第33話 入学前日


 王都である《リュッセルバニア》に到着して、早一週間が経った。

 俺は入学手続きを終え、寮で部屋を割り当てられたんだ。

 普通ならルームメイトがいるんだろうけど、運がいいのか悪いのか、俺は一人部屋になっちまった。

 うーん、そろそろ友達とか音楽仲間が欲しいと思っていたから、ルームメイトがいたら仲良くしようって思ってたんだけどな。

 とりあえず、部屋に着いてから速攻で、レイとリリルに手紙を書いた。

 俺の近況報告、二人は何をしているかって内容。そして最後に、大好きだよって一文を添えた。

 大体後三日前後で、二人の手元に手紙が届くだろう。そこから返事が帰ってくるのは十日後位かな?

 うん、スマホのメールやらメッセージアプリの偉大さは、本当に半端ないですわ。


 さて、俺は今まで何をしていたかというと、ただ自分の部屋でゴロゴロしていた訳じゃない。

 簡単に言えば、軽く働いている、リューンを持ってね。


「おう、ハル! 今日も聴きに行くからな!」


「ハルちゃん、ほら。取れ立ての美味しいリンゴだよ!」


「今日は激しめの曲を頼むぜ、坊主!」


 現在はお昼時だ。

 職場へ向かう途中、たくさんの屋台が立ち並んでいる通りを歩くんだが、色んな人が俺に話し掛けてきてくれる。

 気前がいい人は、商品の一部を無償でくれるんだ。

 さすがは王都、活気があって栄えてて、住人皆気持ちいい人間ばかりだ!


「サンキューな、皆! 今日も《風のささやき亭》で待ってるぜ!!」


 俺は、とある食堂の隅で、リューン一本で演奏をしていた。

 これはアーバインからのツテで始めた仕事で、結構俺の名前は有名になった。

 さすがは芸術王国の王都だけあって、皆真新しい技術や芸術には速攻食らいつく。

 俺は、この世界では存在していない早弾き等を披露すると、瞬く間に口コミで俺の名前が広まったと同時に、店の売り上げも爆上げらしい。

 《風のささやき亭》の店主であるおっちゃんからは、「うちの店に来てくれて、本当にありがとう!!」と感謝された程で、日給として15000ジルを貰っている。ほぼ小遣いを持っていない俺にとっては、ありがたい収入源だったりする。

 そして今日も俺は、《風のささやき亭》へ向かっている。


 ただし、明日から学校が始まるから、今日が最終日ではあるんだが。


 俺は店の裏口から店内に入る。


「ちーっす、おっちゃん。今日も勉強させてもらうよ!」


「ようハル! ……今日が最終日なんてなぁ。もううちの専属になってくれよ」


「残念、明日から俺は学生になるの! ガキの仕事は学業なんだぜ?」


「……その腕前、学校に行く意味を感じないんだが」


「いやいや、何事も初心が大事さ! じゃあ今日も場所借りるぜ!」


 俺はこの仕事を、勉強だと思っている。

 確かに金も稼げるんだが、何より直に客の反応が見れる。

 これは演奏家にとっては、勉強以外何者でもない。

 この直に反応が見れるという事は、世の中の流行や受け入れられない曲っていうのが直接わかるんだからさ!


 俺は一度深呼吸をして、店の隅に設置された壇上へ上がる。

 今日もたくさんの客が昼食を楽しんでいて、俺の姿を見た瞬間に盛大な拍手をくれる。

 俺はそれを一身に浴び、高揚感がさらに高まる。

 うん、いいテンションだぜ。


「よぅ、今日もこんなガキの演奏を聴きに来てくれてありがとうよ! まぁ今日がここでの演奏は最終日なんでな、皆からのリクエストは聞かないで、俺がやりたい曲をやらせてもらうぜ」


 そして、この店のウエイトレスさんが、客全員に紙を配る。

 これは今からやる曲の、この世界の言語に訳したものを記載している紙だ。

 簡単に言えば、歌詞表だ。


「んじゃ、最終日にやる曲は、《カウンティング・スターズ》」


 今回引っ張り出してきた曲は、2013年にワンリパブリックという五人組グループが発表した曲だ。

 俺は前世ではCDが傷だらけになるまで聴き続けた位大好きな曲だ。

 気持ちのよい早すぎず遅すぎずのテンポで、自然と体がリズムを取ってしまう位乗れる曲なのだが、打って変わって歌詞はなかなか奥深い。

 この曲の歌詞は、金を数える事より大事なものがある、というのをメッセージとして乗せているように感じる。

 いや、様々な憶測を読み取れる位、この曲の歌詞は深い。

 そしてボーカルのライアン・テダーの歌声は、心地よい低い声から一番盛り上がるサビの部分で一気にハイトーンに変えられる、素晴らしい喉を持った人物だ。低音の時の彼の歌声は哀愁漂っているのに、ハイトーンになった瞬間まるで哀愁を吹き飛ばすかのような力強さを感じるんだ。


 とりあえず俺はリューン一本でのアレンジを即興でし、歌詞はそのまま英語で歌い上げる。

 この言語は、この世界の辺境でしか使われていない言葉って事にしてある。

 苦しい理由ではあるけどな。

 

