第148話 芸術王国流文化侵略ノススメ ――さらなる追撃――


 あぁ、ライブが終わってしまった。

 でもめっちゃくちゃ楽しかった。

 これが、バンドなんだな……。

 親友達とこんなに楽しい演奏が出来て、しかも観客から大喝采を貰っている。

 あぁ、やっべぇ。すっげぇ気持ちいい!!


 観客も半数以上がロックに対して肯定的だったように思える。

 でも、目に見えて煩そうな表情をしていたり、会場を去っていった人も見かけた。多くはないけど、少し目立った。

 仕方ない、これもロックの定めだ。

 前世でもそうだったが、ロックが登場した初期は『若者が好む、煩い音楽ジャンル』って言われてたもんなぁ。

 この異世界もリューン一本で演奏していたから、自然とフォークソングみたいな形になっていたのもあって、静かな曲が多かった。

 それらに聞き慣れている年代の人からしたら、確かにロックは煩いだけだろうな。


 そこで俺が企てたのが、今回みたいにロックはロックでも、様々なジャンルをぶっ込んでみたんだ。

 ミリアはアイドル系担当。イメージとしては《BABYMETALベイビーメタル》だな。後半の曲に関しては、意外とミリアの声はストレートに耳に残る声質だったからしっとりした感じの曲を歌わせてみた。まぁ、歌詞を変えられたのは予想外だった。

 レオンは完全なビジュアル系。化粧とかはしないけど、一時期流行った公然猥褻よろしくエロい歌詞を取り入れた。こんなの、イケメンしか許されない特権だ。

 そして俺は、バラードとレオンを越えるギターテクニックを披露した。

 まぁ俺が尊敬するマーティ・フリードマンの曲を、どうしても、ど~~しても弾きたかったってのもあるんだけどさ。

 こんな風にロックと言っても色んなジャンルがあるから、老若男女にウケがいいように色々取り入れたって訳だ。

 だが、俺の見込みだと半数程度かと思っていたが、予想以上に受け入れて貰えたのは嬉しい誤算だった。


「くっそぅ、最後の最後はハルに持っていかれたか♪」


 背後からレオンが肩を組んできた。

 悔しそうに言っているが、表情はとても満足げだった。


「オレもいつか、ハルと同じ位の技量になってやる!」


「そこ、普通追い越すって言わないか?」


「オレは、ハルと一緒に演奏したいんだ。だからまずは隣に並ぼうかと思ってさ♪」


「ふっ、まぁせいぜい頑張れ」


「もちっ♪」


 相変わらずチャラい。

 でも、こいつの音楽に対する情熱はマジで凄いの一言だ。

 こいつは早弾きを覚える為に、何度も指が吊っても泣き言を言わずに自分から進んで練習を再開していた。

 歌は元から上手かったけど、歌も同じ位に声を潰してまで練習していた。

 俺は同じ音楽家として、レオンの事は尊敬していた。


 いや、他の皆もそうだ。

 俺は結構無茶な注文をしたにも関わらず、率先して付き合ってくれている奴等だ。

 まだ俺より経験値が少ないが、それでも演奏技術の差は確実に縮まってきている。

 こりゃ、俺もいつまでも前世の経験だけでアグラかいていられない。俺自身ももっと成長しないといけないな!


