第203話 卒業試験内容、発表!


 本気で生きていれば時が流れるのはとてつもなく早く感じる。

 まさに俺なんだけど、貴族科に入学してもう少しで半年となる。

 勿論貴族になる為の勉強だけをしていた訳じゃない。

 学業の他にも、俺の領地となる場所の運営に関して、何度もカロルさんとも念入りに打ち合わせや準備をしていた。

 主にやっていた事は、飲食店や様々な商店の勧誘。ぶっちゃけて言うなら、うちの領地に二号店とか出さないかと言ったんだ。

 領地運営は、やはり外部からも人間を呼び込まないと収入が取れない。

 だから収入が見込める実力ある商店や飲食店に片っ端から声を掛けた。

 自分で言うのも何だが、俺は英雄という形ですでに国中に名前が知れ渡っている。だからもうちょっと簡単に行くかと思ったんだけど、商人ってのはそんな簡単な人種じゃなかった。実益が見込めなければ、俺の名前を出したとしても腰を上げようともしなかったんだ。

 俺は根気強く足を運び、一人一人粘り強く交渉を続けた結果、声を掛けた四十五の飲食店や商店の内、約半数はうちの領地に来てくれる事になった。

 交渉は本当に大変で、半分も来てくれるという実績を作れた俺は大喜びしたもんだ。カロルさんは本当は四分の三は呼び込みたかったらしいけど。


 そして私兵も重要だった。

 貴族にとって私兵は、己の武力や財力を指し示す為の大きな役割を果たしている。

 俺とカロルさんで協力して、国中に私兵募集のチラシをばら蒔いた。

 その結果、私兵になりたい希望者は七十万人も集まった!

 俺の財力と国から貰える支援金を合算しても、流石に希望者全員を雇い入れる事は出来ない。

 あっ、ちなみに俺の個人財力はどうやら有名どころの伯爵と同等らしく、貴族成り立てでその財力はおかしいらしい。

 まぁ俺の場合はライブ収益もそうだが、販売した曲が悉くベストセラーになっている。その収益がカロルさんの商会を通して入ってくるから、俺は全く金に困っていなかった。

 他国にも輸出しているので、外貨も入ってくる入ってくる! 現在も注文が入っているようで、途切れる気配が立っていない。

 本当にありがたい事だ。

 とりあえず俺とカロルさんで相談をしたところ、普通の貴族が抱える私兵は最大でも五千程らしい。

 そもそも一貴族が万を越える大群を保有する事自体を、国が認めない。これは貴族が国家転覆を狙う可能性があるからだそうだ。

 一応万単位で私兵を所有するのはいいのだが、五千を越えた瞬間に国からの年金が打ち切られるそうだ。この年金は貴族にとっては重要な収益の一つだから、ギリギリ五千、悪どい貴族は色々頑張って書類を偽造して五千と誤魔化しているみたいだ。まぁバレたらお家が潰されるらしいけど。

