第103話 予定の詰まった一日 ――訓練場編4――


 ――第三中隊隊長 ドーン・マクレイ視点――


 先程俺と戦っていたハル君だが、どうやらそこまで体力は消耗していないようだった。

 くそっ、俺はもう息耐え耐えなのにまだ余裕なのか……。

 これが《双刃の業火》の実力か。

 さて、これからさらにうちの問題児であるライルと戦う事になった。

 しかも手加減なしの真剣勝負。刃抜きもしていない本物の武器で戦うのだ。無傷で済む訳がない。


「いいかお前達! この戦いは恐らく、お前達にとっても非常に参考になるものだし目標にもなるだろう! 強さを求めるのであれば、ハル君を目指せ!!」


「「「はっ!!」」」


 俺は新人達にしっかりと戦いを見ておくように命じた。

 

 さて、ライルの実力は粗削りだが、新人の中では抜きん出ている。基本鎧を装着するのを嫌っており、この戦いにおいても訓練用のインナーにジャケットを羽織っているという格好だ。

 ただ、自身の武力に頼りすぎている部分があるのが非常にマイナス点だ。俺としては兵士としては及第点だと思っている。

 しかしあの剣の持ち主に相応しいかと言われると、間違いなく俺は首を横に振る。

 まだあいつは、銘がある剣を持ってはいけなかったんだ。

 恐らくこの戦いは、あいつの今後を大きく左右するだろうな。


 そしてハル君だが、まだ本気を見せて貰えていない。

 本気じゃなかったとしてもあれだけ強いのだ、いくら武器の差があるからといって、ライルに遅れを取るとは全く思えない。

 彼の武器は量産型のロングソード。

 耐久も人の骨を四度程断ったら刃こぼれする程度の品物だ。

 対してライルが持っている名剣二本は、刃こぼれもしないし鞘は実は魔道具になっているらしい。鞘に納める度に洗浄されて、血脂を消滅させるのだそうだ。

 つまり、手入れをしなくても切れ味が落ちる事は有り得ないのだ。どうやらハル君はそれを知らずに、きちんと手入れをしているようだがな。



「とりあえず、とっととかかってきなよ。ライル」


「ああ。死んでも恨むなよ、ハル・ウィード!!」


 そろそろ二人が動き出すようだ。

 先に動き出したのはライルだった。


「発動! 《ブースト》」


 あいつ、試合開始前にすでに詠唱を完了させていたな!?

 ライルは風属性魔法を操れる奴で、《ブースト》による高速近接戦闘を得意としている。

 身体能力も高いから、この魔法により身体強化の恩恵は相当大きい。


 ライルが地面を蹴ると、一瞬にしてハル君との間合いを詰めた。

 すでに剣の間合いだ。

 どうする、ハル君!?


 ライルは突進を殺さないように、突きを選んだようだ。

 しかし、ハル君はそれを読んでいたようで、身体を半身にして余裕綽々で回避する。


「なっ!?」


 目に見えない攻撃だったのに、軽々と避けた事にライル含めて俺達も驚愕する。


 そしてハル君は、さらに驚愕する事をやってのけた。

 勢いよく空振りしているライルの腹部に、自分の膝をめり込ませていた。

 突進の勢いが、ハル君の膝蹴りの威力を倍加させているのがよくわかる。


「ぐふっ!?」


《ブースト》が解除され、腹を押さえて前屈みになりつつ、ゆっくりとハル君から距離を取っていくライル。

 ハル君は、ライルの奴をまるで見下しているようだった。


「おいおい、あんだけ言っておいてもうお仕舞いか?」


「き、貴様ぁぁっ。あの攻撃をどうやって避けた……?」


「簡単だ。あんな突進をしたら出来る斬撃は二種類。突きか横薙ぎ位だ。それ以外の斬撃は突進の勢いを殺しちまうからな。で、お前の足捌きを見て体勢的に横薙ぎは有り得ない。となると最後は突きだけになる」


