第56話 《武力派》、動き出す


 ――???視点――


「部下から報告が入った。養殖していたゴブリンが全員討伐された」


 ただでさえ低い声が、残念な報告によってさらに低くなる。

 そりゃそうだ、俺だって計画の一部が潰された事にショックを隠しきれない。


「くそっ、ゴブリンの苗床をひっそりと用意するのにも苦労したのに、台無しになってしまったではないか」


 別の男が頭を抱え込んだ。

 なかなか大変だったな。苗床――つまり女達は、誰が拐ったかわからないように隠蔽しつつ調達したのは。

 そしてゴブリンを痛め付けて格上である事を示して従順にさせ、ダンジョンで偶然発見した隠し部屋を巣とさせ、そして好きなだけ女共を犯させた。

 正直吐き気を催す位に醜い光景だった。逆らえば顔面を殴りつけたり好き放題だが、結合したら最期。死ぬまで醜悪な肉棒を必死に求めるようになるのだ。

 ゴブリン達は一週間で成人した容姿で出産される。そして本能に刻まれているのだろうか、目の前に女がいたら速攻で犯す。それが爆発的な繁殖力の正体である。それに妊娠中に苗床が死んだとしても、勝手に腹を破って自ら出てくる。本当に自分勝手で醜悪な魔物達だ。

 さて、俺も困ったぞ。

 このゴブリン達は、とある計画の一部を担っていたのだが、潰されてしまった。

 

「まさか、我々の計画を察知されて討伐されたか?」


「いや、どうやら子供が討伐したらしい」


「はっ? ガキがゴブリンを討伐出来るのか?」


「うむ。私もそう思ったのだが、報告を聞くと赤い髪をしていたそうだ」


「赤い髪…………。赤い髪は相当珍しい色であったな。まさか、《猛る炎》か?」


 彼らの言う通り、この国で赤髪は珍しい。

 そしてその色で連想されるのは、自然と《猛る炎》となる。


「《猛る炎》の息子が王都に留学してきたらしい。しかも、剣の腕前は相当だとか」


「しかし、いくらあやつの息子であっても、ゴブリンを討伐出来るのか?」


「普通は出来んだろうが、噂だと親子二人だけでレイニードラゴンを討伐したらしい」


「「「はぁ?」」」


 俺も彼らと一緒に情けない声を出してしまった。

 レイニードラゴンは、自身の魔力で上空に雲を生成。そして雨を降らす魔物だ。

 こいつは目が見えない代わりに、雨粒がどういう風に当たったかによって映像化して視覚的情報を得る。

 故に隠れてもバレるし、雨が止むのを待っても絶対に止まない。そして戦闘力も一級品だ。剣に自信がある俺でも勝てるかどうか……。

 そんな奴を親子二人で倒したのだ、驚かない訳がない。


「ちなみに、息子の年齢は、八歳らしい」


「「「………………」」」


 規格外の天才だな。

 確かに凄いが、今はそんな事をしている暇はない。

 計画を、俺達の計画を建て直す必要がある。


「俺のような若輩者が口を出してすまないが、今は《猛る炎》の息子より、計画を建て直す話をした方がいいのでは?」


「う、うむ。そうだな」


「い、言われずともわかっておる!」


「私とした事が、少し我を見失っていたようだな」


 よし、皆気が引き締まったな。

 俺達四人は、《武力派》の幹部だ。

 それぞれが役目を持っており、一人は王都や王族、そして王族に与する貴族の情報を仕入れる《諜報部》。

 二人目は同じく我々のように力で成り上がりたい願望がある人間を集める、《人事部》。

 三人目は破壊活動、暗殺活動等、王族に打撃を与える事を目的とした、《実行部》。

 そして最後に、純粋に力を求め、日々鍛練し、戦いに喜んで身を投じる戦闘中毒者を揃えた、俺が率いる至高の《武力部》。

 お互いに顔は知らない。常にこのような会合では素顔を隠している。

 だが、それでも我々は絆で繋がっている。

 こんな力の本質から目を背け、芸術と言う下らなくおままごとに近い文化を中心にしようとしている腐った我が母国を、力で満ち溢れた屈強な国にしようという崇高な目的が、俺達を強く結び付けているのだ。

 お互いの顔を知らなくても、目的が一緒なら、それでいい。


「さて、《実行部》の。お主が立案した計画が潰されてしまった訳だが、どうするつもりだ?」


「安心して欲しい。音楽学校用のゴブリンの養殖が潰されただけで、絵画学校用のゴブリンの養殖は済んでいる」


「ほほぅ。その数は」


「昨日の報告では六十体まで養殖した」


「おおっ、素晴らしいではないか!」


 素晴らしい仕事をしているな。

 実際ダンジョンで飼っていたゴブリンは、見張りの兵士を味方に付けるのに苦戦し、苗床調達にも苦戦していたから、かなり養殖に出遅れていた。

 ようやく養殖も軌道に乗る兆しが見えていたのに、潰されたのだから溜まったものではない。


「本来ならその六十体を絵画学校にぶつけるつもりだったが、致し方ない。半数を音楽学校へぶつけよう」


「いや、それは止めておこう。規模としては絵画学校の方が音楽学校より規模が大きい。その六十体は全て絵画学校へ当てるのだ」


 この発言をしたのは、《実行部》の頭だ。

 確かに二倍以上生徒数が違うので、半数に分けてしまうと数が足りないのだ。

 なかなか計画の代案が進まない。


 ではここで我々の元の計画を話そう。

 音楽学校、そして絵画学校にゴブリン達を送り込む。

 この二つの学校は、『芸術文化でよりよい国民の発展を』という子供のような戯れ言を抜かす王族に賛同した貴族が山ほどいる。そんな中にゴブリンを放って好き勝手させてやるのだ。ゴブリンは個々の戦闘能力は低いが、集団となると驚異的な団結力を発揮して、腕利きの戦士であっても単独での討伐は無謀とも言える。当然ながら、ゴブリン達に勝てるような奴は、学校の中にはいない。故にゴブリン達に蹂躙される他ないのだ。

