第235話 自由貴族
――ドールマン視点――
今日は我が国の英雄、ハル・ウィードを公爵にする為の盛大な催しを開いた。
名実申し分無い彼は盛大に祝われ、無事公爵となったのだ。
地位や名誉を大事にする貴族にとって、こういった催しは身に余る光栄な事だし、且つ自己顕示が出来る絶好の場なのだ。
他の貴族との繋がりだって構築出来るし、力関係を示せる。
普通の貴族であればどんな事よりも最優先にすべき催しのはずだ。
……普通なら、だ。
我が国の英雄殿は普通ではなかった。
きっと彼の中ではこのような催しはどうでもいいのであろう。
余が用意した催しより、妻の出産を優先したのである。
子の出産も貴族にとっては跡取りにもなるから大事な仕事ではあるのだが、通常なら王族の催しを優先すべき筈なのだ。
やはりハル殿は普通の貴族の枠から大きく外れている存在だった。
どんなに自分より立場が上の人間がいたとしても、自身の信念を最優先する。国王である余に対しても、気に食わなかったら全力で歯向かうのだ。
そして信念を貫く為なら命すら賭ける程だ。
こんな事が出来る人間が、通常の貴族の枠組みに当てはまる訳がない。
ほら見ろ、ハル殿を一目見ようと来た国民達も、ハル殿とのコネを作ろうとしていた貴族も困惑しているではないか。
「……父上、ご存じかと思われますが、ハルが帰りました」
我が息子であり王太子であるジェイドが、呆れた顔で余の横に立って言ってきた。
「……知っている。本当に彼の行動は全く読めないな」
「私も読めません。でもあいつは受勲すら蹴飛ばす男ですからね」
「……そんな事もあったなぁ」
昔を思い出す。
《武力派》に襲われた我が王族は、まだ小さかったハル殿に救ってもらった。
そして国民の誉れである勲章を授与しようとしたのだが、彼は「いらない」と断ったのだ。
自分は音楽で成り上がりたい、そう明確に余に宣言したのだ。
普通なら喜んで受け取る筈なんだがな。
本当に普通とか通常ならとか、そういう言葉に当てはまらない生き方をしている。
何故、彼が不敬な態度を取っても平気なのか。そして不快に思わないのか考えた事があった。
理由は単純であった。
ハル殿は自信に満ち溢れている男なのだ。
そして有言実行してしまう程の実力も備えている男なのだ。
武力も持ち合わせていて、音楽でも誰もやった事がない事ばかりを実行してきた。
さらに領地経営も順調で納税も文句なし。
今や貴族の中で一番財力を持っている貴族と言ってもいいだろう。
全てを兼ね備えていると言っても過言ではないハル殿に、皆一目で惹かれてしまうのだ。
同性であったとしても、ハル殿に憧れてしまう。
「こんな男になりたい」と。
自由がほとんどない王族の余から見ても、羨ましいと思える生き方をしている。
嫁いだアーリアも不満がない所か、城にいた頃より充実した毎日を送っているのだとか。
「過去を思い出しているのか現実逃避をしているのか存じ上げますが、父上」
「む? どうした?」
「主役がいなくなったこの催し、如何なさいます?」
「…………どうしたもんか」
……もう正直に終了宣言するしかなかろう。
はぁ、と自然に溜め息が漏れてしまう。
「父上、ハルに後で借りを返してもらうように言ってありますので、多少の無茶なお願いも聞いていただけると思いますよ?」
「そうか。それならこちらが完全にマイナスになった訳ではないな」
後で絶対に大きな借りを返してもらうぞ。
さて、彼には音楽貴族と名乗る事を許可するつもりだったが、却下だ。
「ジェイド。ハル殿は今日から《自由貴族》だ。もう強制で国民に伝えよ」
「……それでいいでしょうね」
では終了宣言をするとしよう。
……はぁ。
――《レミアリア偉人・変人列伝》第十ページより抜粋――
芸術王国レミアリアの歴史上でもっとも偉大で、もっとも変わり者だったハル・ウィードは通称自由貴族と呼ばれるようになった。
当時通称とは二種類あった。
上級貴族に分類される公爵と侯爵は国王から正式に名乗っても良いと許可を貰う形になっていた。
下級貴族に分類されている伯爵、子爵、男爵は各々の領民が領主の行動を見て名付けるのだ。
武力にも秀でていて、且つ音楽業界を大きく改変させた英雄であるハル・ウィードは、公爵になるまでどのような通称で呼ぶかが決まっていなかった。
偉大な実績があまりにも多く、皆が決められない状況が続いていたのである。
しかし、英雄が公爵になった催しを中抜けした事によって、半分キレかけていた当時の王である《ドールマン・ウィル・レミアリア》が名付けたのだった。
王族であろうと誰であろうと自分の信念を最優先した結果、常に最良の道を歩いてきた男。
彼が没して三百年経った現在であっても《尊敬する偉人ランキング》で一位を独占し続ける男。
自由貴族、ハル・ウィードに並ぶ程の偉大なる傑物は、執筆現在では未だ現れていない。
彼ほどの数々の偉業を成し遂げられる人間なんて、早々現れないだろう。
それでも、そんな彼の破天荒で自由な生き方に、人は今も尚彼に憧れを抱き続けている。
何事も人生を楽しみ、ストレス社会と言われる貴族社会すらも楽しんだと言われているハル・ウィード。
彼は死して尚、国民に対して自由な生き様を背中で見せているのである。
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