第34話 俺、転校生気分を味わう!


「ハル、緊張しているかね?」


 制服をもらった翌日、俺は今、アーバインと一緒に半年お世話になる教室の入り口に立っていた。

 留学生として、アーバインが俺を紹介する為だな。

 さて、そんな俺は――


「だだだだだだ大丈夫! ききき、緊張、してねぇ、よ?」


「思いっきりしているじゃないか……」


 絶賛テンパリ中です!

 だってだよ、だってだよ!?

 俺は今まで転校経験ないんだぜ?

 それを急に、「今日から一緒に勉強するハル君です」みたいな紹介を受ける訳だ!

 何を言えばいいんだよ、俺!

 どういうノリでいけばいいんだよ、俺!?

 何だ、ここは面白い奴だなって思わせた方がいいのか?

 あぁぁぁぁ、どうすればいいか全くわからねぇぇぇ!!


「ハル、普通にしていればいいんだよ。普通に」


「だだだってさ、こんな経験した事ねぇよ!? 皆を笑わせればいいのかとかさぁ、色々思うわけ!!」


「演奏とかでは物凄い胆が座っているのに、こういうのはダメなのかね……」


「演奏の舞台とは違うの!!」


「ふむ。まぁいつも通りのハルでいいじゃないか。きっと受け入れられるさ」


「そ、そうかぁ?」


「ま、生徒の大半は貴族だったり何かしらの有力者のご子息だ。流石に貴族とかに喧嘩を売る事はないと思うけど、そこは弁えて欲しい」


「……」


 過去に貴族に対して喧嘩を吹っ掛けた経験はすでにあります、俺。

 それは言わないでおこう……。


 するとアーバインは教室の扉を開けた。

 おおおおおおい!!

 俺はまだ心の準備ができてないってのに!!

 くそったれ、もうこうなりゃ当たって砕けろだ!

 俺は背筋を伸ばして、アーバインの後に続いた。

 アーバインが壇上の中央で止まった所で、俺もその隣で止まった。

 そして、生徒達が座っている方向を向く。


 ……おおおっ。

 俺は感嘆の息を漏らした。

 教室の生徒の席は、まるで大学の講義室のように階段式になっている。

 しかし生徒数が五十人以上いるから、最後尾は結構高くなっている。

 すっげぇ人数だな。

 これが全員音楽を学びに来ている奴等なんだなぁ。

 まぁ半数位は、家名に箔を付けるっていうどうしようもない理由で入学している奴もいるらしいけど。

 だが残り半数は、音楽業界で生き抜く為、学び、切磋琢磨しているという。

 ぐるっと見渡すと、うん、何となくその区別がこの時点でわかるわ。

 音楽一つで侯爵になったアーバインを食い入るように見つめる奴等がいる。彼らは目がとても輝いていて、やる気に満ち溢れている。

 対して、見た目がきらびやかな奴等は、ぼーっとしている。

 多分、こいつらが箔を付ける為に入学してきた奴等なんだろうな。

 嫌々って雰囲気が漂っているぜ。

 面倒くせぇな、貴族って。


「皆、今日から留学生を紹介する。《エイール村》からやってきた、ハル・ウィード君だ」


 アーバインに紹介された瞬間、全員の視線が集中する。

 ……何か値踏みされている気がするな。


「彼は、かの有名な《猛る炎》のご子息で、武術に長けているだけでなく、音楽の才能もあるんだ」


『《猛る炎》!?』


 うおぃ!?

 何父さんの名前を出してるんだよ!!

 おかげで全員の目が何か輝いているし!

 っつか、父さん、マジで有名すぎて引くんだけど!!

 あぁ、これ面倒臭い事になりそうだなぁ


「ほら、ハル。自己紹介をしなさい」


「……恨むぞ、アーバイン」


 すると、ナイスミドルなアーバインは、ウインクしてきやがった。

 男のウインクなんて見たくもねぇが、こいつがやると、渋みがあって様になっている

 後で何かしらに仕返しをしてやる。


「えぇっと、紹介に預かりましたハル・ウィードです。今回アーバイン侯爵のご紹介の元、音楽を学ばせて頂く機会を半年も頂きました。田舎者故に皆と合わない部分はあると思いますが、それでも仲良くしてくれると嬉しいです。半年間、よろしくお願いします!」


 うん、ザ・無難に纏められたな。

 いいんだよ、ファースト・インプレッションは無難で。


 俺の自己紹介が終わった後、小さく拍手を貰った。

 まぁ、全員とまではいかないが、受け入れてくれている奴もいるって判断しようか。


「ではハル、最後座席空いている所に座ってくれたまえ」


「……はい」


 いつも通りの軽口で言おうとしたが、憧れの的である侯爵様にそんな口を聞いた瞬間、この生徒から敵認定されるだろうなぁ。

 俺は慣れない敬語を使って、返事をした。

 ……何だろう、この抵抗感は。

 立場的に敬語を使うべきなんだろうけど、友達同然で付き合っているこいつに敬語を使うのは、何か変な気分になるな。


 俺は一番後ろの席に移動し、空いている所に座った。

 俺の隣の奴は、男だった。

 女の子が良かったなぁと思った瞬間、レイに剣を首に押し付けられ、リリルからは冷たい目線を送られるイメージが、頭の中に浮かび上がった。

 浮気じゃない、断じて浮気じゃない!!

