第50話 王都で暗躍する不穏な影


 ああ、本当に夢じゃないんだな。

 一ヶ月とちょっとしか離れていないのに、すっげぇ久々に会った気分だ。

 俺の怪我が治ってるって事は、リリルが《ラブ・ヒーリング》を掛けてくれたんだな。

 あの魔法、本当に俺限定で全快にしてくれるからありがたいが、効力は俺に対する想いに比例する。

 つまり、誰かを好きになったら、この魔法は俺に対して無意味になってしまう訳だ。

 だから全快したって事は、俺の事をまだ好きだって事なんだよな。

 よかった、すっげぇ安心したよ。


 レイは、何か髪を下ろしているせいか、お姉さん具合が増してるな!

 でも泣きじゃくってる所を見ると、年相応の八歳だなって思えるよ。

 こいつは回復魔法は使えないから、俺に何も出来ないって落ち込んでた時期があった。

 いやいや、お前は強力な技を二つも引っ提げてるじゃねぇか!

 それで俺の背中を安心して預けられるんだから、十分に俺に対して奉仕してくれてるよ。


「よう、いちゃいちゃしてるところ悪いな、ハル」


「ん? えっ、父さんも? この二人ならわかるけど、何で父さんまで」


「俺か? 俺はちょっと陛下に呼ばれたから王都に来たんだ。そのついでに、お前のお姫様二人を護衛したんだ」


「そっか。父さんが護衛なら安心できるぜ。ありがとな!」


「おう! んで、大怪我してた理由を教えてくれよ」


 俺が教えようとした時、ベッドの近くの椅子に座っていたミリアが手を上げた。

 ってか、ミリアもいたのか!

 レイスもいるな。

 心配して見舞いに来てくれたんだな、嬉しいぜ。


「あ、あの、ロナウド様! 私が、説明してもいいですか!?」


「ん? ああ、じゃあ宜しく頼むよ、嬢ちゃん」


「は、はひ!!」


 はひって言ったぞ、ミリア!

 まぁ確か父さんに憧れているって言ってたっけな。

 そんな憧れの存在が今、目の前にいる訳だから、そりゃ呂律が回らなくなるか。


 ミリアは事情を全て説明した。

 オーグの依頼の元、ダンジョンに潜った事。

 戦闘は俺抜きでやりたいと申し出て、散々だった事。

 ミリアがゴブリン達に遭遇、拐われて犯されそうだった所を俺が助けた事。

 

「私、ハルっちがいなかったら、今こんな風に暮らせてないです……。彼には、感謝しか言えないですし、もっと謝りたいです」


 父さんと話している時、何度か俺の方を見たな。

 うん、確信した。

 ミリアは俺に惚れてる。

 だってさ、顔を少し赤くしてるし、目が潤んでる。

 付き合う前のリリルにそっくりだから、俺は確信した。

 これで外れてたら、もう笑うしかねぇけど。


 いてっ!?

 左腕をつねられた!?

 見てみると、レイが頬を膨らませて俺の左腕をつねっていた。

 多分、ミリアの態度で把握されたんだろうな。

 いや、俺、意図的に惚れさせた訳じゃないからな!?


 いたたたたっ!!

 結構力強く右腕をつねられた!

 見てみたら、リリルも頬を膨らませて結構力を入れてつねっていた。

 だから、意図的にやったんじゃないって!!


 そしたらレイは俺の左腕、リリルは俺の右腕に抱き付いて来た。

 あぁ、両腕に幸せな柔らかい感触が……。

 俺、こんなに幸せ過ぎていいんでしょうか!

 絶対にこの後よろしくない事が起きそうな気がする!


「「渡さないよ!」」


 レイとリリルが、ミリアに対して同時に言った。

 うわぁ、宣戦布告って感じなのか?