「も、もし。もしそれ以外の斬撃を放っていたら……」


「あぁ、てめぇの技量じゃそれ以外の斬撃は出来ないから、突き以外有り得ない事は確信していたさ」


 なんと、あの一瞬でそこまで思考し、読み切っていたのか。

 そんな事が出来るのは、相当目が良くて且つ尋常でない集中力が必要だ。

 俺には間違いなく出来ない、神がかり的な見切りだった。


「とりあえず、てめぇの攻撃が終わりなら、次は俺からいくぞ?」


 剣の刃をライルに向けたまま、走らずにゆっくり歩いていくハル君。

 速攻で距離を詰める気は、一切なさそうだ。

 余裕そうなハル君を見て、さらに激情するライル。

 だめだ、完全に冷静さを欠いている。


「貴様ぁっ、調子に乗るなぁ!!」


「それはそっちだろうが」


 ライルは手に持っていた赤色の名剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。

 赤い剣閃は虚しく空を切り、カウンター気味にハル君がコンパクトに剣を水平に薙ぐ。

 しかし踏み込みが浅かったのか、剣先がライルの胸の皮膚を薄く斬った程度のかすり傷しか負わせられなかった。

 やはり慣れない武器だからだろう、まだ間合いが掴めていないようだ。

 それは仕方ない事だ。

 どんな剣士であっても、普段使っていない武器を急に使うハメになったら慣れるのに時間がかかるのだから。


 だが、俺のこの考えは、実は間違っていた事に気付いたのはしばらくしてからだった。

 ライルは《ブースト》で身体能力を向上させて斬りかかるが、全てハル君に回避されてはカウンターを合わせられるのだが、全てがかすり傷。

 俺は大体三つ目のかすり傷がライルに刻まれたところから、違和感を覚えていた。

 この違和感が、四つ目のかすり傷が出来た瞬間に明確なものへと変わった。

 ライルが勝ちを急いで大きく振りかぶった瞬間、腹部ががら空きになった。当然ハル君はこのチャンスを見逃すはずがない。

 しかし、次の攻撃もかすり傷を負わせる程度で済んだ。

 あぁ、やはりか。

 ハル君、君という奴は十歳で何処までの高みにいるんだ……。


「ライルの奴、紙一重で避けてるな。流石だぜ」


「しかし、流石の《双刃の業火》殿も武器が変わっちゃまともに戦えないか?」


 全く、こいつらは検討違いな事を言っているな。

 この現状をわからないとは、まだまだ新米達はひよっ子だな。

 俺はため息を付いて、現状を解説した。


「お前達、本気でそう思っているのか?」


「えっ、違うんですか? 隊長」


「ああ。別にライルが回避しているんじゃない。ハル君がわざと薄皮一枚だけを斬っているんだ」


「……は?」


「いいか、彼はさっき渡されたばかりの武器の間合いを完璧に把握し、敵であるライルの動きを完璧に見切った。この二つを掌握したハル君は剣先だけでわざと皮膚だけを薄く斬っているんだ」


 そう、ハル君は今、神業を俺達に披露している。

 まず有り得ないのが、《ブースト》で身体能力が遥かに向上しているライルの攻撃を、何も魔法で身体能力を向上させていないハル君は軽々と回避しているという点。

 身体能力が違いすぎて、気付いた時には斬りつけられているだろう。だが、彼は何も補助もなしで回避している。

 これだけでも凄まじいのに、回避した瞬間にカウンターを放っているんだ。

 しかも相手の皮膚だけを斬るという芸当すら披露している。

 この行為がどれだけ常人場馴れしているのかがわかるだろうか。

 人を斬るのは誰でも出来る基礎中の基礎だ。

 本気でやれば大抵は敵を殺す事が出来るが、殺さないように斬る手加減というのはなかなか難しい。

 そして、今ハル君がやっている事は、手加減よりかも難しい技術だ。

 何せ、相手との間合い、自身の踏み込みの深さ、武器のリーチを身体で覚えて正確に放てるようにしなければいけない。

 こんな事を出来るのは、世の剣士でも一握りしかいない位難しい。


「くそくそくそっ! 何故だ、俺は名剣を持っていて貴様は糞みたいな剣なのに!!」


「簡単な答えだ。てめぇの剣の腕が糞なんだろ?」


「くそがぁぁぁっ!!」


「それよりてめぇに触られてるのが可哀想だから、さっさと返してもらうぜ?」


 するとハル君は華麗なステップでライルの懐に潜り込み、あいつの腰に帯剣されていた青の名剣と赤の名剣の鞘を固定した紐を切断した。

 地面に落ちる事なくキャッチしたハル君は、素早く自分の腰に取り返したものを取り付けた。


「くそ、返せ、俺の剣だ!」


「あほたれ、俺の剣だっつの!」


 ライルの荒い剣技が振るわれる度に、ライルの体に傷が刻まれていく。

 自分の剣を取り返したにも関わらず、相変わらずロングソードで攻撃をし続けているハル君。

 間違いない、「名剣を使わなくても、ライル如き倒せる」というのを言葉ではなく、剣で伝えようとしている。

 実際端から見ている俺達は、誰もライルが回避しているとは思っていない。

 わざとあの程度の傷で済まされているっていうのがわかるんだ。


 しかし、ハル君は凄いな。

 俺も少し名剣のおかげで強いのではないかと思っていた節があったが、そうではなかったな。

 どの武器を使っても、彼は異常に強いのだ。

 そして名剣と相性がいいのか、さらにその強さを引き上げているのだろう。

 つまり彼は、生涯に一度あればいい位の低確率な、剣の相棒を見つけたという素敵な出会いを果たした訳だ。

 羨ましい限りだ。


 おっ、ハル君がライルが握っていた赤の名剣の柄を掴んで腹部に蹴りを放ったぞ。

 丁度みぞおちに入り、ついにライルは剣を手放してしまった。


「お帰り、《レヴィーア》、《リフィーア》」


 取り返した剣を鞘に戻し、先程の蹴りで悶絶しているライルに近づいていくハル君。


「よう、どうだった? 名剣を持っていたにも関わらずボコボコにされた感想は?」


「くそっ、俺が弱いんじゃない。その剣がダメだったんだ!」


「へぇ、あんなに力がみなぎるぅとか言っていたのに、今度は名剣批判ですか。いやぁ、てめぇの掌は相当柔軟なようで、クルクル回りますなぁ」


「黙れ!!」


「いいや、黙らないね。人の剣を盗んでおいて相当いきがっていた割にはボロボロにされちまって。まぁ無様だな。本当にそれで自分が強いって思っていたのが滑稽に思えるよ」


「黙れ、黙れ!!」


「まぁいいや。実質お前は、剣士の道は絶たれたし、兵士としても恐らく使い物にならなくなっただろうな。残念無念だな」


「は? 何を言っている?」


「んじゃ、これを握ってみな」


 ハル君はライルの目の前に、先程まで使っていた剣を投げた。ライルは反射的に受け取った。

 あぁ、恐らくここが奴の将来を決める分岐点になる。

 多分だが、悪い方向に転ぶだろうな。

 さらばだ、ライルよ……。お前はいい兵士になれると思っていたのに、残念だよ。

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