 さて、この隣の奴は金髪のザ・王子様って感じの見た目をしていた。

 容姿端麗とは、こいつの事を言うんだろうな。

 ちっ、イケメンが!!


「よろしくな、えーっと」


「気安く話し掛けるな、田舎者。私が汚れるではないか」


「あ、はい」


 うわっ、ムカツクなぁ……。

 何だよ何だよ、声掛ける位いいじゃねぇか、減るもんじゃないし!

 あぁ、このアウェー感、マジ嫌だわぁ。

 くそぅ、レイ、リリル、めっちゃ会いたいわ!!






 こうして初日の授業が始まった。

 最初の授業は、音楽の歴史だった。

 実は楽器の歴史はこの世界では非常に短く、世界で初めて楽器が確認されたのは約百年前なんだそうだ。

 それがリューンである。

 最初は三本弦だったが、今は六本弦にまで進化している。

 しかしまだポロンと音を奏でる程度で、主旋律を演奏するまでには至っていなかった。

 そこで颯爽と現れたのが、アーバインだ。

 今まで音を奏でるだけで歌や詩を際立たせるだけだったリューンだけで、一つの音楽を作った。

 これが世界で初めてで、アーバインの名を広めさせたリューン独奏曲、《葬送》だった。

 今から三十年前、友人の死を悲しんだアーバインは、悲しみの嗚咽で死者に送る言葉を言えなかったそうだ。そこであいつは、リューンで自分の悲しみや今までの感謝を曲に乗せたという。

 この曲を聴いた音楽業界の人間が大変感銘を受け、そこから口コミで《葬送》とアーバインの名が急速に広まる。

 そしてついに国王の耳まで届いて、国王の誕生日パーティで演奏する事となった。

 しかしアーバインはこれをよしとしなかった。

 何故なら、この曲は死者に贈る曲で、生誕を祝う曲ではなかったのだ。

 アーバインは二日で新しい曲を作った。

 国王だけに贈る曲ではなく、誰もが誕生日の時に聴くと嬉しくなるような、喜びに溢れたリューン独奏曲第二番、《生命》を完成させた。

 国王は感動し、涙したという。音楽とはここまで素晴らしい芸術だったのかと。

 それから国王はアーバインに段階をすっ飛ばして侯爵の地位を与え、通常なら与えられる領地の代わりに音楽学校の運営を任せた。

 音楽も芸術の一つであると認めた国王は、アーバインの技術を後進に広めるように命じたのだ。


 アーバインの学校運営は順調で、年々生徒数は増加していく。

 だがあいつはその忙しい中でも作曲を続け、リューン独奏曲を二十曲も作曲したのだった。


 へぇ、こりゃ自分が音楽を極めたって思ってしまっても仕方ないな。

 自分自身で音楽分野を発展させ、且つ王にも認められたんだからな。

 前世の俺でも、そりゃ天狗になってたわ。

 なかなか良い話を聞けたから、後でこれをネタにあいつをいじってやろう!

 自分の過去を教科書に載せてるとか、ウケるんですけど!!

 でも、ただでさえ拙い音楽業界を進歩させたのは、本気ですげぇって思うな。

 ま、本人の前では絶対に言わないけど。


 次の授業は簡単な音楽を、楽譜に書き記す訓練だった。

 所謂、耳コピだな。

 意外にも楽譜の書き方は、ほぼ前世と一緒だったから楽勝だった。

 フォルテッシモとかの記号の書き方が違う部分が、違和感あって慣れないな。


 大体の授業は約一時間ずつ。

 授業の合間に十分程休憩が入る。これも前世と同じシステムだな。

 最初の休憩はトイレで時間を潰しちゃったけど、二回目の休憩では積極的に交流を図ろうと思っていた。

 そして今は二回目の休憩。

 俺は誰に話しかけようかなって辺りを見ていたら、隣の貴族が話しかけてきた。


「平民」


「…………」


「おい、平民!」


「…………」


 平民って俺の事だろうな。

 ま、シカトしてやる。

 さぁって、誰に話しかけようかなぁ?


「おい、貴様だ! 平民!!」


 隣の貴族が俺の肩を力強く掴んできたから、俺は反射的にその手を掴んで捻り、手首の関節を極めた。


「いたたたたたたた!!」


「おい、平民平民って、俺はそんな名前じゃねぇよ」


「へ、平民如き、名前で呼ぶ必要は……いたたたたた!」


「あっそ。俺にとってはたかが貴族だけどな」


「貴様! き、貴族は相当の力を……」


「まぁ持ってるわな、権力。まぁ――」


 俺は全身から殺気を放つ。

 クラスの皆がビクッと体を跳ね上がらせる。


「生きていれば、の話だがな」


「ひっ!?」


 隣の貴族が逃げるように教室から出ていった。

 はぁ、何で貴族ってあんなに上から目線なんだろうな。

 大した仕事はしてねぇのに。

 威張りたいんだったら、うちの村を統治している貴族か、レイの両親位の仕事をしてから威張れってんだよ。

 これであの貴族に目を付けられるのは確定しちまったが、まあいいや。

 さてさて、誰に話しかけようかな?


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