 ミリアはって言うと……すごく悲しそうな顔だった。

 故郷の学校にいた頃に告白を何度か受けて、断った時の女の子達を思い出す。

 この顔を見ると、好きでもないけど胸を締め付けられる感覚に陥る。そして罪悪感が襲ってきて、「付き合った方がいいのでは?」とか一瞬でも考えてしまうんだ。

 卑怯だよな、女の子のそういう表情って。


「安心して、ハルっちはそういうんじゃないから! ハルっちは大事な音楽仲間なんだって!!」


 悲しそうな表情からすぐ、困ったような笑顔で明るく答えた。

 無理してるのがバレバレだ。

 ……何か、申し訳なく思うな、流石に。


「じゃ、じゃあ私は今日はこの辺で! また明日ね、ハルっち!!」


「お、おう。またな」


 ミリアはまるで逃げるかのように部屋を出ていった。

 俺はレイスの方をちらっと見ると、レイスは小さく頷いてミリアの後を追い掛けるように部屋を出た。

 ていうかあいつ、何かすっげぇ男前になった気がする。

 俺が寝ている間に何かあったのか?

 自信に満ち溢れているとはまた違うけど、目標が定まったって言うか。

 ありゃ、ミリアを振り向かせられるんじゃないか?


「俺の息子ながら、モテモテだな!」


「あのさ、レイとリリルがいるのに、火に油を注ぐような事言うなよ……」


 実際また二人に腕をつねられてるし。

 痛い……。


「逆に言えば、それだけハルが魅力あるって事だぜ? 親としてはこの上なく嬉しいもんさ」


「……そっか」


「おう! さて、気になった事があるから大真面目な話をしていいか?」


「ああ」


 そう言うと、父さんがさっきまでミリアが座っていた椅子に腰掛けた。


「さっきのミリアちゃん……だっけ? 彼女の話で気になった点があった」


「ゴブリンの話か?」


「あれ、お前もしかして、気付いてるか?」


「ん~、何となく、かもな」


「なら話が早い。十中八九、養殖されていたな、あれは」


「っ!」


 養殖かよ!

 もしかしてと思っていたが、やっぱりか……。

 養殖となったら、その主がいる訳だが、ゴブリンを養殖して何をしようっていうんだ?


「えっと、僕には話が見えないんだけど」


「う、ん。私もわからない」


 レイとリリルが俺の腕を軽く引っ張って質問してきた。

 う、上目遣いがすっげぇ可愛いんですけど!!

 ドキドキしてきたけど、とりあえず抑えて答えた。


「一番気になった点は、見張りの兵士がいたのに、ゴブリンはどうやって女性を調達したかって所だ」


「えっ、何処からか誘拐してきたんだろう?」


 レイが即答する。

 まぁそれが正しい回答なんだけどさ、この場合は違う。


「ダンジョンの出入りは入り口でしか出来ない。しかも兵士がいる。そんな所に害悪とも呼べるゴブリンがひょっこり顔を出したら、速攻討たれるだろ?」


「あっ、確かにそうだね!」


「となると、誰かが女性を調達したって事になる。人間がね」


「「えっ!?」」


 そう。

 見張りの兵士がいるのに女性を調達出来た。

 じゃあそれは誰がやったのか。

 そこまではわからないが、見張りの兵士は完全にグルだったという事になる。

 昼と夜の交代制を取っているようだから、俺らがあった兵士さんとは違うかもしれない。

 どちらにしても、見張り役の誰かがグルで、調達してきた人間を引き入れたんだろう。


「それとハル、帰りに見張りの兵士がいなかった事が気になる」


「だな。多分、消されたか?」


「もし消されたなら、その兵士がグルで間違いないな」


「だよな? 口封じか?」


「それか、もう不要になったかだろうな」


「知り過ぎちまってるもんなぁ……」


 俺達がダンジョンに入る前の兵士さん。

 あれがグルと考えると、帰りに見張りがいなかった点が少し合点がいく。

 基本ダンジョンを見張るのは、入り口から魔物が湧き出ない為だ。

 魔物の数が少なかったらその場で討伐し、数が多かったら柵を締め切って時間を稼ぎ、その間に国軍を招集する。

 だから、帰りに見張りがいなかった事に違和感を覚えたんだ。

 見張りの交代のタイミングかとあの時は考えたが、今考えてみるとあり得ない。

 だって、交代するならその場を動く必要がないからな。

 次の見張り役がそこまで行って、引き継ぎを行えばいいだけの話だし。

 だから俺と父さんは、昼間の兵士さんが養殖主とグルで、不要になったか口封じで殺害されたという結論に至った。


 ん?

