第231話 ハル・ウィード侯爵の名裁き 2
五兆ジル。
無理に決まっている。
どうやってそれを返済しろって言うんだ。
まさか、俺は何処かに飛ばされるか?
そんなマイナスな事を考えていると、ハル・ウィードが喋りだした。
「ああ、すまんすまん。勿論てめぇ一人じゃ無理だよなぁ。だから、てめぇ一代で完済しろって言っている訳じゃないから、そこは安心してくれ」
「……は? 待て待て! そもそも俺はこの五兆ジルに納得していないぞ!!」
「別にてめぇが納得しようがしないが構わないんだよ。これは、王命だ」
「王命だと!? ふざけるな!!」
「ふざけてるのはてめぇだよ、アレクセイ・フォール。まぁいい、内訳位は話してやろうかな」
ハル・ウィードは書類を一枚取り、耳障りの良い声で語り出す。
「まず、てめぇはアルディア子爵、ファーレンス男爵、ガルディス子爵。この御三家に対して食糧不足をあえて作り、そして支援すると見せかけて食事を与える事で領民を殺したな?」
「なっ!?」
こいつ、あの事をわかっていたのか?
俺も偶然だが、酷い飢餓状態の人間に食事を与える事で死んでしまう事を知った。
それを利用してこの御三家は重度の飢餓状態に陥れ、そして支援として食事を与えて九割を殺した。
そこでさらに資金支援をする事で俺の傘下に加えたんだ。
他の連中は同じくドールマンに不満を持っている奴が、進んで俺の傘下に加わっただけだ。
誰にもばれない、完璧な方法だった筈だ。
それなのに、何故こいつは知っているんだ!
「ほ、本当なのですか、ウィード卿!」
「私の領民は、アレクセイ殿に本当に殺されたのですか!!」
「教えてください、侯爵閣下!!」
俺の後ろでアルディア、ファーレンス、ガルディスが吼えている。
武力では腕が立つこいつらなんだが、それ以外はほとんどダメな奴等だ。
単純な奴等だから、すでにハル・ウィードの言葉に疑い無く信じ始めている。
くそ、扱いやすい連中だが、それが仇になったか。
「本当だよ、御三家諸君。この症状はリフィーディング症候群というものでな、飢餓状態が二週間以上続いている状態で急に飯を食うと、心臓が止まったりと色々な症状が出てしまうんだ。支援と見せかけた大量虐殺をやったんだよ、このアレクセイって愚か者は」
「な、なんと……なんという」
アルディア、ファーレンス、ガルディスは椅子から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏した。
ガルディスに関しては体を震わせて嗚咽している。
「御三家諸君には同情するよ。だが、諸君もクーデターの片棒を担いでしまった事に変わりない。この馬鹿に対する負債の内訳を言う前に、諸君らに対する処罰を先に言い渡そう。それも陛下から言葉を預かってきている」
ハル・ウィードの後ろにいる執事から別の書類を受け取り、それを読み上げる。
「アルディア子爵、ファーレンス男爵、ガルディス子爵。諸君らに対しては同情の余地がある。そこで今回の処罰は、貴族最下位である凖男爵へと降格させる。勿論、諸君らの頑張り次第では昇格も有り得る為、しっかりと務めを果たせ」
降格、降格だけだと!?
クーデターに参加したのにか!?
なんという有り得ない処罰だ!!
