第71話 レイとリリルの決意
――レイ視点――
ああ、まただ。
僕達はあいつの隣に立ちたい、守られるだけじゃ嫌だと思っていたのに、また結局守られてしまった。
何の為に僕は強くなったのだろう。
あの時、残虐貴族から助けてもらった時に、僕はあいつに頼られるようになろうと決めたのに!
結局、狂人を見たら怖くて動けなくなってしまったよ。
情けない、情けなさ過ぎる……。
僕は今、泣いている。
怖くてじゃない、あいつの足手まといになっているっていう事実に悔しくて泣いているんだ。
僕達が頼りにされているなら、「一緒に来てくれ」って言うはず。でも、ハルは僕達にここで待っているように言ったんだ。
それは僕達が一緒に来ても、ハルの足枷になっちゃうって事なんだよ。
悔しい、悔しいよ……。
リリルを見てみると、きっとリリルも悔しいんだろう。下唇を噛んで泣いていた。
僕はリリルの肩に手を置いた。
「リリル、悔しいね」
「うん、ハル君に頼りにされなかったの、すっごく悔しいよ……」
よかった、僕と同じ気持ちだったよ。
はは、何の為に剣の腕を磨いてきたんだか。
自分が情けなくて、一度死んで生まれ変わりたい気分だよ。
「ねぇ、リリル」
「どうしたの、レイちゃん?」
「……あいつ、本当すごいよね」
「……うん。追い付いたと思ったのに、まだまだ全然先にいた」
「本当だよ。なかなか並び立つ事をさせてくれないよ、あの男は」
「うん、本当に、でっかい男の子だね、ハル君は」
そう、あいつはでっかい。
身長とかそういう意味じゃない、常にあいつの行動がもたらした結果が大きいんだ。
残虐貴族を返り討ちにしたし、悪質な《武力派》の構成員ですら倒せてしまう。さらには音楽の腕もアーバイン侯爵よりも上らしいし。
きっと、この国どころか、世界を騒がせるような大きい男になると思う。
「ねぇレイちゃん」
「ん、なんだい?」
「私ね、自信がないの」
「何の自信?」
「……ハル君を支える自信」
驚いた。
リリルがハルの事で弱音を吐いた。
リリルはハルの事が本当に大好きで、何がなんでも着いていくという執念があった位なのに。
そんな彼女が、ついに弱音を吐いた。
「ハル君は、どんどん私達の先へ行っちゃってるの。私は、その背中が遠ざからないように、必死に着いていっているだけなの。それでもその背中はどんどん遠くなってっちゃって、その内見えなくなっちゃうんじゃないかなって思っちゃった」
「リリル……」
「今は、私達の事を好きでいてくれるけど、もし私達と距離が空いちゃったら、きっとハル君はより自分を理解してくれる女の子を選ぶと思うの。だから離れたくないのに、ハル君に追い付けないの。距離はどんどん離されるだけなの……。辛いよ」
あぁ、リリルも全く同じ事を考えていたんだ。
僕も同じ事を考えていて、離されたくないから僕はひたすら剣の腕を磨いた。
訓練では上手くいっていたけど、実戦になったらこのザマだ。
本当、自分自身に呆れて笑いしか出てこない。
今後ハルは、間違いなく世界に良い意味で影響を与える存在になると思う。
僕の家に婿養子で入って貴族になったら、きっと大暴れするんじゃないかな。あっ、でも最近何か婿に入るのを嫌がっているけど、何かあいつ考えているのかな? 理由は教えてくれないけど。
とにかく、きっと貴族になったら最低でも侯爵までは軽くいくんじゃないかなって思える位の、本当すごい男なんだよ、僕が好きになった奴は。
「リリルは、あいつと離れたい?」
「嫌、離れたくない! 離れたくないけどっ!」
リリルの心は、揺らいでいるようだね。
ハルは好きだけど、ハルを支えてやれる自信が崩れ始めている。
「ならさ、死ぬ気で食らい付こうよ、あいつの背中に」
「でも……」
「僕はね、自分が思っているより相当独占欲が強いみたい。あいつが僕達以外の他の女の子のものになるのが、死ぬほど嫌なんだよ」
「私だって、嫌だよ……」
「だよね。だから、僕はこの命を削っても、あいつに着いていこうって今決めた」
僕はハル・ウィードを心から愛している。
あんな男、今後絶対に出てこないと思うんだ。
だから僕は、今何も出来なくても、かなり距離を離されていたとしても、絶対に追い付いてやるんだ。
あいつと添い遂げる為に。
「リリル、今僕達は何歳だい?」
「……八歳だよ」