 俺はリューンを奏でながら、自分なりに解釈しているこの曲のメッセージを歌声で表現した。

 客達の反応を見ると、体でリズムを取りながら訳した歌詞を食い入るように見ていた。


 俺は演奏を終える。

 ふーっと、息を抜くと、俺が壇上に上がる時よりも大きな拍手が巻き起こった。


「相変わらず訳わからねぇ言葉だけど、すごかったぜ!!」


「最高だった! 今日が最終日なんて言わないで!!」


 色々な称賛の声が上がる。

 本当なら、俺が作曲した曲を演奏したいんだが、そうもいかない。

 この王都の住人は、インストゥルメンタル――つまり、歌がない曲は聴き飽きていた。

 故に、ボーカル曲を演奏する必要が出てくるんだが、ここで俺の弱点である「この国の言葉で作詞出来ない」が壁となるわけだ。

 まぁこうやって異世界言語の曲も受け入れて貰っているから、気にする必要はないとは思うんだが、オリジナル曲となるとやっぱり求められるのはこの世界の言語での歌詞だ。

 この留学では、この世界での作詞技術を習得するのが最大の目標になりそうだ!


 なんて色々考えていたら、大きなアンコールを頂いた。

 うん、すっげぇ嬉しいわ!

 俺の曲じゃないってのが引っ掛かるけど、演奏技術は認められてるって事だよな!

 いつか、絶対に、俺が作った曲で、今以上に客を沸かせてやる!!


「よっしゃ、大サービスだぜ!! もう一曲披露してやるよ!!」


 今日もこの店は、客の楽しそうな騒ぎによって盛り上がり、売り上げは過去最大を記録したようだ。

 店の売り上げにも貢献できて何よりだぜ。







 


 仕事を終えた俺は、寮の自室に戻ってお金を財布に入れた。

 まさかボーナスで30000ジルくれるとは思わなかった……。

 おっちゃんも嬉しそうだったから、ありがたく頂いたけどな。

 いやぁ、なかなか勉強になる七日間だったぜ!

 王都は色んな国の人間が集まっている。だから、現状での流行り廃りを把握する事が出来た。

 こりゃおっちゃんに頼んで、定期的に演奏させてもらうかな!

 金も稼げるけど、俺の勉強にもなって一石二鳥って訳だな!!


「ふぅ、明日ついに学校で本格的に授業か……」


 俺は前世では音楽の専門学校とかには言っておらず、高校時代からネットで作曲した曲をアップする事で、自力で腕を磨いてきた。

 結局は我流って事だな。

 だから、今世で初めて音楽を専門的に学ぶ訳だ。

 正直ワクワクするし、緊張もする。それに不安もある。

 この世界の音楽はまだ発展途上、その中で学ぶものがあるのかどうかっていう不安が結構大きいんだ。

 でも、決めたからには愚直に学ぶさ!

 留学した事を後悔しないように、全力で吸収してやろうじゃねぇか!!


 すると、自室のドアがノックされた。

 ん? 誰だ?

 俺はドアを開けると、そこにはアーバインがいた。


「やあ、ハル。紹介した仕事は大盛況の内に終わったようだね」


「ああ、感謝するぜアーバイン。客の反応を直に感じられて、いい勉強になったわ」


 馬車での長旅ですっかり仲良くなった俺達は、互いに呼び捨てで名前を言い合う仲になった。

 こいつとの音楽談義は本当に楽しいからな!


「さて、ついに制服が出来たから渡しに来たよ」


「だったら自分の部下に持ってこさせればよくね? アーバインだって忙しいだろうに」


「ま、私の息抜きに軽く雑談でも付き合って貰おうと思ってね」


「っつうか、それが本当の狙いだろ?」


「好きに解釈してくれて構わないよ」


 こいつ、仲良くなったらなかなかいい性格になりやがった!

 まぁ嫌いじゃないよ、こういう人間は。

 むしろ、気持ちよく付き合っていられる。


 俺はアーバインを部屋に招き入れ、椅子に座らせた。アーバインの手には、何かを包んである布があった。あれが制服か?

 部屋に椅子は一つしかないから、俺はベッドの上に腰掛けた。

 

「さぁ、これが制服だよ。ハルの体に合わせてあるから、後で問題ないか確認してほしい」


「おう、サンキューな!」


「……そのサンキューって言葉も、異世界の言葉かな?」


「あ、うん」


 やっぱ無意識的に前世の言葉行っちゃうんだよなぁ、俺。

 何ていうか、日本語程こっちの言葉って柔軟じゃないからさ、こっちの言葉で言い直すと長ったらしくなる場合があるんだよね。

 でもまぁ、この癖は直した方がいいかもな……。

 サウンドボールのおかげで異世界の音を拾っているってアーバインは理解しているから、ある程度言い訳は融通聞くんだけどね。


 俺は布をほどいて制服を見てみる。

 すると、紺のブレザーに灰色のチノパンがあった。

 おおっ、こういうスタイルって高校時代以来だな!

 何かすげぇ懐かしいな!!

 

「ふふっ、喜んでもらえて何よりだよ」


 アーバインが、喜んでいる孫を微笑ましそうに見ている感じで俺を見ている。

 そんなに見るなよ!


 その後、小一時間程アーバインから明日の授業について聞いたり、音楽の事について話し合ったりと談笑した。

 やっぱりこいつとは話が合うから、面白いわ!

 さぁ、明日はついに授業だ!!

 どうなるかはやってみないとわからないけど、頑張るぜ!!

 あぁ、すっげぇ楽しみだなぁ。


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