第205話 卒業試験終了後


 縁とは不思議なものだ。

 前世、俺はボーカルソフトを使った楽曲を動画サイトにアップし、広告収入を得ていた。

 その時、英語で書かれたメールが届いたんだ。


『妻が貴方の大ファンで、言い値でいいので妻の誕生日ソングを作って欲しい』


 そんなメールが送られてきた。

 俺の曲のファンという事が嬉しくて、有頂天になってその仕事を受けた。

 そして彼もその楽曲を気に入ってくれて、そこから不思議と交流が続いたんだ。

 でもまさか、そいつがわずか三十五歳という若さでとある国の大統領になった伊達男、《アルフォンス・ベイカー》だとは知らなかったんだよな。

 当時俺は三十歳。

 そんな不思議な縁から築いた友人は、常人じゃ絶対に味わえない経験をたくさん与えてくれた。

 その一つとして、様々なセレブ達が集まる社交パーティだった。

 ハリウッド俳優だったり著名な作家等、本当に有名なセレブや成功者達が集まるパーティの中、伊達男であるアルフォンスは服装に非常に気をかけていた。

 特にアルフォンスは、パートナーである奥さんを常に際立たせる事を考えていて、あいつの奥さんは美人だとパーティ参加者の間では有名だった

 それに比べてアルフォンスは着飾ってなく、シンプルな服装だった。

 俺は一度、アルフォンスに質問した事があった。

 ちなみに俺は英語検定準一級を持ってる程、英語は堪能だぜ?


「なぁアルフォンス、何でお前のスーツってそんなシンプルなのさ?」


「答えは簡単さ。俺の妻をより際立たせる為だ」


「際立たせる?」


「そうさ。こういうパーティだと、男が身に付けているアクセサリーなんて目立たないし、逆に目立たせるとただの光り物に行き着いて格好悪くなってしまう。そこで考えたのが、妻を引き立てる事」


「何でいきなり妻を立てる事に繋がるのか、ようわからん」


「なぁに、単純明快さ。デキる男っていうのは、いかにパートナーを上手にエスコート出来るかなんだ。つまり、妻を際立たせたり引き立てる事こそ、男にとっては最高の栄誉だし、自動的に妻が俺を引き立ててくれるのさ」


 要するに、奥さんを引き立てる事が自分を引き立てるアクセサリー代わりみたいになる、という事だった。

 確かにこいつが側にいる時、奥さんが身に付けているドレスやアクセサリーが見映えがよくなっているように思う。

 流石伊達男だと、当時は感心したものだ。


 さて、話は異世界にいる今に戻すが、今回のおもてなしはアルフォンスとの経験を活かしたものだ。

 常々あいつは口癖のように、「男の洒落なんて決まっているんだ。なら表では女性に勝てないんだし、裏地で洒落てやる」と言っていた。

 裏地のお洒落やカフスボタン、ネクタイピンに対する拘りは尋常じゃなくて、本当にあいつは同性の俺から見ても格好よかった。

 うちの家紋をカフスボタンにしたのも、アルフォンスを参考にしたものだ。

 うちの嫁さんを引き立てるのだって、アルフォンスからのアイディアだ。


 ちなみに軽食にした理由は、《影》で将来的には俺の執事となるセバスチャンを使ったんだよねぇ。

 彼にちょっとお願いをして、他の生徒のおもてなしを盗み見して貰ったんだ、天井裏からこっそりとね。

 するとどうでしょう! こってりとした豪勢な料理にワインを出しているじゃありませんか!

 それを一日に何度も食べて、廊下を歩いている時になかなか辛そうに胸やお腹を擦っているじゃありませんか!

 うん、胃もたれ胸焼けしちゃうよな。

 俺はカロルさんに指示を出し、全て食べきれなくていい摘まめる程度のフルーツを用意してもらった。飲み物はオレンジジュースだな。


 異世界で通用するかわからなかったけど、現代よりの中世レベルの文明の発達具合だから、恐らく行けるはずと思ったんだよね。

 いやぁ、皆さんに気に入って貰えてよかったよかった!