「そう、まだ八歳なんだよ。何かあいつと一緒にいると時々忘れちゃうけどさ」
僕達はまだ八歳なんだ。
ハルが大人過ぎて、追い付こうと必死になっていると自分達も少しずつ大人になっているって気分だったけど、まだ子供なんだよ。
僕達はまだまだ成長しているんだ、悲観するような年齢じゃないんだよ。
「成人は十二歳、その年齢にならないと基本的には何も出来ないんだ」
この国は、成人していないと就労に就けない。つまり、ハルがどれだけ凄くても、十二歳になるまでは恐らく大きな行動は取れないはずなんだ。
例外はあるけど……。
まだ四年も猶予があるんだ。だから僕達はその猶予を目一杯使って、あいつを支えてやれるようになればいいんだ。
「だからさ、僕と一緒にあいつを支えられるような女になろうよ」
「……出来るかな、私に」
「一人じゃ無理でも、僕達二人だったらきっと出来るよ」
「……うん」
リリルは泣きながら、弱々しく頷いた。
でも、とリリルは口を開いた。
「これは予想なんだけど、きっとハル君を支えられるのは、私達だけじゃ無理だよ」
「えっ、何で?」
「だって、私達と同い年なのに、ハル君がやってる事って、すごく大きいんだもん。きっと私達じゃ手一杯になっちゃうと思うの」
「……うん」
「だからね、他の女性とも結婚が必要になる場合があるかもしれない」
「……なるほど、有り得るね」
貴族の社会は実に汚い。
自分の娘すら、自身の家の為に有力貴族の嫁として差し出す事を厭わない。
ハルは世界中を騒がせる程の男になると思うから、きっと色んな貴族達が自分の娘と結婚をするように薦めてくるだろうね。
しかも断ったらハルが不利になる位に追い詰めてね。
そしてリリルの言っている事はそういった政略的結婚以外の部分、あいつの音楽に対して理解や協力出来る女の子が必要になってくるっていう懸念をしているんだと思う。
僕達は悔しい事に、音楽については全くわからない。
聴く事は出来るだろうけど、それ以上の事を求められても、きっと何も協力できない。
だからそれを支えられる女性が必要になるのでは? という事だろうね。
「もし、ハル君が私達と結婚した後に、そういう人を必要としたらね、怒らないで迎えてあげようと思うの」
「……リリルはそれでいいの?」
「……正直、私はレイちゃんでもやきもち焼いちゃうから、誰かもう一人加わるともっとやきもち焼いちゃうかも」
「う~ん、多分僕もそうかな……」
うん、僕もやきもち通り越して八つ当たりしそうな気がする。
主に剣で。
「でも、ハル君が必要だって言うのなら、私は受け入れようと思うの」
「リリル……」
多分、あいつは僕達以外とは結婚しないって決めてるだろうな。
もし僕達以外とも結婚したいって女の子が現れたとしたら、恐らく本気で苦しみながら考えると思うんだ。
僕達が何も言わなかったら、苦しみ抜いてその女の子を振って、傷付くんだと思う。
あぁ、何か予想が容易にできちゃうな。
「まぁ、リリルがそう言うなら、その時は認めてやろうかな」
「うん。でも、私達もじっくり選ぼうね。変な人だったら、容赦なく追い出そう?」
「……あれ、リリルの方が正妻向きじゃないかな?」
僕の家に婿入りしたら、自動的に僕が正妻になるんだけど、意外とリリルの方が向いている気がしてきたぞ?
「とにかく、もう僕達はさっきみたいに怯えないようにしよう。そしてあいつに認められる位、そしてあの子のような犠牲を出さないように、誰かを守れる位に心も鍛えていこう!」
「うん、頑張る!」
僕達は決意を固める。
しっかりと、あいつに着いていって、胸を張ってあいつの妻だって言えるように強くなろうと。
ふと、外を見てみると、兵士達と《武力派》の連中が戦っていた。
でも明らかに兵士達の方が優勢で、《武力派》の死体がかなり目立っている。奴等の残り戦力は、もう片手で数えられる程度だ。兵士達には怪我人はいるみたいだけど、死者はいないみたい。
さぁ、もう僕は悔しさで泣かない。
泣いている暇があるんだったら、少しでも心を強く持とう!
リリルの顔を見た。
うん、目に強い意思を感じる。
これなら、一緒に歩んでいけるね。
頑張ろう、恋も剣も、両方共ね。
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