第100話 予定の詰まった一日 ――訓練場編1――


 アーリアの楽器作りは完璧だった。

 俺はアーリアにそのまま完成させてくれるよう伝えると、試作品はそのまま俺にくれるらしい。

 行動の早い彼女は、俺の家まで運送する手続きをしてくれるようで、その厚意に甘える事にした。

 もうずっと上機嫌なアーリアは、最後はスキップをしていた。


「ハル殿、あの子は気軽に貴殿に気持ちを伝えているが、本気で惚れていなかったらあそこまで積極的に協力しない事だけは、覚えておいて欲しい」


 王様にそっと耳打ちされた。

 俺はずっと、アーリアは俺に対する気持ちは本気なのかがわからなかった。

 でもさ、あんなに頑張って俺の為に楽器を仕上げてくれるなんて、本気じゃなかったら絶対にやらないよな。

 適当にあしらっていたけど、彼女に対する態度は少し改めないとな……。

 

 さて俺は次の用事があるから、王族の皆さんに見送られながら部屋を後にした。

 まぁまた来週、楽器の進捗確認をする為に、城に行く事にはなってるんだけどね。


 次の用事は、隊長さんと一試合やる事だ。

 ライルっていう血気盛んな新米兵士に絡まれた時、助けてもらったお礼として俺と試合をしたいんだそうだ。

 雰囲気からして、以前よりは結構強くなってるみたいだし、油断は出来ないな!

 

 城の中庭を抜けた先に、兵士さんの訓練場が設置されている。

 何事もなく到着すると、皆がフル装備でタイマン勝負を繰り広げていた。

 ただし他の兵士達も訓練場に密集しているから、戦っている最中でも隣の組とぶつかって転倒してしまったりしていた。

 この訓練の意味は、戦場はこんな混戦状態らしい。

 四方八方で戦いを行っているからぶつかるのは日常茶飯事、接触によって転倒してしまったら、敵に殺される隙を与えてしまうんだ。

 そうならないように、戦いつつも周囲に意識をやり、接触を避ける訓練なんだとか。

 兵士さんはタイマンで戦うのが仕事じゃない。集団戦闘で勝ち抜くのが仕事だ。

 その為には常日頃訓練を忘れてはいけないのだと、以前隊長さんは語っていた。

 鎧と鎧がぶつかり合う音が煩い位に鳴り響いている。

 過去の音楽学校を占拠された事件から、訓練はかなり厳しくなったそうだが、その代わり兵士さん達の練度は急上昇したらしい。

 うんうん、良いことだ。


「よし、十五分経過! 五分休憩した後に再開するぞ!!」


「「「……了解しま、した」」」


 休憩五分なのか……。

 なかなかな鬼軍曹っぷりを披露している隊長さんだ。


「ん? おっ、ハル君じゃないか! 陛下との用事は終わったのか?」


「よっす、隊長さん。約束通り来たんだけど、訓練中みたいだから日を改めようか?」


「いや、構わないさ。俺と君の戦闘は、こいつらの勉強にもなるだろうしな!」


 今訓練しているのはどうやら新米兵士みたいで、誰一人知っている顔はなかった。


「誰だ、あのガキ」


「やけに隊長と親しそうだな」


「くそぅ、俺だって隊長と触れ合いたいのに!」


 何か最後の言葉、誰が言ったかわからないが危険な奴がいる気がした……。

 ……隊長さん、しっかり貞操は守れよ?


「皆、聞いてくれ! 彼がかの有名なハル・ウィードだ!」


 隊長さんが俺の紹介をすると、一斉にざわめきだした。

 皆の表情は、「こんなガキが!?」と言いたげな感じだった。

 大体皆、最初はそんな反応をするよなぁ。


「今から俺は、彼と一騎討ちを挑む! きっと皆の参考にもなると思うから、しっかり見ておけよ!」


 勉強になる、ねぇ?

 以前は俺の一太刀で終わっていたが、新米兵士達の勉強になる程度には戦えるようにはなったって事かな?

 それはなかなか、楽しみだな!


「隊長さんがそう言うなら、俺はしょっぱなから全力で行かせてもらうぜ?」


「……相変わらず怖い笑顔を見せてくるな。ああ、俺も勝つ気で行かせてもらう!」


「いいねぇ、そういうの嫌いじゃないぜ?」


 隊長さんが闘気を放ってきたので、俺も闘気を放ち返す。

 訓練場を包み込むように非常に重たいプレッシャーが発生する。

 へぇ、隊長さんもここまで闘気を出せるようになったんだ。

 以前はかなり平和ボケしていたからなぁ、しっかり訓練したのがよくわかるぜ。

 おっと、新米兵士の中でプレッシャーに耐えきれずに膝を付いた奴がいるな。

 この程度のプレッシャーは戦いでは普通だぞ?

 まぁこれからきっと訓練で解消されていくだろうから、頑張れ。


 俺達は訓練場の中央に向かい合うように立ち、武器を構えた。

 隊長さんは槍の形状をした木製の武器。俺は木刀二本をそれぞれの手に持った。しょっぱなから二刀流だ。


「ハル君、最初から二刀流とは、嬉しく思うぞ」


「ふっ、本気で挑んでくれる隊長さんに敬意を表して、全力で行かせてもらう」


「ならば、俺は君に勝つまで!!」


「ああ、かかってきな!!」


 隊長さんは重そうな鎧を装備しているにも関わらず、凄まじい勢いの突進を繰り出してきた。

 ただし普通の突進とは違い、前方に槍の刃を向けた状態での突進。

 こんな勢いが乗っていたら、例え木製であったとしても内臓が傷付くだろうな。

 俺が避ける体勢に入った瞬間――


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


「っ!」


 槍を持っていた腕を伸ばして、突きを放ってきた。

 突進の勢いが乗った突きも鋭さが半端なく、回避行動が遅れてしまった。

 俺は急いで右手に持っていた木刀で槍の柄の部分を叩き、突きの軌道を逸らした。

 が、そのままタックルを仕掛けてくる隊長さん!

 全然以前とは違う!

 俺は辛うじて左へ飛ぶ事でタックルを回避できた。


「くそっ、あれを回避されたか!」


「いやぁ、焦ったぜ……」


 俺達は少し距離を取った状態で再び向かい合った。

 射程は槍の方が有利。

 これはちょっと、分が悪いな。


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