第161話 最高の勲章
俺の目の前に差し出された勲章は、この世界でも超高級貴金属であるプラチナで型どられた、掌より一回り小さい盾の中に、二つの剣が×印を作っていてその後ろには、クラシックギター改めリューンが彫られていた。
盾の縁は純金で作られていて、そして盾の左右には小さな翼がそれぞれに付けられていた。これも恐らくプラチナを使っているみたいだ。
近くにいた兵士さんが、《映像投影水晶》を持って勲章を写す。
すると親父の背後に大きくその映像が写し出され、会場にはどよめきが走った。
俺はサウンドボールを展開して、皆の反応を盗み聞きした。
「あれが、ハル・ウィードの為だけに作られた勲章……」
「リューンと二本の剣を彫刻してある勲章か、まさに文武両道な彼に相応しい勲章だ」
「流石のハル氏も、この勲章は蹴らないだろう」
「そうですな、私なら欲しくてそわそわしてしまいます」
「ハル様、あの素晴らしい勲章を見ても大きく表情をお変えにならない……。本当に素敵ですわ」
「わたくしの婿に来て貰えないか、お父様に相談しなくてはいけませんわ!」
「あれ程の勲章だ、相応の爵位も賜るのだろう。羨ましいな」
「羨ましいを通り越して、尊敬の念しかわかないな」
反応は様々。
一部のどっかの貴族の令嬢が、俺を婿として迎え入れたいようだ。
だが残念、すでに先約はあるんだな!
さて、この勲章は恐らく、俺の武勲と音楽業界にもたらした業績の二つを称えたものなんだろうな。
じゃなかったら、リューンを勲章に彫刻しないと思うし。
正直俺としては不満は一切ない。
「さて、ハル・ウィード。今回はこの勲章を貰ってもらえるか?」
親父がドヤ顔をして俺に言ってきた。
自信作なんだろうな、この勲章。
ああ、もう文句なんて一つもない位の素晴らしい勲章さ。音楽の事もしっかり称えてくれているんだから、不満は一切ない!
「はっ! このハル・ウィード、ありがたく頂戴致します!」
「……うむ。では、ハル・ウィード、姿勢を正せ!」
「はっ!!」
一瞬親父が安堵の表情を浮かべたのは見逃さなかったぜ?
俺は親父の命令に従い、背筋を伸ばす。
大臣は手袋を両手に着けて大事そうに勲章を自分の掌に乗せて、俺のところまでやってきた。
そして俺の左胸にこの勲章を着けてくれた。
さすが、プラチナや金を存分に使った勲章だけあって、ずしっと重い。
いや、この重さは、きっと親父や兄貴からの期待、そして国民からの期待の重さもあるんだろうな。
同時に、この勲章を貰った事が嬉しく思えた。
戦果の評価も含めてにはなるけど、音楽の事もかなり評価されているんだから、嬉しくない訳がなかった。
そして、これで俺は普通の一般市民を卒業し、権力を持つ貴族の一人として仲間入りを果たす。
当然ながら責任も付いてくるだろうな。
正直言って、面倒だと感じている気持ちが半分、しかし貴族という未知の世界へ足を踏み入れた事に対する好奇心が半分っていったところだ。
だってさ、前世で貴族なんて階級はなかったから、ちょっとはわくわくする訳さ!
きっと色々面倒なんだろうけど、大丈夫、俺はきっと上手く出来る筈だ。
俺の左胸に着いた勲章を見た観客が、空気が震えんばかりの大喝采を俺にくれた。
親父の隣にいるサングラスを掛けたアーリアも、嬉しそうに微笑んでくれた。
「そして、今回の功績を以て、ハル・ウィードに侯爵位を与える!!」
親父のこの発言で、「おおっ」と感嘆の声が周囲から漏れた。
……ん? 侯爵?
えっ、俺、いきなり侯爵なの!?
「この者は不利な状況だった戦争を、音属性のユニーク魔法による斬新な方法によってたった三日で戦争を終わらせてみせた! そして武勲だけではなく、音楽業界を大きく変える新しい楽器を、次々に開発したのだ!! この者が我が国にもたらした利益は計り知れない。よって、ハル・ウィードを侯爵とする!!」
周囲からは大歓声が響いた。
だけど、俺は未だに信じられなくて、口を開けてぽかんとしていた。
いやいや、だって急に侯爵だぜ?
俺はてっきり、男爵かと思ったんだけど!
「まだあるぞ、ハル・ウィード。貴殿のその音属性のユニーク魔法に加え、音楽すらも優れている為、貴殿にもう一つの二つ名を授ける!」
「二つ名?」
は? それも初耳なんですけど!
「うむ。《双刃の業火》に加え、貴殿に《音の魔術師》の二つ名を授ける!」
《音の魔術師》。
それはきっと、『音属性のユニーク魔法を操る者』と『音楽に優れた者』のダブルミーニングなんだろうな。
確かに俺は、前世の経験を活かして今はこの世界では優れた存在になっている。
ズルはしているのかもしれないけど、それでも、この実績は前世で血ヘドを吐く程にがむしゃらに音楽業界で生き抜いて勝ち取った技術や知識だ。
だから素直に、この二つ名を貰える事に、自分でもびっくりする位感激していた。
前世だと出来て当たり前だから称賛の数は少なかった。だって、俺より優れている人達は、あの業界では仰山いたからさ。
でも、この世界の人達は絶賛してくれている。だから、俺の前世は、きっと無駄じゃなかったんだ。
嬉しい。
素直に、嬉しい。
目頭が熱くなる程、堪らなく嬉しい!
