第81話 俺、名曲を演奏する


 今更ながら試験の内容を説明しよう。

 進級試験では最低二曲、最高で三曲まで演奏する。

 二曲を演奏する場合は、最初の曲は既存の曲を演奏しても構わないしオリジナルでも構わない。二曲目は必ずオリジナル曲を演奏する。

 三曲を演奏する場合は最初の二曲までは、既存の曲を演奏しても構わない形になっている。

 今回俺が選んだのは三曲演奏。

 演奏する曲も、俺が自由に決めていいとオーグが言ってくれたから、好きに選曲した。

 だが、この選曲はグランドピアノの印象を強烈に与えるものだ。

 最初の曲は静寂に、次の曲は激しいのを選んだ事で、この相対的な二曲を印象付ける事が出来る。

 そう、ピアノを宣伝するのにこれ以上の選曲はない。

 実は、オーグにも披露していない曲で、当日をお楽しみに、って事でずっと我慢してもらっていたんだ。


「ハル・ウィード君、オーギュスト・ディリバーレント君、出番となりますので、会場へお越しください」


 ついに来た、俺達の番だ。

 あぁ、気持ちが高揚していく。

 緊張は一切してねぇ。逆に早く俺とオーグが作ったピアノの凄さを見せて、聴いた全員の顔を驚かせたい。

 ふと、隣で一緒に歩いているオーグの顔を見る。

 うん、全く緊張していないな。


 歩を進める度に、会場が近づいていく。

 近づく度に、心臓の鼓動が速くなる。

 もう楽しみすぎて、さっさと走り出して会場に入りたい位だ。


 そうこう思っている内に、ついに会場の舞台袖の入り口前に立った。

 スポットライトが明るすぎて、暗くなっている観客席がよく見えないから、どれだけの人が集まっているかわからない。

 出来ればたくさんの人に聴いて貰いたいな。


「それでは、二人共。準備はいいですか?」


 ここまで引率してくれた上級生が尋ねてくる。


「我々の作った楽器は?」


「すでに壇上に用意してあります。皆興味津々といった感じですよ」


 オーグが手を挙げて質問をし、上級生はにこやかに返答した。

 なら、準備万端だな。


「いつでも行けます」


「では、どうぞ。演奏に入る前にアーバイン様と陛下、その他のご来賓に一礼をしてくださいね」


「「はい」」


 俺達は舞台に向かって歩き出す。

 って、うおっ!?

 結構な生徒が席に座って、俺達の音楽を聴く気満々じゃねぇか!

 会場の席は満席で、立ち見している奴だっているぞ!!


「な、なぁ、ハル。ま、満席だな。お前大丈夫か?」


 オーグがこの人数相手にちょっと気後れしているようだ。

 はっ、愚問だね!


「ちょうどいい位だ。いや、むしろ燃えてきたぜ!」


 俺はにやっと笑ってみせると、オーグも苦笑した。


「全く、すごい奴だよ、お前は」


「いやいや、グランドピアノを完全に再現したお前も凄いよ。俺の次にな!」


「ふっ、ほざけ」


「はっはっは!」


 俺とオーグは、最前列に座っているアーバインと王様、後は有名な音楽家達へ深々と頭を下げる。

 すると、待っていましたと言わんばかりの拍手が巻き起こった。

 おお、いいねいいね。この調子で俺の気持ちをさらに盛り上げてくれ!


「ご来賓の方々、そして生徒の皆さん。オーギュスト・ディリバーレントと申します。今日は私達の進級試験披露にお越しいただき、光栄至極に存じます。今日、私とハル・ウィードが発表するのは、今までにない全く新しい楽器となっております。是非楽しんでいって頂ければと思います」


「私がハル・ウィードです。今回の楽器は彼と共同で開発し、そして私が演奏をさせていただきます。今回、この日の為にとっておきの三曲をご用意致しました」


「ではご紹介しましょう。これが私達二人で開発した、グランドピアノです」


 ピアノにかかっていた布を取り外すと、そこには黒く塗装された、グランドピアノがあった。

 ピアノを初めて見た瞬間、会場がざわめき出す。


「あれはどういう風に演奏する楽器なのだ?」


「全くどういうのか検討がつかないな」


「そもそも、あんなに大きいのが楽器か?」


 王様や来賓の人達、生徒達が早速ピアノについて色々議論している。

 おいおい、まだ俺は弾いていないぞ?


「皆様、今から私が簡単なピアノのご紹介をさせて頂きます。ハル、お前は準備をしていてくれ」


「あいよ」


 俺はピアノの前に置いてあった椅子に腰を掛け、鍵盤の蓋を上げる。

 すると、目の前のピアノにボディ部分に、金色の字で「ハル・ウィード」と名前が彫られていた。

 えっ、何これ!?

 昨日、こんなのなかったのに!?


 俺はオーグに視線を向けると、視線に気付いたのかしてやったりのドヤ顔を見せてきた。

 ちっ、本当にしてやられたわ!

 くそっ、すっげぇ嬉しいじゃねぇか、ちくしょう!