 俺に関しては上位貴族という事もあるし、国からは英雄として讃えられている。その事を考えて、上限の五千を保有した方がいいとの事。

 私兵の維持費等を考えるとギリギリ払えなくはないが、俺は文官も雇いたい旨をカロルさんに伝えたんだ。


 領主の仕事ってのは、予想以上に仕事の量が多すぎる。

 俺は音楽業もやっていきたいと考えているから、領主の仕事で縛られてしまうと音楽業が疎かになってしまう。

 まぁレイが代行をすると言ってくれているが、それでもまだまだ負担は大きすぎる。

 そこで俺が考えたのは、文官を雇う事で領主の仕事を分散させて、負担を軽減する事だった。

 将来的にはレイも俺の子供を産む訳だ。身籠っているのに領主代行をさせるのも、母体にも優しくないしな。

 そういう理由もあって、俺とレイの負担を減らす為に文官を雇いたかった。


「ならば私兵の採用人数を五千から百程引いて、百名程文官を雇いましょう」


 俺もカロルさんも、文官がどれ程必要なのか全く分からない。

 なので現役王様である親父と公爵であるアーバインには直接、レイのお義父上には手紙で相談をする。

 すると二人の答えは一緒だった。


『文官は増えすぎるとそれはそれで問題だ。百名から始めて必要ならその都度増やせばいい』


 お義父上も文官を雇って領主の仕事の負担を激減させている為、一時間程の書類仕事をやって後は優雅に暮らしているそうだ。

 親父に関しては貴族の数倍は仕事量があるので、あまり優雅な時間は過ごせないそうなのだが、それでもプライベートな時間が持てるようにはしているらしい。

 このアドバイスを参考に、俺は百名の枠で文官も雇う事にした。

 最初カロルさんが「私の商会から人材を提供しましょう」と言っていたが、自分の影響力を高める為だっていう下心が丸見えだったから、丁重にお断りした。「私の魂胆が見え見えでしたか」と言っていたが、半分本気で半分冗談という位だったようだ。

 もし俺がカロルさんの意見を採用したらどうしたかを聞いてみたら、「そんな浅はかな領主に仕えるつもりはないので、専属契約を白紙にするところでした」との事。うん、半分冗談の部分は実は半分試していた、が正しかったようだ。

 …………あっぶねぇ!

 

 文官に関しても百名しかない枠なのに、集まったのは三万人。

 正直ここまで集まるとは思わなかった俺は、俺の人脈をフルに使って相談をする。

 まず文官に関してはアーバインが知恵を貸してくれて、


「私の文官試験の問題を提供しようじゃないか」


 と言ってくれた。

 その見返りとして、今度のライブを無料で見せてくれと言ってきた。

 まぁその程度だったらお安い御用なんだけどさ。

 私兵に関しては、親父と兄貴が協力してくれた。


「王都に闘技場があるだろう。あれは殆ど使われていないただの観光名所となっているが、そこの使用を認めよう」


「ついでに出店の申請も受け付けましょう。後は観戦料も設定すれば、国庫が潤いますよ父上」


「そうだな。後ハル殿の私兵の選考から漏れた人材を、余の兵に出来る可能性がある。軍部を整える事だって可能で一石二鳥だ」


「成程、それはいい考えですね」


 という訳で、国家主導の『ハル・ウィード私兵選考祭』が開催。

 あまりの希望人数で、選考には二週間かかったんだけどな。

 この闘技場は相当広く、戦うスペースに三百人は入れる位だった。そこで考えたルールは、闘技場に一試合二百人をぶちこんでバトルロワイヤル。約九十人程になるまで戦い続けるこの戦いは、乱戦でも生き残れる力があるかを測る為のものだ。

 武器は木製で、魔法に関しては殺傷能力が低めの初級魔法のみを許可した。

 怪我人はリリルが創立した治療院の、水属性且つ回復魔法が得意な従業員五十名で回復にあたった。

 観客もこの大迫力の乱戦が見れて大興奮、二週間ずっと満員状態で、親父と兄貴は儲かったと喜んでいたのを覚えている。

 こうして選定された四千九百人は、俺の私兵となった。

 英雄の私兵となれた皆は、自信に満ち溢れた表情をしていたなぁ。

 観客も彼らに祝福の拍手喝采を送っていたから、私兵の中には感極まって泣く人がいた程だ。


 ちなみに私兵の中には女性は二十名程いた。

 あの乱戦の中、女性が生き残ったのは純粋に凄い。

 でも俺にとっても都合がよく、彼女達には俺の奥さん達を守る親衛隊となって欲しいと考えた。

 男だと、絶対に邪な考えを持つ奴が出てきやがる筈だ。それほど俺の奥さん達は美人だし、可愛いし、可憐なんだ。俺以外の男には触れさせてやるものか!