三人も驚きを隠せない様子で、ファーレンスが恐る恐る口を開いた。
「ウィード卿、大変失礼ながら、事情が事情とは言えクーデターに加担してしまったのは間違いないのです。それなのにたった降格だけで済んでよろしいのでしょうか?」
「ん? ファーレンス卿は処刑がお望みかな?」
「いえ、その……。意図が汲み取れなかったもので……」
「諸君ら御三家に対しては、同情の余地があると国王陛下がご判断されたんだ。年金が減るから諸君らにとっては生活が厳しくなるだろうけど、きっとまた我が国の為に働いてくれるだろうと期待しているんだよ」
「……陛下」
「俺としても、こんな非人道的なやり方をして傘下に入らざるを得ない状況に立たされた諸君らが、そのまま処刑されるのは嫌だったからな。恐れ多くも陛下に減刑をお願いしたんだ」
「なっ、ウィード卿自らですか!?」
ハル・ウィードは声で答えるのではなく、笑みを見せて肯定の意を示した。
三人は体を震わせ、ハル・ウィードの前で跪いた。
「我がアルディア家は、末代までレミアリアに忠誠を誓うと共に、恩義のあるウィード家の一派の末席に是非加わりたい!!」
「ファーレンス家も同じく!!」
「ガルディス家もですぞ!!」
三人は深く頭を下げた。まるで国王に対して忠誠を誓うように。
ハル・ウィードはちょっと困ったような表情をして三人に寄り添う。
「別に俺は諸君らが俺の味方になって欲しいから陛下にお願いした訳じゃないんだ。実は諸君らを利用しているんだ」
「我らを、利用?」
「ああ。この現況を作った
奴は三人を自分の席の横に立たせた。
これの意味は、これ以上裁かれる人物ではないというものだ。
そして再び自分の席にどかりと座り、足を組む。
「さて、内訳を言うぞアレクセイ。五兆の一部として、アルディア家、ファーレンス家、ガルディス家に対して合計で一兆ジルを支払う事」
「はっ!? こいつらに合計一兆!? 何故――」
「今俺が話しているんだよ、アレクセイ
「ぐっ……」
くっ、発言を許さないととてつもない殺気を向けられてしまい、俺は怯んでしまう。
「てめぇが殺害した領民は、御三家合計で一万以上にも及ぶ。この御三家は結構発展していて税収もよかったそうじゃないか。その被害額を計算し、且つ今回の戦争で戦死した私兵の被害総額を加味した結果だ」
「待て、私兵を殺したのはお前だろう!」
「そもそもてめぇがこんなふざけた方法でこの御三家を傘下に入れてクーデターを起こしたせいで、俺に返り討ちにあったんだ。発端であり戦争の敗者であるてめぇが、その負債を持つべきなんだよ」
「そんな暴論――」
「暴論? 何処がだ? 戦争ってのはな、勝者こそが絶対正義なんだ。そしててめぇが敗者だ。敗者が暴論だ何だと語る口は、そもそも持ち合わせていないんだよ」
敗者。
突き付けられた現実に、俺は全身が脱力してしまいこれ以上言葉を紡ぐ事は出来なかった。
反対に勝者であるハル・ウィードはまだ語る。
「ああ、それと五兆の内一兆ジルは、俺んとこに支払う金だ」
「は!? 何故――」
「黙れ。さっきからギャーギャー吠えて耳障りだ。セバスチャン、口を塞げ」
「畏まりました、旦那様」
後ろにいた執事に指示を出し、俺の元に近寄ってくる。
こんなジジイ、俺でも対処できるだろう。
必死に抵抗してやる。
そう思ったのだが、奴から放たれた殺気の濃度にまた身が怯んでしまう。
何だ、このジジイは!
ハル・ウィードと同じ位の殺気を放ったぞ!
と思っている間に、いつの間にか俺は
どういう風に着けたのか、全くわからない位の早業だった。
「ありがとう、セバスチャン。さて、何故俺に一兆払うかだったな。実はてめぇの兵の死体処理は全部俺んとこが受け持った。その費用だ」
「んーっ、んーっ!!」
「五万近くの死体となると、うちの領地も随分削らされた訳だ。適当にそこら辺に埋める訳にもいかないからさ、俺は領地内に敵兵の墓を作って埋葬してやったんだよ。その土地代と処理に掛かった費用を請求させてもらった」
バカな!
それだけで一兆ジルなんて、暴利にも程がある!!
「後、戦争によって俺が開催するライブは延期になったし、我が領地で営業していた店も軒並み営業中止して避難していたからな。こちらの収入もなかなかの大打撃を負った訳さ。後は迷惑料とかを加味して一兆だ。あっ、これは国王陛下も認めてくださっているぜ?」
それでも一兆には届かないだろう!?
有り得ない、こんな事はあってはならない!!
俺は反論しようとしたが、猿轡が喋らせてくれなかった。
「残りの三兆ジルは、国王陛下の税収が減ってしまったので、その負債分と迷惑料、後は慰謝料だな。来月からその負債は発生するから、しっかり働くように」
ハル・ウィードは俺をこき下ろすかのように見下して、邪悪な笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます