104話 暴走する暗黒樹!

 ここはルーナニア城塞。修復中の城の一室で二人の女が抱擁していた。唇を重ね合わせ激しく互いを求め合っている。


「エルフィナ、愛しているわ」


「わたしもよ、デボラ。でも、こうやって抱き合うのはずいぶん久しぶり」


「そう?」


「最近はレスリーとばかり一緒だったじゃない」


「嫉妬した?」


「あなたと彼を殺したいくらいにはね」


「ごめんなさい」


 デボラは謝りながらもエルフィナの唇を奪う。


「お楽しみもいいけど、まずは仕事の話を済ませましょう」


「そうね……それでザエル城塞の様子はどう? 闇結晶は予定通り採掘されているかしら」


「順調よ。三十キロほど集まったし、すべてここに運んだわ。ザエル城塞に置いておくと、つまみ食いしそうな人たちがいるんですもの」


「ダークヴァンパイアね。ワイズマン卿はそのことについて何か言ってた?」


「彼は、ダークヴァンパイアの裏切りに神経を尖らせてたわ。デボラにも注意をするよう頼まれたくらい。でも、彼らに反乱を起こせるだけの闇結晶を与えてないから、当分は大丈夫でしょうって」


「今のダークヴァンパイアには、闇の魔導士会に敵対するだけの戦力がないからね。この状況を維持していれば裏切られることはない」


 デボラはエルフィナから離れると、壁に立てかけてあった竜神の杖を手にする。


「それに、この杖がある限りわたしたちの優位は動かないわ」


「竜神の杖があれば合成魔王を増やすことだってできるものね。でも、エナトルが大魔王になると厄介よ。合成魔王じゃ大魔王を抑えきれない」


「それは十分に気をつけてる。三百年前、ラキトルが大魔王になるのに百キロの闇結晶が必要だった。そんな量の闇結晶はまだ貯まってないし、しばらくは集まらないでしょう」


 安心したのか、二人は笑い合いながら再び口づけをする。




 二人が戯れていると来客があった。闇の魔導士会メンバー、ネヴィン・アルマニックが訪ねて来たそうで、エルフィナがドアまで出迎えに行く。


「アルマニック卿、珍しいですね。こんな最前線まで来られるとは」


「わが国もこの計画に莫大な投資をしていますからね。上手く軌道に乗っているか確かめたくなったのです」


「ウェスタット公国には感謝の言葉がありません。卿が公爵を動かしてくださらなければ、これだけの軍勢を揃えられなかったでしょう」


「お褒めに預かり恐縮ですが、私のスポンサーは現状に不満なのです。計画と違っているとずいぶん腹を立てておられる」


「闇結晶の採掘が遅れていることは謝罪しましょう。ですが着実に成果を出してますし、公国の使者の方も納得してくださいましたが?」


「いえ、私の言うスポンサーは別の方です。彼らは、ビリジアーニ卿を総司令官から降ろせと催促しています」


「別のスポンサー? 公国以外にそのような方はいませんが……」


 デボラが言い終わらない内に、ネヴィンは素早く動いた! エルフィナの背後を取ると彼女の腕をねじり上げたのだ。


「何をするのです、アルマニック卿! 気でも触れましたか?」


「ふふ、正気ですよ私は」


 彼は不気味に笑い、部屋の外に向かって大声で叫んだ。


「ラノワ王! もう入られて結構です」


 促され部屋へ入って来たのは、ダークヴァンパイアの王エナトルだ。




「アルマニック卿、ご苦労だった」


 彼が部屋の中央まで歩いてくると、デボラが激しくにらみつける。


「やはりダークヴァンパイアは裏切ったか」


「闇の魔導士会があまりにしみったれているものでな。わが一族は別の者と手を組むことにした」


「わたしたちを平然と裏切る、そんな連中と手を組む愚か者がいたとはね」


「利用できるあいだは互いに利用し合う。そういう割り切った考えを持っておるのだ。わが盟友、サタンはな」


「サタンだと!」


「ラノワ王は、わが主、サタンさまと同盟を結ばれたのだ」


 ネヴィンの周囲の空間が入れ替わり、そこには一体の魔族がいた。それは豹の顔を持つ猛々たけだけしい魔族だ。


「わが名はオセ。サタンさまの側近の一人だ。お見知りおきを」


「なるほど、そういうことね―――アルマニック卿は計画のすべてを知っていた。暗黒樹の根がダンジョンを封鎖する前に、サタンは闇結晶を確保しておいたのでしょう。そして、その一部をラノワに引き渡した」


「正解だ! そのおかげで俺は大魔王になることができた」


 エナトルは、笑いながら闇魔力を体から放出させた。それは、今までの魔王たちを凌ぐ強烈な負のオーラだ。そして人の姿から変身した。身の丈は三メートル、巨大な牙と爪をむき出しにした姿は魔獣そのものだ。


 だが、その姿を見てもデボラはたじろがない。


「エナトル! たとえお前が大魔王になろうと、暗黒樹の化身たるわたしの敵ではない! オセ共々ここで処分してやる!!」


「それができるかな? ビリジアーニ卿」


 オセは捕まえていたエルフィナを右手で吊るし上げると、左手の爪で彼女の体を切り裂いた!


「エルフィナっ!!」


「デ……ボラ……」


 口から血を吐きながらエルフィナは息絶える。動かなくなった彼女をオセは床に放り投げた。


「お前たちは絶対に許さない! 八つ裂きにしてやる!!」


 デボラの髪は激しいオーラの流れで逆立ち、体からは漆黒の闇があふれ出る!

 しかし、もっと劇的な変化が次の瞬間に起こったのだ!!




 ゴゴオオォ――――――ォォオオ!!


 大地は激しく震動し、暗黒樹がザワザワと揺らぎだした。そして、その幹や枝から莫大な量の闇魔力があふれ出た!


「きゃあああぁぁ――――――っつ!」


 デボラの悲鳴が室内に反響する!


「ククク、暗黒樹の暴走が始まったか。サタンの思惑通りだな」


「ラノワ王よ、これで暗黒樹に魅了魔法が効くようになる。三百年前、あなたの父君もこうやって暴竜を制御したのだ」


「なるほど。強大な魔力を持つ者に魅了魔法は効かぬのだが、自我が消失すればその限りではないということか」


「そうだ。しかし制御が難しく油断は禁物だぞ。ラキトルさまは、その隙を突かれ聖女に滅ぼされたのだ」


「父と同じ過ちは犯さぬ」


 エナトルはデボラを顔を持ち上げると、彼女の瞳をじっと見据える。そうしてしばらくすると、地震は収まり暗黒樹も静けさを取り戻したのだ。


「どうやら成功したようだな」


「ああ、これで暗黒樹はわが意のままに操れる。ご苦労だったなオセ。サタンにもよろしく伝えてくれ」


「それでは、契約に従い竜神の杖をもらう。さらばだ、ラノワ王よ」


 オセは一礼すると、竜神の杖を携え部屋を出て行ったのだ。



 ◇*◇*◇



 ちょうど同じころ、シルバーはレスリーの部屋を訪れていた。


「エマニュエル卿、魔王サタンさまがあなたに会いたがっておられる。私と共にタナトス城へおいで願おうか」


「フォックス、お前がサタンの配下になっていたとはな。しかし、どうやって呪縛を解いた? メイスン卿に従うよう合成したはずだが」


「なーに、簡単なことよ。サタンさまも竜の力を操れるのでな」


「なるほど、竜神の剣はサタンが持っていたか」


「フフフ、察しがいいと長生きできぬぞ」


 シルバーは不気味に笑う。


「さて、騒ぎも収まった。ラノワ王が暗黒樹の支配に成功しただろう。俺もここから立ち去るとするか」


 シルバーはバフォメットに変身し、レスリーを抱きかかえてルーナニア城塞から飛び立って行ったのだ。

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