第149話 芸術王国流文化侵略ノススメ ――ひとやすみ――


 俺達、《親友達ディリーパード》のライブが終わった一時間後、俺は一人でピアノコンサートを行った。

 ロックサウンドが苦手と感じた観客を狙い撃ちする目的で行ったコンサートは、予想以上の来客数となり、大盛況の内に終わった。

 流石に俺もTPOを弁えて、正装であるスーツに着替えて演奏を行った。

 一曲終わる毎に拍手喝采を貰い、正直疲れていたけどテンションは滅茶苦茶上がったんだよね!

 だから調子に乗って、アンコールの声に二回も応えてしまったんだけど、今になってそのツケが来た。

 戦争で精神的に疲弊した状態で、この街に着いた翌日にライブとコンサート。意外と身体は限界が来ていたようで、コンサートが終わった頃に眩暈が起きてしまった。


 舞台袖でよろけた俺を、いち早く気付いて近寄ってくれたレイ、リリル、アーリアに支えられて、俺は街中央にそびえ立っているここを管理していた貴族の屋敷へ向かった。

 彼女達に支えられながら何とか与えられた自室に辿り着くと、俺はそのままベッドにダイブした。

 うっわぁ、本当に疲れてたんだな、俺。

 演奏が楽しかったから、本当に今になって気付いたわ。


「ハル、戦争が終わった後のライブ、やっぱり無茶だったんじゃない?」


 俺のベッドの横に丸椅子を持ってきて腰掛けたレイが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 その隣に、アーリア、リリルと並んで座っている。


「ハル様、そこまでどうして無茶されたのですか?」


「そうだよ。少し休んでからライブでもよかったんじゃない、ハル君?」


 三人の愛しい恋人達が本気で心配してくれている。

 あぁ、本当にありがたいな。

 でもさ、休む訳にはいかなかったんだ。

 娯楽に餓えたここの住人達に俺達の文化を浸透させるには、一分一秒を争っている事態なんだからな。


「恐らく、短くて今日から二十五日後、長くて一ヶ月後にヨールデンはここを奪還しに兵を引き連れてやってくるだろう」


「まさか。戦争で大敗したのに、また戦いに来るとは思えないけど。しかも、ヨールデンだって国際条約に加入しているじゃないか」


 レイが自身の顎に人差し指を当てながら、鋭い指摘をしてきた。

 国際条約は《正当な理由》がない限り、侵略戦争を行ってはいけないというものだ。

 もしこれを破った場合、各国から経済制裁を食らう事となる。

 すでにヨールデンは、俺達レミアリアに対して侵略戦争を行ってきたから、この時点で経済制裁は受けるのは確定事項。

 きっとうちは自給自足率が高いから、侵略しちゃえば経済制裁も目じゃないと思ったんだろうな。

 何せ、武器生産に力を注いで、食料などは貿易で賄っていた不安定な国なんだからな。

 ん? 前世でもそんな国あった気がするな。何処とは言わないけどさ。でも大きく違う点は、国で作った兵器を海外に販売していて、外貨は十分に潤っていたから貿易で食料を賄えていたんだけどね。前世のあの国は、兵器開発を自国で終わらせているから、お偉いさん以外は極貧生活送っている状況なんだろうけど。


 話は逸れたな。

 つまり、レイが言いたいのは国際条約に加入しているヨールデンが、さらなる戦争を仕掛けてくるのはこれ以上まずいのではないか? という事。


 だけどね、それはこっちも同じなんだよな。


「実はな、レイ。俺達レミアリアがこの街を占拠した事で《正当な理由》が生まれちまってるんだよ」


「正当な…………あっ」


「流石レイ、気付いたか」


「うん。まだ書類上だと、リューイの街はヨールデン領土。つまり、僕達が実質侵略しちゃった事になってるんだね」


「あぁ、わたくしにもわかりました。つまりヨールデンには、『レミアリアは《正当な理由》がない状態で、リューイの街を占拠したから、自分達は武力を以て取り返す』という理由が生まれた訳ですね?」


 レイが腕組みしながら理解し、レイの言葉でわかったアーリアは自分の綺麗で光沢ある銀髪を人差し指でくるくるいじりながら、レイの回答に補足を付け加えた。リリルに関しては、何となく理解したって顔だな。昔からリリルは勉強苦手だからなぁ、わかるまで時間が掛かってしまう。


「二人共、正解! 俺達は今、正当な理由がない状態で侵略しちまったんだ。だからヨールデンに戦争出来る理由を与えてしまった事になる」


「あれ? でも、この街って元々私達レミアリアの街だったよね? それを取り返したっていうのは理由にならないの?」


 おっと、珍しくリリルが鋭い指摘をしてきたぞ!