 俺は座席の高さ、フットペダルの具合等を確認する。うん、問題なしだな。


 ちょうど確認し終わった所で、オーグもピアノの説明が終わったようだ。

 俺は一度深呼吸をして、鍵盤に触れる。


「それでは演奏をします。一曲目は《月の光》」


 ドビュッシー作曲、《月の光》。

 様々なメディアに使われている、色褪せない名曲だ。

 まるで風鈴のように静かな入り方をするこの曲は、まさに夜の静寂を表現している。

 この入り方によって、奏者の腕や慣性が判断されるだろう。

 それほどまでに柔らかいタッチが要求される。

 静かな夜に月の光だけが照らしていて、そこに自分だけが立っている。そこで楽しかった事、嬉しかった事、悲しかった事を月下で思い返すようなイメージが思い浮かぶ。

 つまりそれだけパートによって曲のテンポが変わってくるから、人によって捉え方は様々なんだ。

 そこでどのように演奏で表現するか、それは奏者のイメージ次第って訳だ。


 特に激しい曲ではないから、指はゆったりと動いている。

 ちらっと観客席を見てみる。

 うん、全員口を開いてマヌケ顔だ。

 見ていて面白いな!


 そして、《月の光》を静かに弾き終えた。

 本当にすっと消えるかのように、ゆっくりと。

 だが、ここで決して拍手は起こらない。二曲目があるからだ。

 この進級試験では、全て弾き終えるまでは騒いではいけないし、質問も出来ない。当然拍手も全て弾き終えてからだ。

 しかし見ていてわかる、早くピアノについて質問をしたいってのがね。

 全員が身を乗り出している。

 まぁまぁ、慌てなさんな。こっちにはまだ二曲目があるんだからさ。


「続いて、二曲目は《冬の風》」


 ショパン作曲、《Winter Wind》。邦題は《木枯らし》。

 残念ながらこの異世界には「木枯らし」という単語がないので、本来の名前をそのままこちらの言語に訳させてもらった。

 さて、この《木枯らし》はショパンのエチュードの中でかなりの難易度を誇る。

 これほど指の柔軟性を試される曲は珍しいのではないだろうか。


 ただし、この曲は出だしが単調だったりする。

 なんたって、それだけ静かなスタートだからだ。

 そして俺は、わざとその出だしを弾き終えてから七秒程演奏せずに、目を閉じて間隔を空けた。

 少しずつ、観客達はざわめき出す。何故、演奏を止めたのかと。

 その瞬間を、待っていた!


 俺は目を見開いて、演奏をし始めた。

 右手は高音の鍵盤を常に連打し、左手は低音の鍵盤で主旋律を奏でる。

 右手は高音から低音へ、そして低音から高音へと常に鍵盤の上を走るかのように移動させる。

 静かな出だしから想像も出来ない激しい曲調に、観客達は体をびくっとさせた。

 まさに曲のタイトル通りに、冬の厳しくて冷たい風に当たった際の自分を連想出来る曲だ。

 

 さて、この曲が一番難しいのは、右手と左手がほぼ違う動きをしているところだ。

 つまり、右手と左手が奏でる音を『音楽』として成り立たせるように、しっかり揃えないといけない。

 右手のリズムが早すぎると曲としてデタラメになるし、だからといって左手を合わせようとすると、曲自体が速くなって違和感が出てきてしまう。

 ちょうどいい曲の速度で、且つ右手を一定リズムで動かせるかが勝負となる。

 この体になって少し右手が少し動かなくて大変だったが、魂が覚えていたんだろうか、イメージトレーニングを重ねた事によって前世と遜色ない演奏技術が戻ってきたんだ。


 観客席をちらっと見てみると、皆がひそひそ話をしている。

 俺には聞こえないから、会場にサウンドボールを展開して、ちょっと盗み聞きしてみた。


「な、何なんだ。まるで指があの白い板の上で踊っているようだぞ……?」


「激しい曲なのに、何故ここまで胸を打たれるのでしょうか」


「何をしているのか、さっぱりわからん。だが、あんなに豊かな音色を出せる楽器なのか。素晴らしいな!」


「私は、《月の光》が好きだったかも」


「この曲、是非私も弾いてみたい! あのピアノっていう楽器、パパに頼んで買ってもらおう」


「ハル様……演奏している姿、素敵ですわ」


 あれ?

 最後の声って、姫様!?

 いやいや、彼女は《虹色の魔眼》のせいで外に出られないはず……。

 ま、まぁいいや。何か気にしたら負けな気がする。


 さぁ、フィニッシュだ!

 格好よく、びしっと決めるぜ!

 普段は締まらない終わり方ばかりの俺だが、音楽の時は違うのだ。

 何故か、何故か! 音楽の時だけはしっかりと格好良く締められるんだよねぇ。

 頼むから、普段からも格好良く決めさせてくれよ……。


 演奏し終えた右手を軽く振り上げた。

 何故かこの曲は、弾き終えたら右手を上に上げたくなる。

 ほとんどの奏者は、そうやってこの曲を締める。何でだろうね? 実際やってる俺も、ようわからん。


 ふぅ、右手がいい感じに疲労がたまったぞ。

 相変わらずこの曲は、右手を虐め抜いてくれる。

 

 ふと、会場を見渡してみる。

 三曲目のオリジナルは、是非、聴いてほしい人達がいる。

 俺はその人達を探す。


 ……


 …………


 ………………


 いた、全員いた!


 俺の気持ちを思いっきり込めて、演奏しよう。


「では最後の曲です。《真新しい世界》」


 これが俺のオリジナルにして、この世界での言葉で出来上がった歌唱曲。

 そうだな、前世の言葉でタイトルを付けるなら、《Brand new world》だな。

 さぁ、届いてくれ。

 俺はこの曲の音に思いを乗せるから、届いてくれ。

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