第172話 《炎》と《業火》


 大歓声の中、アーリアを賭けた決闘(乱闘だろ、ほぼほぼ)は続いた。

 俺が素手で戦っているだけあって、戦闘脱落者はようやく十人になった程度だった。

 相手の腕を引っ張って、その腕で敵の武器による攻撃をしのいだり、背負い投げを放って数人巻き込んだり、出来る手はやりまくった。

 戦いから約十分。全然敵は減りません。

 うん、剣の効率の良さが本当にわかるよ。


『侯爵、まだ一度も被弾していません! とんでもない戦闘力ぅぅぅっ!!』


『彼は私の部隊とよく訓練を行っていました。なのでこのような乱戦も非常に慣れています』


『そうなのですか! 頻度としては?』


『週に五回でしょうか。我が部隊の訓練にもなるので、彼との訓練は非常に有意義ですよ』


『もしかしたら、その訓練のおかげで、英雄となったのかもしれませんね』


『我が舞台が一人の英雄を作ったというのが事実なら、非常に光栄ですね』


 そんな風に実況さんと隊長さんが話しているが、紛れもなく事実だと思う。

 屈強な兵士さん達と戦う事で俺の実戦経験は磨かれている。

 今の俺があるのは、本当隊長さんの部隊のおかげって言っても過言じゃないだろう。

 そこは本気で感謝しているよ。


 さてさて、俺の体力はまだ大丈夫だな。

 本当に戦いにおいては素人ばかりで、全く統率も取れていない。

 統率が取れている兵士さん達との乱戦を経験している俺からしたら、この程度は問題がない。

 唯一問題なのは、こっちは武器がないから、全然数を減らせていないっていう部分か。

 こうなったら、面倒だから《ソニックブーム》を連射して蹴散らしてやろうか。


 そう考えていた時だった。


『おっと、誰か乱入してきたぞ! 誰だ誰だ? もう一人のアーリア姫様の結婚に反対する人間か!?』


『い、いや、違います!』


 俺の左隣に並んだ奴がいた。

 視線をやると、ちょっとシワが目立っている赤い瞳の中年男性。赤い髪に少し白髪が見え隠れしていた。

 ――――父さんだ。


「と、父さん!?」


「よっ、ハル。楽しそうだから混ざりに来たぜ」


『な、ななな、なんと!? 乱入したのは魔力を持たずにドラゴンを剣一本で討伐した伝説の剣士、《猛る炎》ロナウド・ウィードだぁぁぁぁ!!』


 実況さんの声に合わせ、観客はさらに盛り上がる。

 しかし、異議を唱えたのは俺とアーリアの結婚に反対している貴族だった。確かレイブラントだっけな?


「ろ、ろろろろろろ、ロナウド殿! これは私達とハル侯爵との戦いだ! 第三者が介入する事は許されない!」


『そそそ、そうだ!』


 レイブラント君(多分歳上なんだろうけど)とその取り巻き達、後は平民同盟が声を震わせながら便乗して文句を言う。

 父さん、あなたはかなりの有名人ですね。

 伝説とか言われてますよ?


「レイブラント様、貴方の《家訓》に『父は子を助けるもの。いかなる場合でも父は息子を助けなければならない』とありますね?」


 何、そのおかしな家訓。

 どういう考えで初代レイブラントさんはそんな家訓を作ったのかしら。

 まぁ貴族の事だから、どうせ親父さんがとてつもない権力者だったんだろうけど。


「た、確かにある……」


「ハルは俺の息子です。なので、助太刀してもおかしくないでしょう?」


「それは、我がレイブラント家の人間に適用されるのであって――」


「おたくの《家訓》に、レイブラント家限定ともないですよね?」


「ぐ、ぐぬぬぬ」


《家訓》って、こういうデメリットもあるのか。

 俺も《家訓》考えたけどさ、もう一回見直してみて抜け道があるかどうかをしっかり把握しとかないと、今の父さんと奴のやり取りみたいな事になりかねない。

 

「異論がないなら、このままハルの助太刀をさせていただきます」


「し、仕方ない! しかし、これ以上の増員は許さない!」


「流石レイブラント様、寛大なお心感謝致します」


 父さんはレイブラントに対して姿勢を正し、軽くお辞儀をした。

 王様とか重鎮とやり取りをやっている過去があるおかげか、様になっている。


「父さん、本当は一緒に暴れたかっただけだろ?」


「ふっ、ばれたか。レイちゃんがいなくなってから、戦う相手が魔物だけでさ、どうも物足りなくて」


 我が父も戦闘狂だなぁ。

 流石伝説の剣士だ。

 

「さて、俺もハルに合わせて素手で行こう」


「大丈夫か? 隻腕なのに」


「まっ、俺も体術の心得はあるから、これ位なら何とかなるだろう」


「んじゃ、せいぜい足を引っ張らないでくれよ、父さん?」


「はっ! 調子に乗るなよ、ハル!」


 俺と父さんが向き合い、白い歯を見せて笑う。

 そして互いの拳をぶつけ合った。


「あなた、ハル! そんな奴等なんてボッコボコにしちゃいなさい!」


 わおっ、うちの母さんなかなか過激だぜ。


「とうちゃーん、にいちゃーん、頑張れーーっ!!」


 ナリアが手を振って応援してくれている。

 おっ、母さんに肩車してもらって見てくれているんだな?