 そう意気込んだ瞬間、世界は真っ白になった。


「はっ!? 何、どうなってるんだ?」


 三百六十度見渡しても、何もない白の世界。

 だが、そこに一人だけ人が立っていた。

 絶世の美女である、女神様だ。


「ハル・ウィード、素晴らしい演奏をありがとうございました」


 今度は頭に直接ではない。

 彼女の口から直に声が発せられている。


「こちらこそ、聞いてくれてありがとうな、女神様!」


「ふふっ、まさかこの異世界に、ロックサウンドを持ち込むなんて思いもしませんでした。前代未聞ですよ?」


「そうなのか? まぁ、俺のやりたいようにやらせてもらっているだけだ」


「そのようですね。ですが、貴方の魂はとても眩しく輝いています。良い人生を送れている証拠です」


「ああ、間違いなく良い人生を過ごせているよ。ある意味、前世よりいいかもな」


「素晴らしいです。こんなに心が踊ったのは随分と前のように思えますよ。さて、それでは私は天界に帰ろうと思います」


 あら、もう帰るのか。

 もっとゆっくりしていけばいいものを。

 あっ、この頭の中の考えも女神様には筒抜けなんだっけ。


「はい、筒抜けですよ。貴方が最愛の三人にどういういやらしい妄想をしているかも把握――」


「そういうのを覗くのはやめぃ! 男はエロい妄想はデフォなの!!」


 全く、恥ずかしいな。

 すると、女神様がふわりと宙に浮いて、ゆっくりと上昇し始めた。


「では、そろそろお別れです。最後に、貴方へちょっとしたサプライズです」


 えっ、なになに?

 女神様が手を広げると、彼女の周囲に多くの光の玉が出現した。

 しかし、徐々に玉から形を変えていき、やがて人の形となっていく。

 ああ、何となくわかった。

 女神様が連れてきた、今回の戦争で亡くなった兵士さん達の魂だ。

 表情とかそういうのはわからないけど、完全に人の形となったそれらは、柔らかい声色でお礼を言ってきた。


「ありがとう。楽しい演奏をありがとう」


「貴族階級にならないと聴けない音楽を、久々に聴いたよ」


「王都の《風のささやき亭》もなかなか高くて、席も早いもん順だからなぁ」


「ああいう音楽もあるんだなぁ。すっげぇ興奮したよ」


「ああ、最期に素晴らしい演奏が聴けた。俺は満足だ」


 だめだ、彼らの言葉を聞いたら涙が溢れてくる。

 あんた達にも、生きたままで聴いていて欲しかったんだよ!

 俺は、俺が死にたくないってのはもちろんだけど、本当は誰も死なせたくなかったからああいう方法を取ったんだ!

 でも結局は皆を死なせてしまったんだ。

 俺はこの世界の戦争を、結局は舐めていたんだ。

 もう、俺の口からはこの一言しか出てこない。


「皆、死なせちゃってごめん……!」


 涙で視界が歪む。

 だからだろうか、額にデコピンされるまで人が近づいてきていたのに気が付かなかったんだ。


「あいたっ!?」


 デコピンしてきたのは、女神様だった。


「彼等にお願いされたので」


 満面の笑みでデコピンしてきたよ、この女神様……。

 すると、一つの魂が俺の目の前に降りてきた。


「何でハル君が気に病むんだ」


「でも、もっと上手く俺の魔法を使えていたら……!!」


「それは傲りだ。君の魔法は確かに便利で凄かった。あんな戦争は早々ないだろうな。だが、君がどんなに頑張っても必ず味方は死ぬんだ。何せ全て予測出来ないのが戦争だからな」


 他の魂達も頷いていた。


「逆に誇りに思って欲しい、この程度の犠牲で済んだってな。君は神様でも何でもない、ただの人間なんだ」


「それでも、俺は……皆にも生きたまま、実際の肉体があった状態で聴いて欲しかったんだ」


「君は意外にも欲しがりなんだね」


「ああ。俺は、我儘、なんだよ……!」


「……その気持ちで十分だ。ありがとう」


 皆の魂は、人の形からまた光の玉へと戻っていった。

 そしてゆっくりと天へ向かって上昇していく。

 ああ、お別れなんだな。

 ありがとう、あんたの言葉で少し、気が楽になったよ……。


「ハル・ウィード。もう少し気を楽にさせてあげますね。彼らは戦争で命を落としてしまいましたが、命を捨てて国を守った英霊として私は判断しました。ですから、獲得したポイントは多いです」


