第37話 俺、強力な仲間を得る!
憎ったらしいイケメン貴族の手元にあるトイピアノを見て、俺は固まってしまう。
トイピアノとは、ピアノをそのまま小さくして、子供向けの玩具として販売されているやつだ。
鍵盤も本当のピアノより少なかったりするが、物によっては楽器としても使える程の作りの物もある。
何故俺が固まっているかって?
そりゃそうだ!
この異世界には楽器はリューンしか確認されていない。
そんな世界で、トイピアノがあるんだ。
おかしいに輪を掛けておかしい!
「貴様……私に狼藉を働いた平民ではないか。私の部屋に無断で入ってきて貴様は――」
「そんな事はどうでもいい!!」
「ど、どうでもよくな――」
「その貴方様のお手元にありますその美しい置物は何でございましょうか!?」
「け、敬語!? 急に気色悪い平民だな……」
「そんな些細な事はいいから、さっさと答えろください!!」
「言葉までおかしくなった!?」
「無礼を働いたのは謝りますので、どうか、どうか!! その置物の事をこの愚民にお教えくださいませぇぇ!!」
俺はイケメン貴族様の御足元で土下座を決め込んだ。
このトイピアノの入手先が確認できれば、俺はこの世にグランドピアノをもたらす事が出来る!
前世のように誰一人知る人間はいない程の知名度にするのは、俺の手腕にかかってくる訳だが、そんなのは一番得意で前世の親父も認めた腕前の俺が直接演奏して広めてやる!!
とにかく、俺はその情報を聞き出す為だったら土下座でもしてやるし、下らないプライドなんて放り捨ててやるさ!!
それでも足りないなら――
「貴族様、わたくしめの拙い舌では御座いますが、そのお靴を舐めさせていただきます!」
「気色悪すぎる!! 何なのだ、お前は!?」
「はっ! ただの愚かな愚民であり、音楽の信徒で御座います!!」
「お、音楽の信徒?」
「左様で御座いまする! わたくしめはこの置物の入手場所を知る為に、本当はしたくもない土下座なども決め込む程、音楽に身を捧げている愚民で御座います!!」
「そっ、そうか……」
もう俺も必死だ。
ピアノは一番得意な楽器だから、久々に弾きたくなる!
そのトイピアノでもいいから、是非弾かせて欲しいです!!
「それで貴族様! この置物は何処で手に入れたのですか!?」
「わわわかったかららららら、肩をゆゆゆゆらすすすすすなぁぁぁぁぁぁ!!」
おっと、これはやってしまった。
俺はイケメン貴族様の肩を掴んで前後にガクガクと揺さぶっていた。
理性が随分と弱まっている証拠だな!
「それと平民! 私には立派な名前があるんだが!」
「それはどうでもいいです!! その置物、置物の入手経路を!!」
「…………怖いぞ、さすがに」
「早く!!」
「わ、わかった」
イケメン貴族様は咳払いをして、口をゆっくり開いた。
「これは……購入した物ではない」
「へ? ど、どういう事?」
「……笑うなよ?」
「笑いませんとも!!」
「――私が開発した」
……
…………
………………
は?
つまり、何か?
このイケメン貴族様、自力でピアノを閃いて開発したのか?
「これは私の戯れみたいなものだ。突然頭の中にこれのアイディアが浮かんでな。我が家のおかかえの製造職人に私財を投入して作って貰ったのだ」
いやいやいや。
いきなりアイディアが浮かんだって……。
「一年掛けて完成させて、音を鳴らすこれに夢中になって遊んでいたのだが――」
ちょっと待て!
こいつ何歳だ!?
お小遣いはまぁ貴族だからたくさん貰ってるだろうが、そもそもピアノの構造を開発できる頭脳を持っているって事か!?
まぁ見た目俺と同い年か十歳位みたいだけど、もしこいつが一から全て指揮して完成させたなら、どんだけ天才なんだよ!
「勉強を疎かにしてしまってな。父上にそんなに音を鳴らすのが好きなら、音楽学校に入って首席で卒業してこいと半ば無理矢理この学校に入った」
おおう、なかなか厳しいパパンだな。
しかも首席卒業しろってか!
まぁ、貴族はそんなもんか。
「なぁ、平民。貴様にはこれの価値がわかるか?」
あんなにツンツンしていた貴族様が、ちょっと自信なさげに聞いてきた。
価値?
そんなの、前世からとってもよく知ってるさ!
「わかっていなかったら、俺はここまで必死になっていませんよ」
「――口ではなんとも言えるだろう。……だが貴様の口振り、これを弾けるのか?」
「ええ、弾けます」
「そうか。なら、私の前で弾いてみろ」
「弾いていいのか!?」
「あ、あぁ」
「よっしゃぁぁぁっ!!」
うっれしいな、うっれしいな♪
まさかの異世界でぇ、ピアノが弾けるなんてぇ!
俺はなんて幸福者なんでしょうかねぇ!!
いや、むしろやはりこのイケメン貴族様のおかげだな。
天才様々です、マジで。
俺は今から不機嫌そうに腕を組んで見守っている貴族様の目の前で、このトイピアノを弾く。
うーん、観客が少ないのが残念だけど、まぁいい。
まずは鍵盤一つ一つを押してみて音を確認する。
……こりゃ、びっくりだ。
トイピアノじゃねぇ、小型化したグランドピアノだ。
音がまんま本場のピアノそのままだ。
鍵盤の数が少ないのが残念だが、まぁあの曲を弾く位なら十分だ。
弾いた曲は、《猫踏んじゃった》だ。
小学生の頃、クラスの誰かが得意そうにこの曲を披露している、そんな場面に遭遇していなかった?