 今は俺が最後というのもあって、試験が終わった後はゲストの面々と談笑していた。

 平民上がりだから見下される態度を取られるかもと思ったが、皆それ位で見下す人達ではなかった。

 逆に俺達の話にとっても興味を持ってくれていて、色んな話を聞きたいとむしろ迫られた位だ。

 人間の友情なんて、スタートは様々な思惑が入り交じった下心からスタートする。

 俺にここまで興味を持ってくれるなら、上々の滑り出しと言えるだろうな。


 ここでふと気が付いた事があった。

 審査員は六人だと聞いていたんだけど、一人足りない。

 俺はマーク先生に聞いてみた。


「マーク先生、審査員の方が一人足りないようですけど、何かあったのですか?」


「ん? ……ああ、どうやら急用が入ってしまったようでな、ご辞退されたのだ」


「急用、ね」


 これは王様である親父から教えてもらったんだけど、貴族の《急用》は一番信用してはいけない言葉なんだ。

 自分に利がない約束なら、魔法の言葉である《急用》と言ってなしにするし。

 まぁ様々な思惑があってその言葉を使うらしいんだが。

 しかし、あの鉄面皮のマーク先生が、一瞬戸惑った表情を見せた。

 何かあったんだろうか?


「ちなみに先生、その方はどなたですか?」


「教えられない」


「ですよねー」


 やっぱり口は固いか。

 まぁ今はそんな事を追求してても仕方ない。

 俺はこの五人の公爵との縁を、より強固なものにする必要がある。

 今後俺の領地が出来上がったら、何かと協力体制が出来上がっていた方が領地を守る手段が増えるしな。


 どうやら貴族間での小競り合が、最近になって頻繁に起こっているようなんだ。

 王族としても止めたいそうなのだが、上手い具合に大義名分と《家訓》を使って、戦争を仕掛ける貴族もいるらしい。

 徐々に領地を拡大させているから、新しい国でも作ろうとしているんじゃないかって噂があるんだと。

 だから俺は軍部もしっかりと整える必要がある。強力なコネがあれば、有事の際に助けてもらう事だって出来るしな。

 本当、貴族ってつくづく面倒な人種だなって思うよ。

 それを承知の上で飛び込んでいる俺も、相当頭がおかしい人種だってのはわかってるけどね。

 さぁ、有意義なお話をしていこうじゃないか。















「つっかれたぁぁぁぁぁぁっ!」


 試験が終わり、会場を片付けた俺達ウィード家面々は、家に戻ってきた。

 俺は速攻ソファーにダイブしてだらけた。


「ハルさん、お疲れ様でした」


 カロルさんが軽く会釈をして労ってくれた。


「いやいや、カロルさんこそ色々ありがとうな! 無事に成功できたのはカロルさんの力があってこそだ」


「それ程でもありません。でも私もハルさんのおもてなしには驚愕しましたよ」


「まぁ俺みたいな事をしている貴族っていなさそうだしな」


「流石異端児、といったところでしょうか?」


「それ、褒めてる?」


「全然ですね」


「……普通の商人なら褒めて持ち上げるよな?」


「普通でない貴族の専属商人ですから、その商人も普通ではないですよ」


「ちげぇねぇな」


 するとリリルがガラスのグラスに水を注いで持ってきてくれた。


「ハル君、お疲れ様!」


「ありがとう、リリル」


 俺はグラスを受け取って、水を一気に飲み干す。

 ああ、水が非常に美味く感じるよ。


 でもまぁ、おもてなしが大成功してよかったよ。

 恐らく無事に卒業できると思うし、そしたら領地運営とアーティスト活動の激務が待っている。

 俺、身体壊さないだろうか?

 今日はもうグータラしたいなぁって思っていた矢先、トラブルってのは舞い込んでくるんだよね。


「ハル様、大変ですわ!!」


「えぇぇぇぇぇ……。もう今日は休業でお願いしたいんだけど」


「いえ、これは無視してはいけませんわ!!」


 アーリアが焦った様子で手紙を渡してきた。

 しかも王族のみが使える押印が、ご丁寧にされていらっしゃる。

 あぁ、こりゃ確かに無視しちゃダメだな。

 だるくて重い身体を何とか起こし、封を開けて手紙を読む。

 差出人は王太子である兄貴だった。

 短く、そして強烈なインパクトを残した手紙だった。


「リリル、アーリア、レイ!! 俺は今から外出する!! 何時に戻ってくるかわからないから、先に寝ていてくれ!!」


 その手紙の内容は、こうだった。


『アーバイン公爵の死期が間近かもしれない』


 俺の、この異世界での歳が離れた親友の命が、終わろうとしていた。

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