第151話 敗者の末路


 ――ドールマン・ウィル・レミアリア視点――


「ふふっ、しかし、親父と来たか! 毎回ハル殿には驚かされる」


「そうですね、父上。私もまさか兄貴と呼ばれるとは、夢にも思っていませんでした」


「普通ならここで不敬罪で罰してもいいのだが、何故か彼にはそんな気が起きない」


「同感です」


 今余と息子で王太子であるジェイドと一緒に、ヨールデン貴族がいた屋敷の地下牢へ向かって石造りの階段を降りていた。

 地上の日が伝わらなくなり、次第に肌寒くなっていく。

 余は、今から戦争の原因となった愚か者共の顔を拝みに行く。

 どんな顔をしてこの牢屋で過ごしているのか、非常に楽しみである。


 階段を降り、地下牢の入り口に立った。

 鉄で出来た分厚い扉のすぐ横に、我が兵士が見張っていた。

 余の姿を確認すると、兵士は敬礼をした。

 

「これは陛下にジェイド殿下! このような場所にいかがされましたか?」


「見張りご苦労だ。何、奴等の現状を直接見てやろうと思ってな」


「左様で御座いますか。ですが今、奴等は食事中でして、お見苦しいかと思いますが……」


「構わぬ。通して貰えるか?」


「畏まりました」


 見張りの兵士が扉を開けると、奥から複数の咀嚼する音が聞こえる。


「もう一度、お伺いします。本当に、よろしいので?」


「安心しろ。これを命じたのは余だ」


「失礼致しました」


「いや、配慮してくれてありがたい」


 余とジェイドは扉の奥へと入っていく。

 奥に進むに連れて、下品な咀嚼音は近くなっていく。

 無様なものだ。力に溺れた結果、今や家畜同然になってしまっている。

 もうこの世は、力だけで統治出来る程単純ではないというのに。


「ジェイド、お前も王となるなら、非道さをしかと持て。今からその一部を見せる」


「大丈夫です、父上。その覚悟は王太子を賜った時から出来ています」


「宜しい」


 そして、奴等が収監されている牢屋の部屋の前まで来た。

 余の背後でジェイドが一瞬引いた。

 それはそうだ、それ程までに酷い光景なのだから。


 収監されているのは、余の元息子であるサリヴァン、ヨールデンきっての名軍師と言われたリョース。そしてこの街を統治していた豚のような体型の貴族にヨールデン王太子である、ヴィジュユだった。