「喜んで、賜ります……!」
ああ、この世界に来てから俺は涙脆い。
泣くまいと我慢していたのに、ついぽろっと涙が零れた。
「男が泣くな。皆の前だぞ?」
「無理……です! 嬉し、過ぎて……!」
「ふっ、四年前の仕返しが出来たな」
四年前――俺が最初の受勲式で受勲を断った時の事か。
ああ、見事にやり返されたよ、親父。
「さて、次はニトス・レファイレ!」
「はっ!!」
俺は後ろに引いて跪く。俺と入れ替わるようにニトスさんが前に出る。
「此度の戦争、貴殿の見事な采配と作戦で、こちらの被害は最小限に抑えられた状態で我が国の危機を最短で切り抜けられた! 誠に見事だった!!」
「有難う御座います。光悦至極に御座います」
「うむ。貴殿にはこの《レミアリア金翼武勲章》を与える!」
「はっ、有難う御座います!」
ニトスさんがびしっと立ち、大臣さんから左胸に勲章を付けて貰っている。
背後から見ているから表情はわからないけど、きっと自信と誇りに満ちた表情をしているんだろうな。
「今回の功績により、貴殿の爵位を子爵から伯爵とする!」
「はっ、有難う御座います!」
「そして貴殿にも二つ名を用意しているぞ。どんな不測な事態が起きても表情に出さず、冷静に指示を出していたと聞いている。故に《氷将》の二つ名を授ける!」
「よ、喜んで、た、賜ります」
ニトスさんが急に歯切れが悪くなる。
どうしたんだ?
ニトスさんが俺の隣まで下がって跪くと、俺に小さな声で話し掛けてきた。
今、周囲は大歓声でそんな小声じゃ聞こえなさそうだから、俺はサウンドボールで拾った。
「この戦争はほとんど君の手柄じゃないか……。そんなに私は冷静に指示を出していないと思うし、私が《氷将》なんて大それた二つ名を貰っていいものか」
成る程成る程、そこに負い目があるって事だな?
俺は返答をサウンドボールに乗せた。
「じゃあ蹴るか? 四年前の俺みたいに」
「出来る訳ないだろう……」
「いやいや、蹴るのも面白いぜ? 今凛々しい顔をしている親父の表情が崩れて呆けるんだからさ!」
「……それ、普通は不敬罪にあたるからね?」
俺が小さく笑ってみせると、ニトスさんは呆れたような顔をする。
だって、本当に面白かったんだぜ、あの表情。
「では最後に、ハル・ウィードには統治する領土と屋敷、そして支度金を用意する。見事統治し、貴族としての義務を果たせ!」
貴族の義務とは、国に対してしっかり納税をせよという事だろうな。
もちろん、そうさせて貰う。
実はすでに、どういう領地運営をしようかは決まってるんだけどな!
ま、その時になったら詳細は話そう。
「そしてニトス・レファイレ! 貴殿は領地を持つのを嫌い、王宮勤めを前々から希望していたな?」
「はっ、左様で御座います!」
えっ、そうなの!?
ってか、領地貰わないって選択肢があるのかよ!!
なら俺も拒否しておけばよかったわ!!
「ならば、今いる軍師職の長となり、見事貴殿のような優秀な軍師を育ててみせよ!」
「はっ、その使命、命に代えてもやり遂げて見せましょう!」
ニトスさんは、頭を深々と下げる。
おうおう、嬉しそうな表情をしちゃってるよ!
「では、これにて受勲式は終了する! だがその前に発表せねばならぬ事がある!」
あれ、親父、まだ言う事あったっけ?
「明日、このハル・ウィードと我が最愛の娘、アーリアが結婚する! アーリアが嫁ぐ形となる!」
その言葉を聞いた観客は、どよめく。
そりゃそうだ。
アーリアは国民――特に男に非常に人気がある。
そんなアイドル的存在が、明日俺のものとなるんだ。
サウンドボールで声を拾う限り、結婚に悲観する奴、アーリアと自分の息子を結婚させて、王族と太いパイプを作ろうと画策していたがそれが出来なくなって絶望する貴族、俺をアーリアに取られて純粋に悲しんでいる女性、様々な反応が聞こえた。
親父の言葉は続く。
「明日の昼、《バーリンガル大聖堂》にて、結婚式を行う。もちろんこれも一般開場してあるぞ! 興味がある国民は、是非足を運んでくれ!」
《バーリンガル大聖堂》。
この王都に建てられている、この世界でトップ3に入る程の大規模の聖堂だ。
ここで結婚式を挙げられるのは、ほんの一握り。
上級貴族と呼ばれる公爵、侯爵クラスの資金を持っている貴族か、王族だ。
平民にとっては夢のまた夢の場所で、俺は明日結婚式を行う。
そして、レイ、リリル、アーリアを妻として迎えられる。
本当に、本当に長かった!
俺は明日、本当の意味で大人になる!
……初夜、大丈夫だろうか。
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