第104話 予定の詰まった一日 ――訓練場編5――


 ――ハル視点に戻る――


 はぁ、疲れた……。

 人の皮膚一枚だけを斬るってのは、結構集中しなくちゃいけないからな。

 まぁ俺には持ち前の集中力の高さがあったから何とかなったけど、思った以上に精神的に疲れる。


 さてさて、このライルって奴に無数の切り傷を作っていい男にしてやった訳だが、さらに俺はこいつを試している。

 目の前に置かれたただの剣。

 これを握った瞬間にライルの剣の道が決まる。

 それは、このまま兵士若しくは剣士としてやっていけるか、それか永久的に剣が握れなくなるかだ。

 

 何故永久的に剣を握れなくなるか?

 答えは簡単だ。

 腕が未熟な状態で、銘のある剣を握っちまったからだ。

 俺の名剣は本当に扱いやすい。

 父さんに持たせてみたら、いつも以上に振るのが楽そうだったんだ。

 それ位通常の剣と銘のある剣は違う。

 父さんは銘があるという事は、製作者の想いや気持ちが強く乗っているから、通常の武器とは違った部分が出てくる。

 例えば切れ味が尋常じゃなかったり、握った感触は悪いけど耐久力が半端なく優れているとか。

 俺のこの二本の名剣は、扱いやすさを重視しているらしく、恐ろしい位に手にフィットするんだ。

 だが当然製作者が思い浮かんだ剣士以外だとなかなか合わないようで、偶然にも俺がその製作者のコンセプトと合致していたんだろう。父さんも使いやすいとは言っていたが、それでもやっぱり自分の剣がいいのだそうだ。

 

 さて、ライルは俺の剣を握って力がみなぎると言っていた。

 実はこれ、遠からず正解で、そこそこ力量があったからこの名剣とフィットしたんだろうな。使いやすく感じたんだろう。

 でもそれがいけなかった。

 俺は父さんが許すまで実は名剣を一切振るっていなかった。許可されたのは九歳になった頃だった。

 理由を聞いてみると、このように返ってきた。


「いいかハル。銘のある剣ってのは、一種の妖剣だ」


「妖剣?」


「そうだ。人の気持ちを惑わせ、虜にしてしまう剣の事だ。お前が陛下から賜った名剣は、恐らくお前には妖剣になるだろう」


「マジで!? じゃああれは飾った方がいい?」


「いや。今まで禁止していたのは、未熟な腕で持った場合は惑わされるからだ。ハルの場合はすでに完成形に近い状態だ。だから今日は模擬戦をしてみて、それでお前があの剣を手にして大丈夫か判断をする」


「判断基準は?」


「どんな剣でも問題なく実力を発揮出来るか。そして、《自我》を持っているかだ。後者に関してはすでに問題はないと見ているけどな」


 この場合の《自我》とは、自身の信念や理想、目標をしっかり確立できている事を指していたらしいんだ。

 元々普段の生活を見ていて、父さんは後者は問題ないと判断していたらしかった。そして前者に関しては、俺自身が一本のロングソードを最近までずっと愛用していた事もあり、どんな武器でも実力を落とす事はないとは思っているのだけれど、念の為の確認なんだそうだ。

 とりあえずこの時は、父さんには二刀流を一切披露していなくて、右手だけの一刀流でずっと戦っていたんだ。

 いずれは父さんとガチでやりあうと思っていたから、切り札は隠しておいたんだけどな。

 そして父さんから合格点を貰い、この二本の名剣が俺の愛剣となった訳だ。


 つまり、こいつはどんな剣でも実力を発揮できない発展途上の状態で、俺の名剣を握っちまったんだ。

 証拠に力がみなぎると錯覚したのは、俺の愛剣に気持ちを惑わされたからだ。

 さぁ、どうなるかな。

 掴むのは強靭な思いで《強さを求める》という荊の道を進むか、剣から見放されて過酷な世界から遠ざかって一般市民になるか、だ。


 ライルは剣を握ろうと手を伸ばす。

 その手は震えている。

 恐らくだが、本能的にわかったんだろうな。

 何がわかったかって?

 そりゃ簡単だ。「この剣は俺に合わない」ってな。

 証拠に俺の腰に帯剣した二本の名剣を、血走った目でじっと見つめている。

 俺が愛でるように剣の柄を撫でると、青筋を額に浮かべて怒りの形相を見せた。

 だめだ、完全に魅了されちまっている。俺の剣なのに、自分の剣だと勘違いしている。

 仕方ないなぁ、少し煽るか。


「どうした、ライル。剣を握る程度も出来ないのか?」


「で、出来る!」


「ならやってみせてくれよ」


「わ、わかってる!!」


 さぁ、掴めるか?

 今お前は、狂おしい程に俺の剣を求めている。

 そんな状態で、ただのロングソードを握れるかな?


 おっ、握った!

