研究がされているが、実用化には至っていない。
この時代での戦争方式は、基本的正面からのぶつかり合いで、そこに魔法を撃ち込むという原始的な戦争だったが、レミアリア陣営はそれを避けた。
このように地の利を活かして戦い、敵を撹乱したり待ち伏せ、奇襲を行う戦法を《ゲリラ戦》と呼び、現代の戦略を複雑化させた要因とも言える。
さて、ここからはハル・ウィードが英雄と呼ばれる由縁となった、変貌者と彼の一騎討ちを記述していく。
この記述は、ニトス・レファイレが書き残した日記を参考にした、忠実な戦闘記録である。
覚悟が決まると、こんなにも落ち着くもんなんだな。
俺はそれなりに命のやり取りをしてきたけれども、もうちょっと不安になるかと思っていた。
だけどさ、俺の背後に守るもんがあるって思った瞬間に、逆に力が沸いてきたんだ。
「ははっ、何でだろうな。あんな化け物相手でも負ける気がしねぇや、今」
今回、あの化け物は別に倒さなくてもいい。
俺は化け物を引き付けて森から離し、そして進軍してくる敵軍を森の中から挟み撃ちで倒していくっていう寸法だ。
まぁ俺は囮って訳なんだが。
という訳で、俺は今全力で森へ向かって走っている。
丘陵地帯だからなかなかアップダウンが激しい地形だけども、まぁ日頃しっかり鍛えているから問題はない。
さて、ようやく森の入り口が見えてきたぜ。
ってか、まだ距離があるのに、あの化け物の姿が大きすぎて目立つわ!
でもまぁ、これからこいつと俺はやりあう訳だ。
「……はっ、上等!」
俺は雨が降る中、両手に愛剣を持って駆け抜ける。
右手の
まるで血に餓えているようだ。
最近は斬り合う事もなかったからなぁ、久々に使って貰えて喜んでいるようにも思える。
そして、森の入り口に到着すると、化け物は仁王立ちして俺を待っていた。
うっわ……マジででっけぇぇぇ……。
威圧感も半端ないし、いくら気持ちが高揚していたからと言っても少し怖くなってきた。
まるであの無数の巨人を駆逐する漫画に登場する人間の気分になったようだ。
奴の荒い息遣いが聞こえる。
殺気も大分放っているんだが、それに加えて別の威圧感がある。
今まで味わった事のない威圧だ、正直息苦しさを覚える。
「はぁぁぁぁぁぁっ、ハル・ウィィィィィィィドォォォォォッ!!」
化け物が、俺の名前を叫んだ。
は? 何であんなのが俺を知ってるんだよ!
「ま、待て、ライル! お前はこの森をゆっくり進む仕事が残っているだろう!!」
待て、待て待て待て待て!
今、側にいた敵兵士があの化け物をライルって言ったよな!?
あれが、ライル……なのか?
「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!! ハル・ウィードを殺す! この俺の剣で、ぶった斬るんだ!!」
「気持ちはわかるが落ち着け! この戦いに勝たなければ、お前はその体を維持出来ないんだぞ!」
「ぐ、ぐぐぐぐぐっ」
あいつ、理性がある。
まさかライルのバカ、自ら望んで人間を捨てたのか?
そこまで俺に執着しているのか……。
しかし、あそこで踏み留まっちまうと、挟み撃ちが失敗に終わるどころか壊滅的被害が出てしまう。
なら、俺がやる事は一つしかない!
俺は自分の口にサウンドボールを吸着させて、《拡声》の指示を出した。
「やーい、ライルのあほんだら! 図体デカくなっても、相変わらず俺に挑む度胸はねぇみてぇだなぁ!?」
「っ!! ハル・ウィードぉっ、俺を侮辱するのかぁぁ!!」
「はっ! 侮辱になる程てめぇは立派じゃねぇだろう!? 何いっちょ前になった気でいるんだよ、ド阿呆!!」
「……殺す、殺してやる!」
「ああ、その意気だぜ! ほら、そんな狭い所じゃ不憫だろう? こっちの丘で殺り合おうぜ?」
俺はライルに背中を向けて、森から離れるように走り出した。
ライルも俺に追い付こうと走り出そうとした。
「ライル、待て! これは罠だ! 行くんじゃない!!」
「……俺の、邪魔を――するなぁぁぁぁぁぁっ!」
ちょっと離れていたからよく見えなかったが、どうやら止めていた兵士をあの魔剣で横薙ぎを放ったようだ。
あまりの膂力と恐らく魔剣の力によって、斬られた兵士の上半身は消し飛んだようだ。
そしてあの巨体の割に速い速度で走ってきて、二百メートル程の差があったにも関わらず、もう追い付かれてしまった。
引き寄せには成功した。後は丘で待機している魔術師の皆に被害がいかないように立ち回らないとな。
「よう、随分とまぁ変わり果てたもんだな、ライル」
「……ハル・ウィード。俺は、お前を殺す為だけに、人間を捨てた」
「……ああ、見りゃわかるわ」
とっても醜い姿になっちまってるな……。
当時は黙っていれば、ちょっと目付きが鋭いけどイケメンの部類にいたのに。
「だが、俺はお前を確実に殺す為、魔剣を手に入れた。そして――」
禍々しい形をした魔剣を両手で握り、そして頭上に構えた。
「一年半で、《アルベイン一刀流》免許皆伝を得た!!」
「なっ!?」
マジか、こいつ!