 文官に関しては国立図書館の全室を借りて、大掛かりな筆記試験を開催。

 アーバインから貰った採用試験問題をそのまま使わせてもらった。

 問題の内容は計算問題もそうだが、ケース設問というのがあった。

 このケース設問とは、領地でこういう問題がありました、貴方ならどうしますか? という問題に対して自由に意見を書き込む設問だ。

 ぶっちゃけ言えば、このケース設問に決められた答えは存在していない。

 その人物の発想力や対応力を測る為の問題なんだ。

 結果、一定水準を満たしたのは三万人中六百人程。結構難しい問題だったらしく、中途半端な知識人は容赦なく振るい落とされた。

 そして後は一組五人に別れた集団面接を実施。

 面接官は俺とカロルさんと、代行を勤めるレイ。さらにはご厚意に預かって変装したアーバインと兄貴が立ち会ってくれた。

 一組三十分程の時間を設けて面接。これがかなりしんどかった。本気でしんどかった。

 まぁ何とか百人を決めて採用に至ったんだけど、俺が疲れている様を見て兄貴とアーバインは笑っていた。


「ハルがこんなに辛そうにしているなんて、何か新鮮だね」


「そうですな、殿下。普段は生意気なのに、今は完全に参っていますからね。もしかしたら明日は吹雪が降るやもしれませんな」


「吹雪どころか、山がないのに大噴火が起きるかもしれないね」


「まさに天変地異ですな」


「だね」


 くそっ、好き勝手ほざいていやがる。

 ぜってぇ後で仕返ししてやるから、覚えていろよ!


 こうして、学業と両立して何とか、俺の領地運営の下地は整ったんだ。

 マジで大変だよ、貴族って……。




 さて、今の話に戻そう。

 現在俺とレイ、リリル、アーリアはクラスメイト六人と大学の食堂で昼食を取っていた。


「ハル君、そろそろ我々は卒業を迎える」


 俺に話し掛けてきたのは、《ライジェル・グローリィ》。

 何と、俺が七歳の時に撃退した残虐貴族親子に、直接引導を渡した本人だ!

 奴等を倒した事で貴族となり、異例の速さで侯爵にまで上り詰めた人だ。

 何故俺より貴族の先輩である彼が貴族科にいるかと言うと、奥さんの命令らしい。

 この人、剣の腕は相当なんだけど、貴族社会においては全くの役立たずなんだそうだ。所謂脳筋って奴だ。政治手腕を奮っているのは奥さんなんだってさ。

 流石に侯爵となったからには、今まで通り奥さんが政治手腕を奮ってばかりいられなくなって来たから、旦那であるライジェルを貴族科にぶち込んでしっかり学んで来いと命令したらしいんだ。

 尻に敷かれてるんだよ、この人。

 でも人柄はすごく良く、剣を持つとまるで鬼の形相で立ち向かって来る事を除けば、頼れる好青年だ。

 ちなみに俺にとっては第二の剣の師匠で、色々学ばせてもらっている。


 おっと、それよりライジェルが言っていた事だ。

 本当時が流れるのは早くて、もうそろそろ卒業時期なんだよなぁ、俺達。


「確かに、意外にあっという間だったよなぁ」


 俺の言葉に頷く皆。

 授業は座学やレミアリアにいる貴族のお家柄や《家訓》等を叩き込まれ、実習はテーブルマナーに社交ダンス、社交場でのルールなどを徹底して叩き込まれたんだ。

 生まれてから元々貴族だったクラスメイトは、さも当然のようにこなしていたけど、平民上がりの俺とリリルは本気で苦戦していた。

 ライジェルも「早く、早く剣を握りたい」とちょっとヤバめな発言をしていた。

 

「となると、卒業試験が待っている」


「卒業試験?」


 ああぁぁぁ、忘れてた。

 確かそんなのがあるって、小耳に挟んだわ、俺。

 領地の事で結構いっぱいいっぱいだったから、すっかり忘れてた。


「去年の卒業試験は、『自身の財力やコネを活用し、社交パーティを開催せよ』だったそうだよ」


 俺のライブ以降仲良くなった、サンジェル辺境伯家長男のジュイードがそう言った。

 つまり実費でパーティを開けって事かよ。

 結構無茶な事を言ってるなぁ。


「この試験で重要なのは、『いかに自身の出せる限りの力で見映えの良いパーティを開けるか』を見る為のもので、ただ豪勢にやればいいっていう単純な内容ではなかったみたいだね。実際に試験に落ちた生徒もいたみたいで、その人達は国王陛下の権限で爵位剥奪、もしくは爵位継承権の剥奪だったらしい」