 おめでとう、第一関門突破だ。

 次に待っているのは第二関門。

 これも乗り越えられたら、また剣の道に戻ってこれる。

 戻ってこれるか、見物だな。


「……ん? ……え?」


 何度も剣を握る位置を変えているライル。

 なかなか握るポジションが決まらないんだろうな。

 何度か握っては軽く振ってみてを繰り返しているが、違和感を感じているみたいで納得していないようだった。

 

 兵士の武器は戦場では消耗品だ。

 何度か骨を断てば刃は欠けるし、血脂を吹かないとそれのせいで切れ味が大幅に下がる。

 だが戦場で武器のメンテナンスなんて出来る訳がない。

 そうしたらどうするか?

 殺した敵の武器を奪い、自身の武器とするんだ。

 つまり、戦場では武器の性能を求められていない。

 臨機応変にその場にある武器を使って、前線を押し上げられる兵士が求められているんだ。


 今ライルは、それを試されている。

 これを乗り越えられれば、兵士として戦って、名を上げれば国や国民から讃えられるだろう。

 ライルの潜在能力は、それに相応しいものだと俺は思っている。

 だが、俺の名剣の魅力から自力で外れないと、その道は途絶える。


「……返せ、返せよ! それは俺の剣だ!!」


 あぁ、ダメだったか。


「だから何度も言っているだろうが、これは俺の剣だ」


「違う!! 俺の剣だ!!」


「あ~、こりゃ完全にダメだわ……」


「殺してでも、殺してでも奪い取る!!」


 おおっ、どっかで聞いた事ある台詞だ!

 前世のネットでちょいちょい聞く台詞だったな。元ネタは知らんけど。


「殺してみろよ。その剣でさ」


「やってやるよ!!」


 俺のライルへの興味は、今完全に消え失せた。

 もう、こいつは何をやっても元に戻らないだろう。

 殺しはしないが、二度と剣は握れない程度には精神的に虐め抜いてやる。


 ライルが俺に斬りかかってきた。

 うっわ、超ヘロヘロ。

 俺が初めて剣を握って素振りをした時と同じ位ヘロヘロ。ちなみに俺は当時三歳ね。

 今俺より年上のライルは、当時三歳の俺の剣の腕と同じ位までに下がってしまったんだ。

 俺は軽々とライルの斬撃を回避する。

 こんなの、目を瞑っても避けられるわ。


「なっ!?」


 おおっ、攻撃した本人すら顎が外れそうな勢いで口を開いて驚いている。

 うん、俺も結構驚いている。

 こんなにも剣技をダメにするんだな、中途半端に名剣を握ると。

 

「てめぇ、それ、マジで振ってんの?」


「ち、違う!! 次が本気だ!! 《ブースト》!!」


 おっ、詠唱を破棄して《ブースト》を発動した。

 身体能力を上げて、本気の斬撃を振るって来るんだろうな。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」


 ライルは気合いを乗せて剣を振り下ろした。

 だが、それもヘロヘロだった。

 俺は軽くバックステップすると、ボスっと情けない音を立てて剣が地面に刺さった。

 鋭さも何もない、子供が振るう剣技と全く同じだ。


「…………」


 身体能力を向上させても、その程度の斬撃しか放てない事にショックを覚えたのだろう。

 振り下ろしきった状態から、まるで石化してしまったように全く動かなくなったライル。

 ああ、見ている俺も痛々しくなってきた。


 とりあえず、ライルはもう兵士としても、剣士としてもやっていけないだろうな。


 俺は振り替えってその場を去ろうとした。

 だが、ライルは諦めていなかったようだ。


「お、俺の剣んんんんんっ!!」


「だーかーらーっ、俺の剣だって言ってるだろうが!!」


 もう麻薬中毒者のそれと一緒じゃねぇか!

 なら、トドメだ!

 俺は剣を二本鞘から抜いて、二刀流の構えを取った。


「二刀流秘剣、《散花》」


 俺はステップでライルの周囲を回る。

 その際に絶え間なく両方の剣を交互に振るっていき、ライルの体に傷を作っていく。

 名前の由来は、地面に飛び散った血が付着した際、まるで散った花弁のように見えたからそのように名付けた。

 何の魔法も使っていない、純粋な俺の剣技。

 だが、これも殺さないように俺の集中力をフル活用して、皮膚だけを切り裂いていく。

 俺はライルを中心としてぐるぐると奴の回りを素早く移動する。

 それでも斬る動作は止めない。

 奴の腹部、腕、背中、足、手の甲、頬を満遍なく皮膚一枚だけを斬っていく。

 切り裂く度に、ライルは小さく喘ぐ。


「フィニッシュだぜ!」


 最後に奴の背後に回り、奴の両足のアキレス腱を深く斬った。


「あがぁぁぁぁぁぁっ!!」


 かすり傷とは違い、今度は鋭い痛みが襲ってきたライルは、その場に倒れ込んで膝を抱えて踞る。

 まぁ回復魔法で何とかなるだろう、アキレス腱損傷位なら。


「俺の愛剣二本を自分の物にしようとした罰だ。逆にその程度で済んだ事を喜んでおけよ」


 俺は踞るライルを見下した。

 奴の瞳は、完璧に怯えた動物のそれと一緒だった。

 何だろう、俺が何かとっても悪い事をした気分なんですけど……。

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