 このタイミングで王様に父さんは呼ばれたんだよな。

 何か、この件と関連してたりするのか?


「父さん、もしかして父さんが王都に来た理由って――」


「……相変わらず察しがいいな、ハル。その通りだ」


 やっぱりか……。

 今リリルとレイはこの会話においてけぼりにしちまってるなぁ。

 後で何か奢ってやるか。


「ハルは王都の情勢は理解しているか?」


「うんにゃ。俺は政治には一切興味ないから、音楽に集中してたわ」


「お前、少しは興味持てよ!」


「半年後にはおさらばする場所だ、そんな事に無駄な時間は割きたくないっちゅうの!」


「はぁ……。とりあえず、我が国は王都を中心として芸術に力を入れているのは知っているな?」


「ああ。いい政策だと思うよ」


 芸術に力を入れる事で、国外からも人を呼び寄せる事が出来る。

 そして人が集まるという事は、金も国内で潤沢に回る。

 もちろん最低の軍備にも資金を出すが、そこまでじゃない。

 父さんは説明を続ける。


「でな、やっぱり一部の人間には武力至上主義なお偉いさんもいるんだ」


「はた迷惑な至上主義だな……」


「まぁな。剣で名を上げた兵士や貴族がいて、活躍の場が失われつつあるのをよしとしない連中がいる。そいつらを《武力派》と呼んでいる」


 また派閥みたいな名前が出てきたよ!

 王都は派閥が多すぎるわ!!

 《勤勉派》といい、《貴族派》といい、めんどくせぇ!


「基本的に《武力派》は、現国王陛下の転覆、及び殺害を狙っている。そして武力至上主義の第二王子様を王として据え置こうとしているのさ」


「はぁ、また大層労力を使う事をしていらっしゃるな……」


「で、どうやら奴等の動きが活発化してきているから、俺に二週間程兵士を鍛えて欲しいって依頼が来たのさ」


「…………そんなに実入りがよかったのかよ」


「……まぁな。その、何かと蓄えがあった方がいいだろ?」


 父さん、金に釣られて仕事を引き受けたな。

 いや、多分母さんが身籠った事を知ったな?

 だからもっと金を稼ごうとして仕事を引き受けた、と。

 そして俺がまだ知らないと思っていて、驚かせようと母さんが身籠っているのを内緒にしている訳か。

 すまん、父さん。

 俺、知ってる!!


 ん?

 となると、まさか、ゴブリンの養殖を行っていたのって。


「ゴブリンの養殖は、《武力派》が行ってた可能性がある?」


「……ハル、時々俺はお前の賢さに恐怖を覚えるよ。俺はその可能性が高いと思う」


 むしろ、このタイミングだ、それしか思い浮かばねぇし。

 ゴブリンに一騒動起こさせて、その間に王様を殺害ってか?

 いや、違うな。

 殺すのであれば、そんな面倒な事しなくていいはず。

 じゃあゴブリンを使って、何をさせようとしてたんだ?

 かーっ、テロリストの考えは俺にはわからん!!

 もうさ、俺は政治の事とかさっぱりわからないの!

 こうやったら王家に得だとか、損だとか、そんな知識はない。

 転生もので良く主人公がポンポンアイディアとか出しているけど、俺はそんなハイスペックじゃねぇし!

 ……音楽の部分ではハイスペックですがね。

 とにかく、政治素人な俺じゃ、きっと真の狙いとかわからんだろうな。

 代わりにもし、俺や俺の仲間、レイとリリルに牙を向いてきたら、全力で排除するけどな。


「なぁ、ハル」


「ん?」


「お前も、陛下と謁見しろ」


 ――は?

 何をおっしゃるの、ぱぱん!!


「俺が間入って報告するより、直接やった方がいいだろう。しかもお前は頭がかなり回るから、上手くやれるだろう?」


 えぇぇぇぇぇぇぇ。

 そうとは限らないと思うんですけどぉ。

 俺は拒否しようとしたが、


「拒否権はないからな!」


 父さんの強権が発動しました。

 うん、父にはどう頑張っても逆らえません。

 あぁぁぁ、めんどくせぇぇぇ!!



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