番外編 転生聖女とゴブリン王国の野望

134話 お引っ越ししましょう!

 魔の森の最高実力者、魔王サタンが日本へ移住して数か月すぎた。権力が空白になり大荒れになるかと思われた魔の森だが、意外にも平穏な日々が続いている。


「魔族の方たちが平和的で助かります」


 マリはコマリを抱きかかえ、満面の笑みだ。


「聖女よ。念のため言っておくが、みんな平和主義者だから静かにしていんじゃないからな」


 そう言うのは神秘の森の魔王アマルモン。


「あれだけ凄まじい力を見せられたら誰だって大人しくなる」


 バフォメット討伐のとき、コマリはタナトス城で大暴れした。レーザーブレスを乱射し、千人以上の敵魔族を行動不能にしたのだ。


 マリには、竜神の力を誇示して魔の森での発言力を強めておきたい、という思惑があった。それは大成功したのだが、コマリのあまりのチートぶりに魔族はドン引きしてしまったのである。


「あれはやりすぎだ!」


 苦情にも似たアマルモンの言葉に、彼女は「ホホホ」と笑ってごまかした。


「ですが、そのおかげで魔の森の分割協定が結ばれ、我々は故郷に帰ることができるのです。多少やりすぎたくらいいいではありませんか」


 マリを擁護してくれるのはアマルモンの片腕、魔王セーレだ。


 マリ、アマルモン、セーレは、神秘の森のダンジョンで引っ越しをしている。サタンのいなくなった魔の森は再分割され、アマルモンたちが住んでいたかつての領地が彼らに返還されることになった。


 そういうわけで、神秘の森から旧領地へ魔族たちの大移動が行われているのだ。


「それにしても、みなさん嬉しそうですね」


 荷物を運ぶ魔族たちの表情はとても明るい。


「当然よ! 七百年ぶりに生まれ育った土地に帰れるのだから、嬉しくない魔族など一人もいないわ」


 魔王イフリータが話に加わった。


「故郷に帰るのはあきらめかけてた。これもみんな聖女のおかげね」


 彼女は深々と頭を下げる。


「いいって。お世話になってるのはわたしも同じだし、お互いさまよ―――それより引っ越しの人手は不足してない? 足りないようなら応援を呼ぶけど」


「それは大丈夫。竜神さまが空間の門を開けてくれたおかげで楽勝だわ」


 マリが目をやった先では、闇結晶を抱えた魔族たちが次々と門をくぐり旧領地に向かっている。


「竜神さまには感謝の言葉がありません」


 イフリータは、両膝を折りコマリに向かってひざまずいた。それを見たアマルモンとセーレも同様に膝をつく。


「これからは、竜神さまと『さま』付きで呼ばせてもらおう」


「そうですね、アマルモンさま。さま付けは他の魔族にも徹底させましょう」


 三人の魔王にひざまずかれ、コマリははにかみながらもニコリと笑った。


(そうよね、コマリ。誰かに感謝されるってとっても嬉しいもの)


 マリは、彼女の髪をなでながら満足げにうなずいたのである。



 ◇*◇*◇



 引っ越しが無事に終わったのを見届け、マリとコマリは聖都に帰還した。そしてその様子をマリーローラに報告する。


「そうですかー、それは良かったです。コマリはまだ幼いですが、少しづつ竜神らしくなっているのですねー」


「はい、お母さま。この子は立派な竜神になると思います」


 母と祖母に褒められコマリはごきげんだ。


「そういえば、マリアンヌ。引っ越しは順調だったようですが、ダンジョンにはどれくらい闇結晶が残りましたー?」


 それを聞いてマリの表情が曇った。


「大部分は持ち出しましたが、小さな闇結晶がかなり残っています。地下深くに埋もれた分は手付かずですし、申しわけありません」


 二人が心配しているのは、魔族がいなくなったダンジョンに闇結晶が放置されることだ。


「残った闇結晶が人間の手に渡れば、どんな災厄を招くかわかりませんからねー」


「しばらく、アマルモンたちが警備してくれるそうです。ただ、彼らも旧領地に戻ったばかりで人手が足りません。いつまでも頼るわけにはいかないでしょう。

 ―――竜族はこういうときダメですね。四人しかいないので仕方ないですが」


「でもー、それがわたしたち竜族の利点でもあります。頼り頼られ、そうやってアルデシアに居場所を作ってきたのですよー」


「はい、お母さま。肝に銘じておきます」


 そんな二人の会話を、コマリはマリの腕の中で神妙に聞いていたのだった。

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