第158話 リューイの街の領民、決断する


 ――《ハル・ウィードの軌跡》第八章、《ヨールデン国民大移動》――


「貴様ら、それでも帝国民か! 他国の軟弱な芸術なんぞに染まりおって!!」


 すでにレミアリア軍や関係者全員が撤退したリューイの街を支配下に置いたヨールデン軍の指揮官は、ヴィジュユ・フォン・ヨールデン等の重要人物を救出した後、街の領民がレミアリア産の音楽や芸術に心酔していた様子を見て激昂した。

 ミュージックディスクの表紙は、当時の芸術学校の生徒が描いたもので、それ自体が素晴らしい芸術の一つだった。

 だが、軍事にしか興味を示さないヨールデン軍は、これを悪とした。

 

 指揮官は命じた。


「命が欲しければ、レミアリアから購入したものを全て広場に持ってこい。少しでも逆らった場合、帝国民として相応しくないとして、即刻死刑だ!!」


 領民は迷った。

 この街がヨールデンの占領下に置かれてから、ここまで楽しかった日々はなかったのだ。

 ハル・ウィードが行った、本来は貴族層でないと味わえない音楽ライブ、本来は高額で普通は手が出せない絵画も良心的に販売されていた。

 さらには楽器や絵画を体験出来る催しも毎日が大繁盛しており、似顔絵というものは家族で楽しめて、笑顔が絶えなかった。

 そんな宝物のような物を、手放さないといけなかった。

 しかし、手放さないと殺されてしまう。

 領民の大半は、渋々自らの命を選んだのだった。

 中には思い入れが強かったのか、泣き叫ぶ子供もいた。ミリア・ドーンに心酔していた大人も泣いた。

 そして、体験会で子供が描いた家族が笑っている絵も対象となった。

 大人からしたら子供が描いた無茶苦茶な落書き、それでも親にとっては自分達の事を描いてくれた無二の宝物だった。


「兵隊さん、これだけは、これだけは燃やさないでください! これは私達にとって宝物なんです!!」


「ええい、黙れ! それ以上たてつくなら、この場で斬り捨ててくれる!!」


「くっ……!」


 剣をちらつかせて脅すヨールデン軍に対して、ただの平民が逆らえる訳がなかった。

 断腸の思いでそれも兵士に渡した。

 そして最後の一家族が渡そうとした時、その家族は反発した。


「やはり、これは渡せない! 何故、何故国民を守る貴殿方が、私達の宝物を処分しようとするのか!」


「勘違いするな、平民。我々が守るのは貴様らではない。この国と、親愛なる皇帝陛下とそのご家族だ!」


「な、なんと!!」


「平民達は替えが利くが、皇帝一族に替えはいない。つまりは唯一無二の存在なのだ。その方々無しでは国は成り立たぬ。だから我々は、皇帝一族の剣と盾となっている。貴様らの為に動いてはおらぬ!!」


「そんな、私達の宝物を奪う事は、国の為なのですか!!」


「当たり前だ。他国の下らぬ文化に染まりよって。それこそ国を滅ぼす謀反だと知れ! 本来ならその時点で死刑に値するが、俺の寛大な処置でレミアリアから購入した物品を渡すだけで見逃すと言っているのだ。それだけでもありがたいと思え!」


