第12話 父親の姿
俺の前世での親父は、全く尊敬できない人だった。
親父は世界で活躍しているピアニストで、方々を飛び回っていた。
俺は小さい頃から親父のピアノの音を聴いて育ち、俺も音楽の世界に入りたいと思った。
しかし親父は方々で女を口説いては、朝方キスマークだらけで帰ってくる事が多々あった。
母親はそれに見かねて、俺を置いて出ていった。
俺は本当に親父のだらしない部分しか見ていなくて、「こいつみたいな大人になりたくない」と七歳の時には思っていた。
……そう思ったせいで、前世の俺は童貞だったのだが。関係ないか。
親父は俺の世話は全くしてくれなかった。
家政婦を雇ったのはいいが、その人は女性で親父が口説いて愛人にしてしまった。まぁ無駄に金はあったからな。
結局愛人になった家政婦は何もしてくれないから、俺が本を見ながら飯を作ったりしてた。
まぁ唯一親父の尊敬できる部分は音楽の腕だけだった。
耳が肥えていた俺は、見よう見まねでピアノをいじり始め、独学で相当な腕にまで成長した。これは親父もびっくりしてて、「流石俺に似て天才だな!」と喜んでいたのは覚えている。
だが、俺はクラシックだけじゃ物足りず、親父が死ぬほど嫌っているHR/HM(ハードロック/ヘビーメタル)に手を出した。
小学校の友達の父親がエレキギターとドラムをやっていたので、ひたすら通っては練習した。
どうやらこっちも才能があったようで、「まさか、そこまで弾けるようになるとは……」と相当驚かれた。
話はずれたな。
とにかく、俺は親父を全く尊敬していなかった訳だ。
ろくに親父の背中を見た事がなく、愛情すらろくに与えてもらっていなかった。
だから生まれ変わったら、本当の父親というのを教えてくれる人の元に生まれたい、心からそう思った。
今、その願いは、叶っていた。
「おいトカゲ野郎、俺の左腕はくれてやる。だから、それで俺達を見逃せ」
今世の父さんは、ドラゴンに襲われて食われそうな所を助けてくれた。
自分の左腕を身代わりにして……。
父さんの二の腕から下は、ない。
目の前のドラゴンが、旨そうに食っているから。
すっげぇ痛いはず、痛いはずなのに、叫ばない。
しっかりドラゴンを見据えて、右手で剣を構えている。
戦うつもりだ。
「ま、見逃す訳ないか……。なら、俺が相手だ」
苦痛に顔が歪んでいても、父さんは真っ直ぐ立って剣をドラゴンに向けている。
これが、これが……父親なのか?
それとも元名の売れた剣士だったから、こんな風にできるのか?
わからない、わからないけど。
精神的に俺より年下なのに、心から尊敬できた。
「おいハル、こいつは俺が相手しておくから、お前は逃げろ」
「なっ! そんな事出来る訳ねぇよ!! 父さんも一緒に逃げよう!」
「……逃げられると思うか?」
……逃げられないな。
俺の体力はもう限界だ。
これ以上、ドラゴンと鬼ごっこは出来そうにない。
だからと言って、父さんを見殺しに出来ない。
「俺も戦うよ、父さん! こいつは俺がやらかしちまった事なんだ、俺がケリ着けないでどうするんだよ!!」
「はは、お前相変わらず五歳が言わない事を言うな……」
そんなのはどうでもいいんだよ!
俺は、やっと尊敬出来る父親に会えたんだ。そして愛情をくれる母親にも出会えた。
この二人を、俺は失いたくないんだ。
「だから、俺の魔法で――」
「少しは親に格好つけさせろ!!」
「っ!?」
父さんが、大声を出して怒鳴った。
「ハル、お前は本当に出来た息子だよ。俺達はお前に手を焼かされた記憶がほとんどない。何せ大抵お前が自分でやってしまうからな」
まぁ、俺は前世の記憶があるからさ。
出来る範囲の事をすべてやっただけだ。
「そうなったら、俺が出来る事は、お前が無事成長するのを見届けるだけだったんだ。でもな、今ようやくチャンスが巡ってきた」
「……チャンス?」
「ああ、俺がハルの父親で、ハルを守ってやれる存在であるという証明をな!!」
父さんは俺に向かって、優しい笑顔を見せた。
なんだろう、この笑顔を見ていると心強く感じる。
「これは俺の親としての意地だ。ハル、お前は見ているんだ。剣で名を上げた俺の姿を!」
父さんは、地面を力強く蹴って、ドラゴンに突進する。
ドラゴンはそれを迎撃しようと大きく口を開く。こいつ、食おうとしてやがる。
だが父さんは右へ避け、すれ違い様に剣を下から上へ斬り上げる。
顎の部分には鱗がないから傷を付けられたが、それでも浅くて致命傷とは及ばない。
「ちっ、鱗がない部分も固すぎるだろ」
それでも父さんは、ドラゴンの攻撃を回避しつつ顎の部分を斬っていく。
ドラゴンが苛ついているのが、何となくわかる。
「すげぇ、父さん……」
これが俺の素直な感想だった。
左腕がなく、痛みも相当なはずだ。
それなのに、父さんは普段と同じように立ち回っている。
まるで痛みなんてないかのように、だ。
本当に、本当に凄い。
時々見える父さんの背中が、異様に大きく感じる。
あぁ、これが父親の背中なんだな。
父親の背中って、こんなにも大きかったのか……。
前世も含めた人生四十年、初めて父親を尊敬した。
だからだ、だからだよ。
この人は死なせたくない。
そうだよ、父さんにも親の意地があるなら、俺は子供の意地を見せてやる!
このままだと父さんは出血多量で死んじまう。
なら、さっさとこいつをぶっ殺して、速攻で家に帰って治療する!
俺は体力の限界で震える足を叩き、ひたすら鞭を打って何とか立ち上がる。
もう俺の剣はないけど、俺の魔法がある!
「さぁ、もうイッチョかまそうぜ、サウンドボール!!」
俺は父さんがバックステップをしてドラゴンと距離を取ったのを見計らい、サウンドボールを生成。
奴の周辺で爆発音を鳴らすと、びくっと体が硬直した。
俺は走って父さんの隣に立ち、素手だけど構えを取った。
「ハル、お前――」
「俺もさ、父さんを絶対に死なせたくない。だから二人で生き残ってさっさと帰ってさ、今日の俺のミスをたくさん叱ってくれ」
「……自分で怒られるのを望む五歳児、普通いないぞ」
「あぁ、普通じゃないな。でも、父さんに叱られたいんだ、俺」
俺は親父に叱られた事がない。
全て放任されてたからさ。
でも、父親だと思えるこの人になら、叱られたい。
めっちゃへこむだろうけど、間違いなく俺は間違った事をしたんだ。
だから尊敬出来る父さんに、へこむ位叱って欲しいんだ。
「はぁ、うちの息子は天才だと思っていたけど訂正する。全く以て変だ」
「悪かったね、変でさ」
「……ま、キツく叱ってやるから、さっさとこいつを倒すぞ」
「……おう!」
雨のせいで父さんの左腕の断面から血が止めどなく流れている。
濡れているから血が凝固しないんだ。
出血量も尋常じゃない。
なら、短期決戦でこいつをぶっ倒してやる。
俺達親子でな!!
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