 だけどこの世界の国際条約は、とても厄介だ。


「リリルの言う事は尤もなんだが、国際条約は戦争をさせない条約。つまり、話し合いで領土問題は解決しろって事だ」


「そうなんだ。でも、『攻め込もうとしてきたから、やり返した』っていうのは理由にならないの?」


「結論を言えばならない。国際条約は有事の際、武力による防衛行為は認めているけど、やり返しで侵略は条約違反になるんだ」


「……何か、面倒臭いね」


 リリルが苦虫を噛んだような表情をする。

 うん、俺もこの条約の内容を聞いて、めっちゃくちゃ面倒だって思ったわ。

 つまりは侵略行為を行った俺達は、国際条約の元経済制裁を受けるんだが、今回の狙いはそんな制裁を越える程のメリットを得る為だ。

 まぁこんな方法、国内財政や国内生産がしっかりしているウチだからこそ、経済制裁を気にする事なく行える文化侵略なんだけどね。


「とりあえず、俺達は敵さんが来るまでの間に、色々やらないといけない訳だ」


「アーリアから聞いたけど、文化侵略ってやつ? あんまり効果がないように思えるけど……」


 レイが首を傾げて言った。

 って、いつの間にかアーリアの事を呼び捨てにしてるぞ。

 仲良くやれているようでよかった。


「文化侵略ってな、とっても恐ろしいぜ? まぁ見てなよ。あっ、アーリア。俺がお願いしたアレはどう?」


「はい、明日には到着する手筈になっておりますわ。正直、わたくしもハル様達が何をされるか、皆目検討つきませんわ」


 アーリアの言葉に続くように、レイとリリルも首を縦に振った。

 まぁこの異世界は、文化侵略って歴史上やってない行為だもんな。

 でもな、成功すれば多大な利益を得られるんだぜ?


「んじゃま、俺もそろそろ動きますか――」


「「「だめ!」」」


 俺がベッドから起き上がろうとすると、三人に押さえ付けられた。

 ま、まるで俺が三人に押し倒されたみたいで、ちょっとドキッとしちゃったよ。


「ハル、今目に見えて疲れてるよ。こういう時はしっかり休まないと、いい結果は生まれないよ?」


「レイさんの言う通りですわ。休める時は休むのも仕事の一つですわ」


「そうだよ。明日までゆっくりして、身体を休ませてね? 私が元気の出る料理を作るから!」


 レイが俺の頭を撫で、アーリアが俺にシーツを肩辺りまで被せてくれて、リリルが両手を自分の胸元で拳を作って柔らかい笑顔を見せてくれる。

 ……本当、この三人には敵わないや。


「わかった、言う通りにするよ。ありがとな、三人共」


 俺は静かに目を閉じる。すると、自分でも驚く程の速さで意識が遠退くのを実感できた。

 そして、完全に意識を手放す前に、俺の耳に三人の言葉が入ってきた。


「おやすみ、ハル。演奏していた時のハル、すごく輝いてて格好良かったよ」


「ゆっくりお休み下さいませ、ハル様。わたくしもレイさんと同じ気持ちで、何度も惚れ直してしまいましたわ」


「もうね、私、ハル君にドキドキしっぱなしで、心臓が破裂しちゃいそうだよ。大好きだよ、ハル君」


 三人の言葉に、俺の口元が緩む感覚があった。

 それでも睡魔に勝てず、俺は胸から込み上げて来ている三人に対する愛情を感じながら、眠りに付いた。









 そして翌日の早朝、ついに待ちに待ったアレが到着した。

 約百人程の集団が列になり、リューイの街に入ってきたのだった。

 彼らの正体は、芸術学校の生徒と音楽学校の生徒が各四十八人ずつ、そして引率している各学校の教員だった。

 ここから、俺がニトスさんに提案した、さらなる文化侵略の追撃が始まる。



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