「つまり、より良い来世が送れるって事か?」


「ええ。貴方の時より多いポイントですので、選り取り見取りです」


「……そっか。それならきっと、兵士さん達の死も報われるな」


「はい。輪廻転生は皆に等しく与えられます。まぁ悪行を重ねた魂は例外ですが」


「人を殺すのは悪行じゃないのか?」


「生物が生物を殺すのは、生物の性です。ポイントの評価基準は、人の世に貢献した部分のみです。単純に人を殺したから評価が下がるという訳ではありません」


「成る程ね。俺も結構殺しちゃってるから、来世は地獄かと思ったぜ」


「本当は企業秘密なんですよ?」


 女神様はウインクしながら、右人差し指を自分の唇に当てて『しーっ』のポーズを取った。

 美しい彼女がやると、非常にあざとくてクラクラする位の魅力があるわ。


「それでは、本当にお別れです。次に会うのは、貴方が死んだ時でしょうね」


「またさらっと不吉な事言うなよ」


「ふふっ。それでは、良い今世を――」


 女神様は背中に純白の翼を生やし、魂達を引き連れて天に昇っていった。

 確かに気持ちは楽になった。楽になったけど、悲しさはやっぱり収まらない。

 俺の涙腺はとっくにぶっ壊れたのか、涙が止まらなかった。


「ハルっち、どうしたの!?」


 ふと、左からミリアに声を掛けられた。


「……えっ?」


「えっ、じゃないよ! 急に空を見上げて泣き出すから、びっくりしちゃったよ!」


 気が付いてみると、周りは真っ白の世界じゃなくて、さっきまで演奏していた場所だった。

 何の前触れもなく、あの白い空間から呼び戻されたから、ちょっと頭が上手く回っていない気がする。


「ほらほら、私達の出番は終わりだよ! 撤収撤収!!」


「うわわっ、わかったから背中押すなよ!」


 俺はミリアに背中を押されながら、舞台袖へと引っ込んだ。

 前世で味わえなかったバンドを、最高の親友達と出来たのは本当に嬉しかった。

 ありがとうな、皆。













 ――《ハル・ウィードの軌跡》第七章、《バンド形式の誕生》――


 このようにして、ハル・ウィードはロックを披露した。

 もちろんロックは全ての人間に受け入れられた訳ではなかった。

 しかし、この後ハル・ウィードはグランドピアノで演奏するライブを開催。

 ロックが煩いと感じていた客層を、その素晴らしい音色で見事虜にしたのだった。

 

 こうしたライブを定期的に行う事で、娯楽に餓えていたヨールデンの国民は口伝で知り、次々とリューイの街へと集まってくる。

 そこにさらなる追撃が待っていたのである。

 何と、ハル・ウィードの秘書であり、大商人として歴史に名を残したカロル・リレイラは、音楽を再生する魔道具と音楽を記録した魔道具を開発していたのだった。これこそ、今我々が当然のように所持しているミュージックプレイヤーとミュージックディスクの始まりである。

 娯楽らしい娯楽がなかったヨールデンは、賃金はいいものの金を落とし込むような施設がない為、懐はかなり潤っていた。

 そこに目を付けたカロルは、ミュージックプレイヤーを五万ジル、ハル・ウィードが率いるバンドである《親友達ディリーパード》の初ミニアルバム、《スタート》を五千ジルで販売。

 今となっては暴利としか言えない値段だが、娯楽に飢えたヨールデン国民は気楽に金を支払い、購入したのだった。

 それぞれ五千ずつ用意していたのだが、たった一日半で完売してしまった程だ。


 さらにカロルは魔道具を売るだけでは満足せず、このライブを祭りに仕立てあげ、会場周辺に様々な出店を用意した。

 金を持て余していた彼らは、決壊したダム――ちなみに当時はダム技術は存在していない――のように惜しみ無く金を落とし込んでいった。

 そしてちょうど貿易していた他の国の人間が、偶然にもハル・ウィードのライブを目にした。

 あまりにも感動し、彼は自国にその状況を伝えた。そして徐々に伝播していき、リューイの街への来訪者が急激に増加したのである。


 このように、芸術王国にしか出来ないと言われた文化侵略は、着々とヨールデン国内を侵食していく。

 だがハル・ウィードは手を休めない。

 彼はさらなる手を使って、ヨールデン国民に対して強烈な追撃を与える。

 最近まではこの追撃は名軍師であるニトス・レファイレによる指示と思われていたのだが、この指示はハル・ウィード考案である証拠が発見されたのだ。

 つまり、ハル・ウィードが着実に文化侵略を成功させていったのである。


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