第229話 山びこ
――アレクセイ・フォール視点――
ついに、この時が来た。
目の前に広がるのは、俺が九つの貴族を取り込んで得た兵力プラス《武力派》から雇った傭兵一万、合計五万の俺の兵だ。
本来は《武力派》から良い支援を受けられる予定だったのだが、ハル・ウィードの街に攻め入る計画を話した瞬間奴等の態度が事務的になった。
約束では化け物並みの力を授ける《天使の息吹》を安価で提供してもらえる筈だったが、ただ傭兵を貸し与えるだけの支援だけにとどまってしまった。
どうやら噂では、過去に《武力派》はハル・ウィードに悉く計画を妨害され、それ以降は奴に関わらないようにしているのだとか。
ふん、結局大袈裟な組織名を付けているだけの、そこら辺のギャングやマフィアと変わらないではないか。
大体奴等はわかっていない。
戦争とは、数なのだ。
どんなに質が良い兵士を揃えても、数の暴力に一切勝てる訳がない。いくらハル・ウィードが武力に優れているとはいえ、圧倒的な兵力の差に平伏すしかない。
それに俺の兵は様々な貴族から奪った兵士達だ、俺に心から忠誠を誓っている奴なんて少ない。となれば、やる気がなかったとしても数で押しきればそれだけでいい。
勝利を得ていれば、自ずと甘い汁を吸える事を自覚して俺に積極的に付いてくるようになるだろう。
貴族を取り込んだ方法は強引だったが、俺にしっかりと従ってくれている。彼等も俺が王となれば美味しい思いが出来るとわかっているんだ。
今の王族は兵力より文化に力を入れており、王都に在中している兵士の数は二万程度。後は近隣の貴族に緊急召集を掛けて兵を集める方法を取っている。
五万を越える兵力を揃えるのには時間がかかるから、俺に攻め込まれたら王族はひとたまりもないのだ。
「ドールマンという老骨を引きずり下ろし、俺がレミアリアを真の強国として押し上げてやる」
まずハル・ウィードを下したら、必要な物資をかき集めて速攻で王都に進軍。
情報によれば今、王族は兵を集めるのに奔走しているらしい。俺の兵力に敵う程の数は集まっていないのだ。ドールマンを下すタイミングはまさに今なのだ。
「さぁ、勝利は確約された! ハル・ウィードという若造に、地べたを舐めてもら――」
突然、大地と大気が震え、外から轟音が鳴り響いた。
轟音の発生源は俺の天幕から近い。
しかも何回も鳴り響き、地震かと思う程に大地が揺れた為に俺はその場で四つん這いになってしまった。
何が起きたと言うのだ!
俺は誰か呼ぼうとしたが、その前に俺の兵士が随分慌てた様子で天幕に入ってきた。
「あ、アレクセイ伯爵! 取り急ぎご報告が御座います!!」
「ちょうど誰かを呼ぼうとしていたところだ! この轟音と大地の揺れは何事だ!!」
「……その事ですが、その――」
「ええい、ノロマめ! 早く報告しないかっ!!」
「はっ! その、
「……何? 俺の聞き間違えか? 四万五千が魔法によって死亡したと? 俺の兵が?」
「性格な数は確認出来ませんが、恐らくは……」
「…………貴様、冗談も程々にしろよ。初級魔法であれば一レーズは届くが、初級魔法でそんな大量に兵士を殺せやしないだろう!? それにこの轟音、ファイヤーボールとかそういう類いのものではない。じゃあ俺達は何を撃ち込まれた!?」
「規模からして、上級魔法である《エクスプロージョン》を、約二百五十発……」
「バカな!! 上級魔法に一レーズの射程があるものなんて存在――」
「なら、ご自身の目で確認すればいいでしょう!! 私だって、私だって……何が何だかわからんのですよ!!」
「っ」
兵士のあまりにも絶望した表情を見て、ただ事ではないのをようやく把握できた。
俺は天幕から飛び出すと、目の前の惨状を見て全身の力が抜けるのを感じた。
結論から言うと、報告通りだった。
人の形をした黒焦げの何かが無数に横たわっており、動けている人数はざっと見渡して大雑把に五千は切っている。
むしろ怪我をしていない兵士の数を数えた方が早いのではないだろうか。
四肢の何れかを欠損、もしくは瀕死の兵士の方が半数以上いるように思える。
大地は所々が抉れていて、確かに《エクスプロージョン》を撃ち込まれないとこんな風にはならない。
だが、エクスプロージョンの射程はよくて
もっと近づかないと放てない魔法なのだ。しかも二百発以上となると、上級魔法を習得した兵を二百人以上揃えなくてはならない。一人で連発出来る魔法ではない!
何が起きた、何をやったのだ。
わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない!!