いや、高確率で遭遇しているはず。
まぁ簡単に弾けるのだけど、これをやり過ぎると間違った指の動かし方を覚えてしまって、ピアノ上達に阻害が出てしまう。
しかし俺位に熟練していれば、そんな弊害なんざ出る訳がなかろう!
俺は《猫踏んじゃった》を軽やかに弾きながら、ちらっとイケメン貴族様を見てみる。
すると、すんげぇ目を輝かせて見てやんの!!
本当に年相応な、幼くて嬉しそうな表情なんだよな。
……きっと貴族だから、相応しい立ち振舞いや態度を叩き込まれたから、あんな高圧的になっちゃったんだろうなぁ。
多分、今のこいつの表情こそ、本当のこいつなんだろう。
さて、弾き終えた俺は、イケメン貴族に感想を聞いてみる。
「で、どうでしたか?」
「すごい、すごいぞ平民!! 私は感動した!! 私が開発したこの置物で、こんな素晴らしい曲を演奏してくれるとは!!」
「あ、ありがとうございます」
俺はイケメン貴族に両肩を掴まれて、その状態のまま感想を言われた。
そんなに感動したのか。
「しかし、教えて欲しい事がある。何故、貴様はこれをそこまで弾ける? 初めて見た訳ではなさそうだが?」
うっ、鋭い。
さすが天才、そういう所も拾ってきやがる。
面倒くせぇなぁ。
でもまぁ、これはサウンドボールのせいにしてしまえばいい!
俺はまずユニーク魔法の使い手で、あらゆる音を操る事が出来る旨を説明した。
それでもイケメン貴族はかなり驚いていた。まぁ、自爆か全く使えないユニーク魔法をしっかり操ってるからな。
そして、前世の記憶があるとは言えないから、例の如く『サウンドボールは異世界の音にも接続できる』という事で説明をした。
まぁ信じて貰えなかったけど、「それが貴方様が作った置物の完成形です」って言って、ショパン作曲の《木枯らし》をサウンドボールから聴かせた。
「な、何だ。この音に感情が乗っているような感覚は! それに音が途切れる事なく、ずっと続いてる!? どうなっているんだ……」
「これが、異世界では知らない人間は一人もいない楽器、ピアノです」
イケメン貴族が作ったトイピアノより数倍大きく、鍵盤の数も倍に増える事で、両手で演奏が可能になっているのも説明をした。
目の前の貴族様は、目が点になって口が開きっぱなしだ。
「……そうか。私が苦労して編み出したこの楽器は、すでに作られていたのか……」
やっべ!
忘れてた、ピアノの構想を一から練って作ったのはこいつだった!!
見るからに落ち込んでるし!
ここはフォローしておこう!
「落ち込まないでください、貴族様」
「……」
「今俺が繋いだ異世界のピアノは、この世界より何百年も文化が進んでいる文明。それを貴族様は、自分で一から考えて開発したんだ。そりゃ超すげー事ですって!!」
「……そう、なのか?」
「ええ。このピアノってのは、何度も試行錯誤してこの完成形に至った」
ピアノは一本弦から始まったと言われる。
今のピアノに至るまでには、何度も試行錯誤が加えられ、長い時を経てようやくグランドピアノに行き着いた。
でも、この貴族は本当にすごい。
その試行錯誤をぶっ飛ばして、完成形にほぼ近い状態で開発したんだ!
まさに、俺がこいつを天才だと思っている理由だった。
「貴方様はほぼ完成形に近いんですよ、それは!! 俺は本当に、感動しているし、すっげぇ興奮してます!!」
「そ、そうか」
イケメンがほっとしたような顔をしている。
むしろ、少しずつ自信が出てきたように感じるな。
「そこでお願いがあります、貴族様」
「……その貴族様は止めろ。歯向かってきた貴様が急に敬語なんて、寒気がする」
「……いいの?」
「ああ。それと、私の名前は《オーギュスト・ディリバーレント》だ。オーグとでも呼んで構わない」
「じゃぁ、オーグ。俺の名前は――」
「知っている。ハル・ウィードだろう? 覚えている」
「じゃあ名前言ってくれていいじゃん!」
「ふん。面倒だったのだ」
かぁぁぁぁ!
どんだけお高く止まってるんだか。
でもま、少しは認めてくれたって事かな?
「いいか。私は野望がある。貴様にはその一端を担ってもらう」
ほう、なるほど。
俺を利用しようって訳か。
大方、このピアノでって事だろうな。
そうなると、俺とも利害が一致するし、むしろグランドピアノをこの異世界へ降臨させられるんじゃないか?
うん、それは素敵だ!
「もちろんいいぜ! その野望は俺の野望にも繋がる。つまり、ウィンウィンって事だな!!」
「うぃんうぃん? どういう意味だ」
「まぁ俺達二人に利益があるって意味だよ」
「うぃんうぃん……か。うん、そうだな。間違いない」
発音が結構怪しいな。
でも、本人が納得しているみたいだから、まぁいいや。
とりあえず、これで俺の野望も数歩も前進したぜ!
「じゃあこれからよろしくな、オーグ!!」
「ふん、よろしくされてやるぞ、ハル」
素直じゃねぇなぁ、ツンデレかよ!
男のツンデレなんていらないけど、そこは何も言わないでおこう。
俺とオーグは、固く握手をした。
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