第162話 立食パーティ


 受勲式が終わった後、立食パーティが始まった。

 俺はその余興として二曲程ピアノで演奏を行ったんだ。

 一曲目は坂本龍一の《Energyエナジー Flowフロー》だ。

 このゆったりとし、まるで川のせせらぎのように静かに奏でられる音は、こういった華やかなパーティにぴったりな曲だ。

 坂本龍一の超有名な曲の一つといってもいい位、彼の名前が上がるとこの曲も一緒に紹介される。

 マキシシングルである《ウラBTTB》に収録されている曲で、「二十四時間戦えますか?」のCMで有名になった商品で起用された曲でもある。

 訳すると《流れるエネルギー》が多分しっくり来るかもしれない。


 静かにゆったり奏でられているピアノの曲は、どうやら皆に受け入れられたようだ。

 皆、食べたり飲んだり会話するのを止め、俺に注目してくれている。

 うん、とっても快感だ。


 一曲目の演奏が終わり喝采を浴びた後、すぐさま二曲目を演奏し始めた。

 二曲目はショパンで、《華麗なる大円舞曲》。

 まさに『華麗』と言えるワルツで、楽しい気持ちで聴ける楽曲でもある。

 高音部分による連打が非常に多い曲で、上手く弾けるようになると軽快なステップで白と黒の鍵盤を指が走っているように見える。

 この華麗ながらも軽快な曲は広く親しまれ、ショパンのワルツ曲の代表作と言われる程の有名曲となっている。

 弾いている俺も楽しい気持ちになってくる!


 そして二曲目を演奏し終わり、俺は立ち上がって頭を下げる。

 すると、空気が割れんばかりの拍手をこの身に浴びた。

 ああ、やっぱりこの瞬間がたまらない。

 やっぱり俺は、根っからの音楽家なんだなって実感する。

 この一瞬が、この一瞬こそが、音楽をやっていてよかったって思える瞬間だった。


「お疲れ様、ハル」


「凄かったよ、ハル君」


「ハル様、お疲れ様でした」


 ピアノが用意されていたステージを降りると、レイ、リリル、アーリアが労ってくれた。


「サンキュー、三人共!」


 俺達は一緒になって用意された席へと移動する。

 白いテーブルクロスが被せられた、円形状のテーブルの上には、他の客の席とは違って中央に色とりどりの花が飾られていた。

 基本は立食なんだけど、二つだけ椅子が用意されていた。どうやら俺とニトスさん用の椅子みたいだ。

 背もたれが俺の座高より高く、所々に金の装飾がされている豪華そうなものだ。

 ニトスさんはすでに座っていて、手招きをして俺を空いている椅子へ呼ぶ。

 

「よっ、ニトスさん。楽しんでる?」


「ああ。君の音楽も楽しんだし、出された料理も舌鼓を打っていたよ」


「へぇ、美味いんだ! んじゃ、俺も頂くかな!」


 座ろうとすると、アーリアが椅子を引いてくれた。

 俺は「ありがとうな」と言って座る。

 すると隣にいるニトスさんが、顎が外れそうな位口を開けて驚いていた。


「ん? どうしたん、ニトスさん」


「……ハル君、いくら妻に迎えるといっても、王女であるアーリア殿下になんて事を」


「ああ、俺、あんまそこは気にしてないから」


「君が気にしなくても、周囲は気にするよ!」


 そうなの?

 周囲を見渡してみると、お客さんが俺をじっと見て、ニトスさんと同じ表情をしている。

 そんなに驚く事なのかね?

 まぁアーリアとの付き合いも長いから、こんな事が出来るんだろうけどね。

 レイとリリルを見てみると、苦笑していた。


「僕も慣れちゃったみたいでさ、そんなに驚かなくなったよ」


「私も。悪い意味で耐性付いたかもね」


 ん~。

 俺、あんまり王族とか貴族とか、そういった地位での隔たりってどうでもいいからなぁ。

 もしそれで怒られるんだったら、基本自分からは関わりにいかないし。

 人間、どんな地位にいたって所詮は人間。やっぱり平等の人間関係を築きたいんだよね。


 まぁいいや!

 俺は早速、グラスに注がれている白ワインを口に含んだ。

 ……ふぅ。

 これまた上質なワインを用意しているようで、口に甘味が広がって美味い!