 わおっ、結構ガチで挑まないとヤバイやつじゃん。

 毎年試験内容は変わるらしく、予測もつかないらしい。

 正直金をがっつり使う系はやめてほしいなぁ。私兵や文官を雇ったから、今財布がちょっと悲しい事になってるからさぁ。


「おっと、そろそろ次の授業が始まる時間だ。そろそろ戻ろうぜ」


 俺がそう切り出し、皆で教室に戻る。

 各々の席に座ってマーク先生が来るのを待っていると、そんなに時間はかからずに先生はやって来た。


「皆、午後の授業を始める。だが、その前に今年の卒業試験の内容を伝えようと思う」


 一斉にざわめくクラスメイト。

 そりゃそうだ、自身の進退が決まる試験なんだ、落ち着いていられる訳がない。

 かくいう俺だってそうだ。緊張するに決まっているさ。


「静粛に。では、試験内容を発表する」


 マーク先生が手に持っていた紙を読み上げる。

 先生の言葉を待っている間のこの静寂が、重苦しく感じる。


「今年の試験は、『もてなす側ホストとなって、来賓の貴族ゲストを自身の財力とコネをフル活用してもてなせ』だ。一人の制限時間は三十分、会場は大学の一室を借りる事となっている。ハル・ウィードの場合は、レイ、リリル、アーリアも加えて一人として見なし、四人の振る舞いを見て評価する」


 な、なんちゅう試験だよ!

 パーティをやるよりかは大規模じゃなくて助かるけど、それでも貴族をもてなすって事か。

 まぁ確かに貴族間の交遊は、もてなしとか非常に大事そうだからなぁ。

 理にかなっているっちゃかなっているのか。

 予想外すぎて、皆ざわつきが止まらない。

 俺だってそうだし、レイにリリルにアーリアだって動揺している。


「……これは授業にならんな。ならば午後の授業は終了する。ただし、この時間は試験に対する準備に割り当てるように。ちなみに卒業試験は今日から二週間後だ。もたもたしてられんぞ?」


 二週間後!?

 あんまり準備期間はないな。

 本当に絶妙な期間だと思うよ。豪勢にしたいのであれば、他国から取り寄せる必要だって出てくる訳だけど、二週間だと距離的事情で不可能に近い。

 なるほどな、そこでコネもフル活用しろと言っている訳だ。


 ざわつきは収まらず、クラスメイト全員がマーク先生に対して質問攻めを開始した。

 先生は毎年恒例のようだから、慣れた様子で淡々と答えてくれた。

 そこで判明した事を箇条書きにまとめると、


 ・招待する貴族は、社交パーティでも重鎮と言われている公爵位六人。誰かは明言なし。

 ・すでに試験を実施する生徒の順番は決まっていて、ライジェルは八番目、ジュイードは二番目。俺は知名度で圧倒的優位に立っているので最後。

 ・試験は来賓の方のスケジュールも考慮し、三日間に分けて実施する。

 ・どうもてなすかは自分で考えろ。

 ・クラスメイトは全てライバルとして扱え。試験内容を相談するのは厳禁。

 ・俺に関しては、王族と公爵位のコネクションに頼るのは禁止とする。


 ――といった感じだ。

 俺が最後かぁ。最後なんだなぁ。

 これさぁ、絶対過度な期待がかかってる奴じゃん?

 絶対評価も厳しくなってるって。


 ああ、どうしようかと頭を悩ませている時、ふととある光景が頭をよぎった。

 それは前世の記憶。

 前世での体験だ。

 

 確か、この世界での貴族っていうのは、見栄とコネが全てだったよな?

 見栄、見栄、見栄……か。

 ――これ、俺に随分な勝算があるかもしれねぇな。


 この世界で通用するかわからないけど、前世の知識は今回滅茶苦茶役に立つかもしれなかった。

 いや、本当にここの貴族が見栄を重視しているのであれば、絶対通用するはず。


「いよっしゃ、試験を乗り越えて見せようじゃねぇか!」


 自然と笑みがこぼれた。


「あ、ハルが悪い笑顔を浮かべてる」


「ハル君、何かやらかすつもりなのかな?」


「ハル様、ちゃんとわたくし達に相談してから行動してくださいませ?」


 俺の嫁達が散々な事を言ってくれる。

 大丈夫、今回はそんな悪い事じゃないから!


 ……たぶん。


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