 他にも部隊長等も収監されているが、そやつ等は別の牢屋だ。

 さて、そんな主要人物の格好は、全裸だ。

 そして今食事をさせているのだが、スプーン等は与えない。

 少量の食事を少し盛り、そして手掴みで食べさせていた。

 人の尊厳を可能な限り奪い、傲慢なプライドを粉々に打ち破る為にやっているのだった。

 どうやらこの牢屋にはトイレが設置されていないようで、部屋の隅には排泄物が積み重なっており、酷い臭いを放っていた。

 トイレ位付けてやるべきだろうに、ここを統治していた貴族は相当金をケチっていたらしいな。


「……久しいな、サリヴァン」


 四つん這いになって、手で掴んだ食事を一生懸命口に放り込んでいるところのサリヴァンに声を掛けた。

 するとゆっくりとこちらに視線を向けるサリヴァン。

 唇は色を失って青くなっている。心なしか体が震えている。

 さすがに裸だと、この牢屋の寒さは堪えるのだろう。


「ち、父うえぇぇぇぇぇぇっ……!」


 その眼光は、余を射殺そうせんばかりの殺気がこもったものだった。

 サリヴァンの地獄から這いずって出てきた亡者のような唸り声に反応し、リョース、豚貴族、ヴィジュユが恨みの目を向けてくる。


「思ったより元気そうだな、サリヴァン」


「よ、く……顔を、出せた、な!」


 寒さのせいか、上手く喋れていない。

 まぁ聞き取れるから問題なかろう。


「何、力に溺れた者共の末路をこの目で見てやろうと思ってな」


「ふざ、けるなぁ!!」


 サリヴァンが吼える。

 今出せる声を、振り絞って。


「ジェイド兄上がさっさと、死んで、いれば! 俺は、王太子に、なれた! そして、この、ひ弱なく、国を、変えられた!」


 このサリヴァンは、当時は病弱だったジェイドにもしもの事があった場合、代わりの跡継ぎとして孤児院から引き取った者だった。

 当時は我が妻をすでに亡くしており、別の妻を迎えるつもりもなかった為、複数の孤児院で優秀な子供を選んだのだ。

 だが、余は実の子供であるジェイドやアーリア程、サリヴァンを息子として愛する事が出来なかった。

 人間はそう簡単に割りきって、愛情を振り撒けるものではないらしい。

 しかしここで予想外な事に、ジェイドは病から立ち直り、政務もこなせる程に回復した。順調に筋肉も付いており、体躯は引き締まっていた。

 そこで王太子はそのままジェイドに、王太子補助として第二王子のサリヴァンを就けた。


 まぁ、元々野心を抱いていた奴からしたら、一番望まない結果になってしまったのだろうがな。


「余は安心しておる。貴様のような愚かな考えを持った人間が、国の頂点に立つなどあってはならぬ事だ」


「愚か、だと? 愚かなのは、貴様、だろう! この世は、どんな綺麗事を、並べても、力がす、全てなんだ、よ!」


「ふむ、国王として最終的決着を付けるのは武力である事は否定しない」


「なら、何故、わかって、くれないんだ!」


「もう今の世、全て武力で解決出来ないのだよ。それがわからぬとは、余はとんだ子供を迎えてしまったな」


 余の見る目がなかったとしか言い様がないが。

 ここまでこやつが力を求めていたのを、知ろうとしなかったのも原因だろう。

 サリヴァンは床を悔しそうに殴りながら、それ以降喋る事はなかった。

 代わりに、ヴィジュユが余に吼えてくる。


「貴様、私にこの、仕打ち……。父上が、皇帝陛下が許さぬぞ……。貴様等レミアリアに鉄槌を下すぞ!」


「そうか。ならこちらも考えがある」


 本当は何も対策はしていない。むしろ、攻めてきたら撤退するのだが。

 だが、無表情で言い放つと、ヴィジュユは怯んだ。

 全裸でリューンの街まで行軍されて、且つ地下牢で寒さに震えながら畜生同然の待遇を受けている。

 すでに人間としての尊厳が砕かれ始めているヴィジュユにとって、余の態度にこれ以上噛み付く精神力はないだろう。

 リョースに関しては、ただ項垂れているだけだ。


 さて、もう十分に情けない姿を拝見したし、ここら辺で帰るとしよう。

 こやつ等に長い時間を使っていられる程、余も暇ではない。

 

 余とジェイドは、無言で振り返って奴等が収監されている牢屋を後にした。

 短い時間ではあったが、奴等の精神をさらに痛め付ける事は出来たであろう。

 余はこやつらをただで表には出さない。

 徹底的に精神的に虐め抜き、その後の人生にも響く程の《楽しい思い出》を記憶に刻み込んでやろう。


「いいか、ジェイド。あれが敗者だ。敗者には人権や尊厳は全く関係ない。《敗者》という畜生なのだ」


「成る程。敗者にならないように引き際を見定めるのも、王の仕事なのですね?」


「そうだ。今回ヨールデンが大敗してこのような結果になったのは、引き際の見極めが出来なかった事が問題だったのだ」


 恐らくヨールデン側は、ハル殿が出していた不快な音は魔法によるものまでは予想出来ていたであろう。つまり魔力が切れて音がなくなった所を攻め込むつもりでいたのだろうが、その目測が誤りであった。

 数では優勢だったから耐久戦に持ち込めると踏んだのだろうが、正体不明の魔法であるならば、短期決戦を仕掛ければよかったのだ。

 まあ、音がここまで人の精神に影響を及ぼすとは思ってもみなかったがな。

 そして初日の大敗で見切りを付けて、撤退すればよかったのだ。

 引き際の見誤り、それが今回のヨールデンの敗因であった。


「さてジェイドよ。残念ながら我々はこの街に長居は出来ぬ。食事を済ませてから城に戻るぞ」


「はい。……もう少しハルの音楽を聴きたかったのですが」


「ふっ、これから我々の家族になるのだ。頼めばいつでも演奏してくれるだろう」


「……父上、ハルはきっと『なら、今度ここでライブやるので、そこに来てよ』と言いかねませんよ?」


「…………否定出来ぬな」


 ハル殿の音楽は、全く新しいものだ。

 聴いてて楽しいのもあったし、ちょっと煩いが激しい音楽。

 そしてしっとりと心に響く曲、彼は様々な楽曲を作り出していた。

 今回の戦争の功績、そして数々の新しい楽器の開発や作曲した曲の数を考えて、彼に爵位を与えていい理由と実績は十分に揃ったと言える。

 もちろん勲章も授与する予定だが、きっと戦争の功績を称えるとまた授与を蹴り飛ばすかもしれないから、両方を掛け合わせた勲章を新しく作る必要がある。

 爵位は、戦争の功績があまりにも凄まじいから侯爵が妥当だろう。

 後は二つ名をもう一つ上げたいな。

 ――ふむ、音楽を自在に操り、音属性の魔法も自在に操るという二つの意味を込めて、《音の魔術師》としよう。


「さぁ、戻ったら忙しくなるぞ、ジェイドよ!」


「ふふ、そうですね。弟の為に頑張りましょう」


 我々は、未来の息子の為に、気合いを入れる。

 余とジェイドの命を救ってくれて、《虹色の魔眼》を持ったアーリアを愛してくれて、そして国の危機を短期間で救ってくれたのだ。

 そんな恩人の為に働くのであれば、この程度の苦労はどうって事はないさ。


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