「なんという横暴な……。嫌だ、これは絶対に渡さないぞ!」


「そうか、なら死ね」


 煌めく銀閃。

 その直後、領民から鮮血が吹き出る。


「あ、あなたぁぁぁぁぁっ!!」


「お父さぁぁぁぁん!!」


 絶命して崩れ落ちる領民が大事そうに抱えていた、子供が描いたであろう家族の絵は、無惨にも血に染まってしまった。

 駆け寄る妻と子供を、ヨールデン軍の男は剣の血を払って、冷たい目で見下していた。


「ふむ。一人で逝くのも寂しいだろう。今連れを用意するぞ」


「え――――」


 弧を描く銀閃が二つ、空を斬った。

 そして駆け寄っていた妻と子供の体から鮮血が勢いよく吹き出し、夫の体に重なるように倒れたのだ。

 この残酷な様を見せつけられた領民達に、恐怖と共に帝国への不信感が募った。


 こうして広場に集められたレミアリア産の芸術や音楽機器は、帝国魔術師の火属性魔法によって焼かれたのだった。

 夢中になっていた物を、赤の他人に奪われた怒りと悲しみで心を埋め尽くされたとある領民は、決断をする事となる。








 芸術や音楽機器が処分された一ヶ月後。


「代表、もう俺は我慢出来ない!! 今からここの兵士達を追い出す為に、俺達も剣を取ろう!」


「そうだ! あんな素晴らしい芸術を、ただ帝国の威信を守る為だけに奪われたんだ。容赦しねぇ!!」


「俺の子供が描いてくれた家族の絵を、あっさりと燃やしやがったんだ! 許せねぇよ、あぁ、許せねぇよ!!」


 とある一室。

 レミアリア占領下に置かれていた時に領民代表として選ばれた老人の一声で、各家庭の代表者である男達が集まった。

 皆、兵士達に怒りを覚えていた。

 ついには戦おうとする者もいた程、皆憤っていた。


「やめるんだ。儂らが武器を持っても、向こうはかなりの数がいる。返り討ちが目に見えておる」


「代表、じゃあ俺達はこのまま、何の楽しみもなくこの帝国で過ごさなきゃいけないのか!?」


 リューイの街が再度ヨールデンの占領下になった後の生活は、娯楽を覚えた領民にとっては地獄だった。

 金は問題なく貰えている。しかし、金を吐き出せる場所が一切なかったのだ。

 帰宅してもただただ溜め息のみ。

 レミアリア占領下の時はあんなに楽しかった日々が、またただ仕事するだけの日々に逆戻り。

 領民達はストレスを抱え、酷い者は仕事をせずに家に引きこもってしまう領民すら出てきた。

 そして仕事を放棄した領民は、兵士によって公開処刑された。

 自分は処刑されたくない、死にたくない。

 ただその一心で働いていたのだが、娯楽を求める心には逆らえなかった。


 皆、不満を代表である老人にぶつける。

 老人はただ目を瞑って、全ての不満を受け止めていた。

 そして、ついに口を開く。


「わかった。なら、実は皆に提案をしたい」


「提案?」


「うむ」


 老人から出た言葉は、集まった男達を驚愕させた。

 何と、レミアリアが自分達を移民として全員を受け入れるというのだ。

 しかも一年間は税を取らず、場所も用意するとの事。

 王都やその周辺の町や村に移り住み、生活の基盤を作れる環境を整備しているというのだ。

 男達は唾を飲んだ。

 あんなに素晴らしい芸術や音楽が、また聴ける、味わえる。

 また、あんなに楽しかった日々に戻れるのか、と。


 全員の決断は、速かった。

 代表の老人と皆で打ち合わせした後、移民決行は二日後の深夜となった。

 作戦としては、兵士達の食事に睡眠薬を入れ、全員を寝かすという単純なもの。

 しかし、実は兵士達の食事は領民の女達が交代で作っていたのだ。

 その為、夕食時に強力な睡眠薬を入れて、寝かしつけてしまう事が可能だったのだ。


 男達の目には、光が宿っていたという。




 一方その頃、王都に戻ったハル・ウィードは、国王であるドールマン・ウィル・レミアリアと会食をしていた。

















「移民を受け入れたら、定期的に格安のコンサートを我が城の庭園で行いたいとな?」


「ああ。だからちょっと庭を貸してくれないか? 親父」


 王様もとい、親父と朝食を取っている時に、俺はお願いをしていた。

 これも文化侵略のひとつだ。

 いや、俺が元々野望のひとつとして掲げているやつなんだけどさ。

 親父は二つ返事で了承をしてくれた。


「サンキューな、親父!」


「ふふ、その親父というのが新鮮でくすぐったいな。して、ハル殿。その真意を聞こう」


「ああ、真意は二つ。一つ目は移民達が、安い料金でコンサートを聴く事が出来る国なんだって思わせる事」


「なるほど、音楽と芸術に染まった移民も離れられなくなり、我が国に居付いてくれるという訳だな?」


「その通り! 二つ目は、音楽業界の価格低下を狙った試みだな」


「ああ、貴殿が前々から言っておったな。音楽を庶民でも楽しめるようにしたいと」


「そうそう、だからこのコンサートで低く価格を設定する事で頑張れば入場券を購入できるように設定するんだ。あっ、移民は優先だね!」


「それを定期的に行えば、貴殿のバンドとやらの地位も磐石となる。そして大枚を払わなくても音楽が聴けると知った貴族も貴殿らに夢中になり、今まで貴族相手に稼いでいた音楽家達も焦る、といった所かな?」


「まぁそんな所。二つ目は上手く行くかわからんけど、とりあえずは一つ目は確実に成功出来るんじゃないかな。政治面やそういう駆け引きは、全部ニトスさんにぶん投げ。俺は音楽に集中するさ」


 俺はスクランブルエッグを口に入れる。

 どんな卵を使っているかわからないけど、俺が作ったのよりは遥かに美味いんだよなぁ。

 後でレシピを教えてもらおっと。

 すると王太子様改め、ジェイド兄貴が話し掛けてきた。


「それでハル、明後日の準備は出来ているのか?」


「うん、まぁね。とりあえず兄貴に教えてもらった仕立て屋で作った服が、明日には完成するみたいだ。いやぁ何度も何度も仮縫い仮縫いって言われて呼び出されて、大変だったぜ……」


「あそこの職人さんは、私達王族であっても容赦なく呼び出しては仮縫いさせるからね。でも素晴らしい服を作ってくれるから、目は瞑れるね」


「だなぁ。……ついに、明後日は俺も貴族になるのか」


 今日から二日後、俺は受勲式に出席する。

 受勲対象は、俺とニトスさんだった。

 ニトスさんは以前俺が受勲を断った《レミアリア金翼武勲章》を、そして俺はというと、秘密らしい。

 その受勲式で俺は爵位を賜る。どんな爵位になるかも秘密だ。

 ちなみにニトスさんはすでに爵位持ちだったようで、今回の受勲で子爵から伯爵になるそうだ。


「ハル殿に相応しい勲章を用意した。今度は蹴るでないぞ?」


「ん~、その勲章次第じゃね?」


「安心しろ、今回のは勲章製造師の自信作だそうだ」


 勲章製造師とは、レミアリア王家が依頼した時に勲章を作成する職人の事だ。

 王家がもっとも信頼している職人にしか頼まない為、とても光栄なのだそうだ。

 今回はその職人のオリジナル、且つ自信作なんだという。

 正直楽しみだ。


「そして、その次の日には、アーリアが嫁に行くのか……。寂しいな」


 そう、受勲して貴族になった次の日、俺はついに結婚する。

 受勲式前日に合わせて、日用品を持って俺が今住んでいる屋敷に、レイとリリルにアーリアが引っ越してくる。

 俺は受勲式より、結婚式の方が楽しみだった。

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