 レイ、リリル、アーリアは俺の近くに立って料理を食べていた。

 これはアーリアが教えてくれたんだけど、恐らく俺に縁談を持ちかけてくる貴族がたくさん押し寄せて来るだろうから、自分達が傍にいれば縁談を持ち掛けにくいだろうとの事。そもそもアーリアは王女だ、地位が下の者が率先して話し掛けていい存在ではないそうなんだ。

 しかし貴族は最大四人まで妻を取れる。つまり、残り一枠を狙う強欲で強靭な心臓を持っている貴族がアタックしてくるかもしれないとも言っていた。

 まぁこの三人でお腹一杯だから、もう一人奥さんを迎え入れようとは思わないんだけどね。


「ハル君、このお肉、美味しいね!」


「おっ、マジで!? じゃあ俺も食う!!」


「あはは、ハルはどんな場所にいてもハルだね」


「そりゃそうさ! これ、おかわりできんの?」


「後で料理人に聞いてみましょうか、ハル様?」


「頼むよ、アーリア! 今日は結構食いたい気分なんだ!」


 料理を楽しみながら俺は愛しの三人と歓談をしていた。

 隣のニトスさんはというと――


「普通、こういう立食パーティはコネ作りの為に、自分から他の貴族に積極的に話し掛けに行くんだけどな……」


 そうぼやきつつ、知らない貴族らしいおっさん達と営業スマイルで話していた。

 無駄にコネを広げても労力の無駄だ、本当に必要なコネだけを作りにいけばいいだけの話だ。

 俺は今の所コネには困っていない。

 商品流通はカロルさんという強い味方がいるし、貴族関係に詳しいアーリアとレイ、同じ貴族では友人であるアーバインとオーグだっている。

 それに新しい家族になる王様である親父と、王太子である兄貴だっている。何か陰謀が俺達に迫るようだったら、いざとなったら《影》を貸してくれるらしい。

 これだけ強力なコネがすでにあるんだ、新しく作りに行っても時間の無駄でもあるしな。

 だったら、俺としては馴染みの人と歓談していた方が有意義だ。


 すると、次に来たのはアーバインだった。


「やぁ、ハル。やっぱりお前は大物になると思っていたが、ここまでとはな」


「アーバイン! 約二ヶ月ぶりだな!」


「ああ。お前も貴族の仲間入りだな。何か助けが欲しかったらすぐに相談するといい」


「サンキュー! ちょっと色々相談したい事があるからさ、俺の方が落ち着いたら時間を空けてほしいんだけど」


「勿論だとも。ピアノの師匠の頼みは、相当無茶じゃない限りは断らないつもりだ」


「ありがとうな!」


 俺達は肩を組んで、お互いの白ワインが注がれているグラスを軽くぶつけて乾杯をした。

 そんな様子を見ていた周囲が、さらにどよめく。


「あ、アーバイン公爵のピアノの師匠……? そんなに凄いのか」


「流石、世界で初めてピアノを演奏した音楽家だけある。しかし、随分親しいな」


「爵位は下なのに、ほぼ平等の関係ではないか」


「これは……貴族社会の大事件だぞ」


 何が大事件なんだ?

 アーバインに聞いてみた。


「ああ、私は貴族とは平等の関係を今まで築いていなかったんだ。つまり、お前が貴族の中では、『初めての友人』となる。これは貴族社会では大きな意味を指すんだ」


「へぇ、そうなん?」


「……あまりわかっていないな? ハルも知っている通り、私は王族とのコネを持っている。そしてお前はアーリア様を妻に迎え入れる事で、王族に対して私より太いコネを作った。そんな二人が平等の関係になるという事は、下手な貴族は私達に牙を向けにくくなる訳だ」


「ん~? 俺達の背後に王族がいるから、俺達を敵に回すという事は王族も敵に回すって意味か?」


「それもあるが、強大な発言力を持つ事となる。貴族は見栄とコネが全て。それが大きければ大きいほど、比例して発言力を増す。私達二人が示し合わせて意見を言えば、ほぼ確実に意見が通るんだよ」


「成る程ねぇ! 相変わらず面倒臭いな、貴族って」


「お前は自らその世界に飛び込んだんだろ……」


「おう、三人と結婚したかったからな!」


「ならば、その甲斐性でしっかり貴族の仕事を勤めるんだな」


「そのつもりだ!」


 俺と話し終わると、アーバインはアーリアの前で跪いた。


「アーリア様、この度はご結婚おめでとう御座います」


「アーバイン公爵、有り難う御座います」


「念願の初恋が、無事実って何よりです」


「はい! とっても幸せですわ!」


 目はサングラスに隠れてよくわからないけど、きっと満面の笑みを浮かべてるんだろうな。

 アーバインもそれがわかったようで、小さく笑みを浮かべて満足そうにしていた。


「ハル、お前、アーリア様を泣かせたら容赦しないぞ!」


「ああ、嬉し泣きさせるから、その約束は無理」


「それなら許すが……」


「まぁ極力頑張るさ」


「そうしてくれ」


 アーバインが珍しく怒気を含んだ視線を送ってきたから、俺は流しつつ答えた。

 何があるかわからないから確約は出来ないが、当然悲しませようとは思ってはいない。

 ってか、こいつはアーリアの事を孫のように可愛がっているからなぁ。

 極力泣かせないように気を付けよう。


 アーバインが去った後、次に来たのはカロルさんと俺の家族だった。

 カロルさんは全然頻繁に会ってるからいいんだけど、俺が故郷を出てから忙しすぎて一度も会わなかったんだけど、父さんと母さんはそこまで変わっていない。

 いや、ちょっとだけ顔のシワが深くなったかな?

 それでもまだ若々しい。アラフォーとはとても思えない。まだギリギリ二十代で通せると思う。

 二人の背後には、隠れるようにナリアっぽい女の子がいる。

 背丈も二年前に比べて伸びている。でも顔が隠れていて、さっぱりわからない。


「ハルさん、ご家族をお連れしました」


「ありがとな、カロルさん!」


 すると父さんが俺に近づいてきて、背中を思いっきり叩いてきた。


「お前、しばらく会ってないと思ったら、勲章貰って貴族になりやがって!! 本当に凄い息子だよ!!」


「いて、いてぇっ!! わりぃな、父さん。なかなか忙しくて手紙しか送れなかったわ」


「まぁハルなら大丈夫だろうとは思っていたが、まさか戦争に参加したとは思わなかったぞ」


「でもほとんど後方支援って感じだったんだけどな」


「何を言っている、生きて帰ってきた時点で大した事だって」


 そして母さんが前に出てきて、俺を抱き締めてくれた。


「ハル……! 心配したんだからね!」


「……わりっ、母さん。でもこの通り、元気にやってるぜ?」


「わかってるけど、だったらしっかり顔を見せに来なさい!!」


「悪かったよ。でもその代わり、母さんに託された夢、叶えたぜ?」


「うん……うん!」


 母さんに託された、歌手になる夢。

 俺はバンドという形態をこの世界で再現した。そして、その功績も評価されて俺はこの勲章を貰ったんだ。

 母さんと俺の夢は、しっかりと叶えたんだよ。

 母さんは俺を抱き締めながら泣いていた。

 表情が見えないから、嬉し泣きなのか安堵して泣いているのかわからなかったけど、俺は母さんの背中を優しくぽんぽんと叩いた。


 そして父さんの後ろに隠れている女の子に声を掛けた。


「ナリア」


 その子は身体をびくんとさせている。

 ナリアで間違いなかったようだな。

 でも、俺の事覚えてるかな?

 一緒にいたのはたった一年間だからなぁ。今は三歳だったはず。


「ナリア、覚えているか? にいちゃだぞ?」


 …………返事がない。

 

「ほら、ナリア。お兄ちゃんだぞ」


 父さんが左手でナリアの身体を押した。

 小さく「わっ」と言いながら、ようやく姿を見せてくれた。


 ……うわぁ、ナリア、将来マジで美人になるぞ。

 どんな容姿かというと、ちっちゃくなった母さんって感想だ。

 柔らかそうで肩まで伸びた金髪、ちょっと丸みは帯びている頬だが、太っている訳じゃなくて愛嬌があって愛くるしい。

 目は母さんの目の色を引き継いで青い。だけど、意思が強そうな目をしているのは父さん譲りだな。

 女の子の良い部分をしっかり引き継いだような感じになっていて、間違いなく美幼女だ。


「ほ、本当に、に、兄ちゃん……?」


 おぉ、俺の事を兄ちゃんって呼んだ!

 順調に成長しているようで何より!


「ああ。俺の事、覚えてるのか?」


「…………すこし」


「少しかぁ。まぁ仕方ねぇよな、俺が一緒にいたの一年位だし!」


「でも。……たくさん遊んでくれたの、覚えてる」


「……ナリア」


 俺はナリアの頭をわしわしと撫でる。


「これからはしっかりナリアに会いに行くよ。今までごめんな?」


「うん。……何か兄ちゃん、きらきらしてるね」


「そうか?」


「うん! 何かきらきらしてて、カッコいい!!」


「そうかそうか、格好良いか! ナリアも可愛いぞぉーっ!」


「きゃははっ!」


 俺はナリアを抱き上げ、高い高いをする。

 ナリアもきゃっきゃと喜んでくれている。

 ああ、久々の家族に会えて、心から安らぎを感じる。

 もっと早く会いに行けばよかった。

 ナリアの笑顔が見れるんだったら、遠い距離も苦じゃないさ!


 パーティが終わったら、今俺が住んでいる屋敷で結婚前夜の顔合わせが始まる。

 メンバーは、王族一家にうちの家族、リリルとレイの家族も来る。

 さてさて、どうなる事やら。

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