この巨体に加えて魔剣を得て、そしてアルベイン一刀流すらも免許皆伝!?
剛の巨体に剛の剣、そして剛の流派。最悪の三拍子じゃねぇか!
このアルベイン一刀流は、ヨールデン国民のみが教わる事が出来る、まさに剛の剣だ。
上段に剣を構えて胴をわざとがら空きにする。そして胴を斬りに来た所を最速で剣を振り下ろし、真っ二つに切り裂く流派だ。
アルベイン一刀流の特徴としては、全員ムッキムキのマッチョマンだ。
ただ振り下ろす、この一刀に全身全霊を乗せる為、筋力と重い剣を持てる積載量と膂力が必要となるからマッチョマンなんだ。
……ライルの場合、マッチョマンどころじゃないけどな。
そしてこの流派の師範は、滅多な事がない限り免許皆伝を与えない事で有名だ。
免許皆伝を名乗った、つまりは、その師範を打ち破ったか叩き斬って殺したかのどちらかだ。
当然、こんな体型が変わる薬を服用して勝負に勝っても認められないから、人間のままで勝ったんだろうな。
こいつを、二年前のままと思わない方がいいかもしれない。
だが、俺は剣でやり合うつもりは一切ない。
俺は
そしてその剣先にはサウンドボールが生成された。
魔法の熟練度が上がったおかげか、俺が握った物体の先端でもサウンドボールが生成出来るようになったんだ。
そして、奴の脳を目掛けてサウンドボールを発射しようとした瞬間、奴が消えた。
「なっ!?」
正確には消えたんじゃない。
瞬時に俺の背後に回ったんだ! しかもご丁寧に俺と背中を合わせる感じで立っていやがる。身長差がありすぎて背中が合う事はないが。
恐らく風の身体能力上昇魔法である《ブースト》を無詠唱で発動させたのだろう、さっきまで奴がいた地面は、大きく削れていた。奴が地面を蹴って出来たものなんだろう。
「ハル・ウィード、これは挨拶代わりだ」
「そうかい、わざわざ攻撃しないでくれたなんて、親切にどうも!」
「俺は、お前を全力を以てねじ伏せて殺す!」
「生憎、俺は死ぬつもりはねぇよ。てめぇが死ね」
「その言葉、そのままそっくりお返ししてやる。ちなみに、貴様の魔法は全て、《武力派》の連中によって調べてもらった。さっきのは《ブレインシェイカー》という即死魔法だろう?」
ちっ、バレていやがる。
「その魔法は、素早く動くと撃たない傾向がある。つまりは俺が速く動けば役立たずの魔法という訳だ」
「……俺を調べるなんて、おたくら暇だな」
「今一番驚異なのは、貴様の不可視の魔法だからな。戦闘に関する対策は練った。だから、お前を殺せる!」
本当、よく調べたもんだ。
《ブレインシェイカー》は、ライルが言ったように速く動く相手には全く効果を発揮できない技だ。
そもそも、サウンドボールを相手の脳にピンポイントに吸着させる必要があり、サウンドボールの軌道をコントロールするのに集中力もいる。その為足が一瞬止まってしまう。
つまり、現状のライルにはもう《ブレインシェイカー》は使う機会がほとんどない、という訳だ。
同時に、この速さを考えると、逃げるのも不可能だろうな。
どのみち、俺が死ぬか奴が死ぬか、どちらかしかないって事だ。
……ま、嫌いじゃないけどな。
「ハル・ウィード。ここからが本番だ!」
「ああ、かかってこいよ、デカブツ!」
お互いが振り向き、奴は剣を振り下ろし、俺は両方の剣を同時に横薙ぎを放つ。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「カァァァァァァァァァァァァァッ!!」
俺達の殺し合いが、始まった。
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