 そうすると、大事な後継者や令嬢は、ゴブリンに殴り殺されたり、犯されて娼婦のように快楽追求者になるか、苗床となって一生を送るかである。大半の貴族達は何もしてくれなかった国王と国に絶望する事になる。

 そこで我々が、『芸術などにうつつを抜かす国に、我々国民を守る力はない。武力こそ絶対なのだ』という手紙を送る。

 こうする事で我々に寝返り、《武力派》に加わる計画だった。

 実際我々は、そういった小規模なテロ行為を成功させ、多数の貴族を味方に付けてきたのだ。

 そして、将来的には我々はクーデターを起こし、そして国王とその思想を受け継ぐ第一王子を殺す。そして我々の援助者である第二王子を国王にする。

 するとどうだろうか、すぐにとはいかないが芸術という下らないものに染まった我が国は、他国に負けない軍事国家へとなるのだ。

 

「では、どうすればいいのだ。良い手はないか、《武力部》の」


 突然俺に話を振ってきた。

 俺は基本的に策略とかそういった事を考えるのは苦手だ。俺の頭にあるのは、剣と魔法で人間を蹂躙したいだけなのだ。

 俺の部下達も、そろそろ血に餓え始めて手に負えなくなってきている。

 ならば、発散も含めてこの提案をしてみるか。


「では、今回は俺達が総力を上げて、音楽学校を制圧しよう」


「ほう、なかなか大胆だな」


「まぁ俺の部下達の息抜きが目的だ。そろそろ発狂しかけていてな」


「全く、《武力部》は気難しい連中ばかりだ。だが、そうなると貴族達を我々に引き込めないのでは?」


「ああ。それは芸術学校の方に任せる。音楽学校の方は、王都の兵力をこちらに向けさせ、城の警備を手薄にする事が狙いだ」


「……まさか、国王暗殺を実行するというのか?」


 流石は《実行部》だ。俺の意図を汲み取ってくれたな。

 まぁ知恵が回らない俺の、精一杯の策だけどな。


「その通りだ。誰か《実行部》から死んでもいい人員を数人用意してくれ。今回の狙いは成功失敗が重要ではなく、我々が『ついに暗殺を実行した』という事が重要なのだ」


「そうか、なるほど。今まで我々は王族の周辺に打撃を与えただけで、直接的な行動には出なかった。しかし、実行する事によって王族に対して様々な憶測を出させる事が出来る」


「ふむ。例えば、クーデターを起こすのに必要な人員が揃ったのではないか? とか、クーデターを起こす日は近いとかだな?」


「その通りだ。勝手に王族が混乱してくれればこちらに対する対応は数手も遅れる。そうなると我々も動きやすい」


「ふふふ、《武力部》の。ない知恵をかなり絞り出したな」


 皮肉に聞こえるが、素直に褒められたと受け取ろう。

 もしこれで俺達が死んだとしても、きっと王族に大打撃を与えられる。

 音楽学校に兵力を取られ、さらには芸術学校にも兵力を削がれる。しかも国王は冒険者嫌いだから、冒険者に依頼すら出せないという、こちらにとってはかなりの好都合だ。

 理想は暗殺の成功だが、失敗してもかなりの利益が見込めるのだ。


「では、今から《実行部》は人員の選別をしよう」


「それなら《諜報部》は、第一王子と国王が一緒に城にいる日を探ろう。その日を狙ってすぐに手紙で実行日を知らせよう」


「《人事部》は今回大した仕事は出来ないので、第二王子様へ私が報告しておこう」


 さぁ、役割は決まった。

 実は、今回の俺達の仕事には、もう一つ思惑があった。

 音楽学校には、《猛る炎》の息子であるハル・ウィードがいる。

 子供ながら、《猛る炎》の再来と言われている奴と、俺は戦いたいのだ。

 絶対に、ハル・ウィードは強者だ。

 ああ、胸が踊るよ。血が沸騰する。我が剣で一刀両断にして、奴の返り血をこの身で受け止めたい。

 考えるだけで興奮するし、勃起してきた。

 どうやらロナウド・ウィードも王都へ来ているらしいが、女の為に戦いの場から遠ざかって猟師に成り下がったカスなど、全く興味がない。

 八歳でゴブリンを撃破出来る、才能に満ち溢れた奴を殺す事こそ、快楽の極みなのだ。

 はははは、楽しみ過ぎる!


「では、今日は解散だ。《諜報部》の、早めの連絡を待っておるぞ」


 こうして俺達の会合は終了した。

 そして会合が終わってから数刻しか経っていないのに、実行日が決まった。本当に、《諜報部》は仕事が早い。

 今日から約一週間後。芸術学校と音楽学校へ、同時に攻撃を仕掛ける。

 あぁ、楽しみだ。

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