 よーし、兄ちゃん頑張っちゃうぞ!


「こりゃ、情けない姿は見せられないぞ」

 

 二人の声援を受けて獰猛な笑みを浮かべる父さん。

 この表情になった時、父さんは本気モードだ。


「ハルっち、女の幸せを邪魔する奴は容赦するんじゃないぞーっ!!」


「ハル、怪我するなよ!?」


「ハル、男を見せる時だぜ?」


「勝って無事に帰ってくるのだ、ハル!」


 ミリア、レイス、レオン、オーグが声援を送ってくれている。

 うん、俺も情けない姿は見せられないな。


「じゃあ父さん、ちゃっちゃとお邪魔虫を掃除しちゃおうぜ!」


「ああ、俺達二人でな!」


 俺達親子は、構えを取る。

 その瞬間、観客はヒートアップした。


『《猛る炎》と《双刃の業火》の揃い踏みぃ!! 二つの燃えているような赤い髪が並び、会場は熱気に包まれてます!』


『ははっ、私も少し興奮してきます。武を追い求める者として、その頂点に近い位置にいる二人が揃うなんて、素晴らしい日ですよ』


『そうですね! 《伝説》と《英雄》の二つの炎は、どのような戦いを見せてくれるのでしょうか!?』


 んじゃ、見せてやるよ。

 親子の共同戦線をさ!


 一回父さんと目線を合わせる。

 あっ、こりゃ何も考えずに駆け出して距離を縮める気だな?

 なら合わせるか!


 父さんが地面を蹴った瞬間、俺も駆け出す。

 本気の全力疾走。

 そしてジャンプをして、正面の敵の顔面に蹴りを放った!


「ラ○ダー、キーーーーーーック!!」


「何だそりゃ」


 やっぱり叫びたくなるじゃん、男の子ならさ!

 ジャンプしてキックと言えば、彼等しかいない訳であって。

 父さんも同じくジャンプキックを放っていた。

 ただし父さんの場合は顔面じゃなく、相手の喉元。全く容赦していないわ。


「ええい、何をしている! 相手はたかが二人だ! 取り囲んでやってしまえ!」


『お、おう!』


 残念、俺達親子は取り囲まれても対処出来ちゃうんだわ。

 俺はサウンドボールによって全方位の音を察知し、すぐに対応が出来る。父さんにおいては気配を察知する事が出来、最適解で反撃に出られる。

 俺達は次々に襲ってくる敵を殴り倒したり蹴り倒したり、投げ飛ばしたりとばったばったと薙ぎ倒す。

 魔法を詠唱している奴は、《詠唱殺し》でお口チャック状態になってもらった。

 観客はもう超大盛り上がり!

 一部で誰かが取り仕切って賭け事を始めたみたいで、サウンドボールでその声を拾った。

 どうやら貴族・平民同盟の倍率は四十倍になっていて、一攫千金狙いで大金を賭けた奴がいるみたいだ。

 ちなみに俺は一.一倍となっていて、ほんのちょぴっとだけ儲けが出る程度。つまり俺が大体勝利すると思われているようだ。


『す、凄すぎる……。息がぴったりで敵を倒していく!! こんなの、こんなの、同じ男として興奮しない訳がない!!』


『ええ、ええ、本当にそうですね! 俺も混ざりたくなってきた!!』


『おっと、ドーン様の闘争心にも火が着いた!? だが、気持ちは非常によくわかります!!』


 実況さんと隊長さんもヒートアップしている。

 そんなに俺達の戦いはいいものなのかね?


「ハル」


「ん? どうした、の! さ」


 敵を殴りながら、父さんが話し掛けてきた。


「俺は! そろそろ、体力的! に、お前と一緒に戦えるのは、最後! だと思う」


「え? 大丈夫! だろ? まだまだ父さんは若い! さ」


 周囲から「ぐべぇっ!!」やら「ぐはっ!?」という悲鳴が聞こえるが、気にしない。


「いや、もう限界だ! 剣士と! しては、もうそろそろ! 年齢的に無理だ!」


「……そんな」


「だからさ! 俺からの願いだ。一緒に全力で! 暴れよう!!」


「……わかった!」


 こんな短い言葉じゃ全く納得いかない。

 全然動きもいいし戦えてるじゃないか!

 でも、今は父さんとの共闘を楽しもう。

 本当に引退するかどうかは、とりあえず後で問い詰めればいいし。


『ど、ドーン様? あの二人、戦いながら余裕そうに何か話してますよ?』


『まぁ、あの二人は色々規格外なんです』


『な、なるほど』


 おい実況さん、納得するなし!


「おい実況、納得するなよ!」


 父さんも声を上げて反論した。

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