俺は頭をかきむしり、そして叫んだ。
「何をやってくれたんだよ、ハル・ウィーーーーーーーードォォォォォォッ!?」
圧倒的有利だったのに、いつの間にか不利な状況になっていた。
どうも、ハルです。
現在俺は、指令室になっている天幕に用意されたベッドの上で寝ています。
人生初めての、魔力欠乏でございます。
俺の状況は一旦置いておいて、この天幕の中を説明しよう。
この指令室では、以前ヨールデンとの戦争の際に使った、相手の作戦を筒抜けにする為に相手の天幕にサウンドボールを配置した。まぁお相手は数でゴリ押しするつもりだったから、作戦もへったくりもなかったんだけど。
そして文官の中から戦術の授業を大学で修めている人間を軍師として七名配置、それとは別に三十名の文官は各分隊に細かく指示を送る役割を担ってもらった。
当然分隊長と文官はサウンドボールで繋がっており、逐一報告が可能となっている。
うん、優秀な人材が揃ってくれて本当にありがたいよ。
「領主様、貴方様の仰る事を全く信用していなかった訳ではないですが、未だ夢を見ているような気分で御座います……」
そう言ったのは、文官長である《ラファエル・ダーヴィン》四十六歳。
二百名いる文官達を纏めあげる重役だ。
彼は指揮能力が非常に高く、リーダーシップもずば抜けている。
軍師七名の言い分を上手く纏めて作戦に反映してくれているんだ。
「まぁ撃った俺自身ビックリしているさ。あそこまで敵兵力をごっそり減らせたんだからな」
「全くです。確か《山びこ》でしたかな? あの魔法の名前は」
「そうだよ」
「音属性、とんでもない属性魔法ですな……。《エクスプロージョン》を唱えられる兵士に詠唱してもらい、それを録音。そして再生するだけで魔法を放てるとは。しかも見えない音の球体の射程は無限と聞いています。どの位置からでも《エクスプロージョン》が放てるなんて、どんな魔術師でも出来ませんぞ。それに《エクスプロージョン》二百五十発なんて、魔力量Sランク魔術師が一人で頑張って百と聞いております。その倍以上とは、領主様はとんでもないですな」
俺の代わりに解説どうも。
そう、これが俺が新しく手に入れた魔法、その名も《山びこ》だ。
仕組みは単純。
まず実際に放った魔法の詠唱をサウンドボールで《録音》し《記録》。そして記録した詠唱を《再生》する事で、同じ魔法を再現できる。
しかも《再生》したサウンドボールからその魔法は発現するので、実質射程無限なサウンドボールは、どの位置からでも魔法が放てるようになった。
どうやらオリジナル魔法も可能で、レイの《ゴッドスピード》も俺が使う事が可能だった。
さらにはリリルの《ラブ・ヒーリング》も放てるんだけど、俺一人で使うといたたまれない気持ちになるので、それは封印した。
これで俺は、全属性魔法を操る力を手に入れた訳だが、当然弱点もある。
まず詠唱を録音しないといけない。
それに魔法が発生しない、ただ詠唱を言葉にしただけのものを録音しても、魔法は発現しない。
さらには無詠唱で魔法を放たれると録音が出来ない為、それも《山びこ》で魔法を発現させられない。
さらにさらに、記録出来る魔法は三つまで。
このような制約があるんだけど、十分過ぎる程の魔法だ。
どの魔法を三つまで記録するかによって、俺の戦い方は無限に広がる。
今回は《山びこ》を指示したサウンドボール二百五十個を敵軍の頭上に配置、そして一斉に《エクスプロージョン》を発現。数多の爆発に巻き込まれた敵軍の兵力は五万から五千以下まで削られたようだ。
一気に壊滅状態までさせられて、且つ指揮系統もかなり混乱している。後は俺の私兵で制圧、アレクセイ・フォールを殺さず生け捕りにして戦争は完了だ。
ラファエルさんの見込みだと、恐らく日が沈む前には終戦するんじゃないかって言っていた。
戦争は長いと文官も戦後処理に追われて地獄を見るらしい。早く終わるなら簡単に済むから助かるのだとか。
俺だってライブや作曲の予定は沢山詰まっている。アレクセイ程度の三下と遊んでいる時間はこれっぽっちもないんだよ。
だから一気に決めさせてもらったが、戦争に神聖さを求めている私兵や誇りを持っている私兵だっているのは知っている。だから不満が起きるとは覚悟していたんだが、意外と不満はないようだ。
俺の演説の時に「自分達は駒ではない」というのが伝わり、英雄の一部に成りきったらしい。
それで自尊心や誇りを保てたみたいだから、結果オーライって感じかな?
「さて、俺はまだ魔力欠乏がキツいから、寝させてもらうよ。ラファエルさん、後はよろしく」
「畏まりました。この度はお疲れ様でした、領主様」
俺は目を閉じて、意識を手放した。
次に目を覚ましたのは約五時間後の夕方で、その時には我が私兵達の
後は王様である親父と王太子である兄貴を呼んで、アレクセイのバカとの戦後処理が待っている。
まぁどうするかは、すでに決めているんだけどね。
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