103話 戸惑う者たち
ここは魔の森の最南端にあるエトナ城塞。その城壁の上では、マリナカリーンがコマリを抱きかかえていた。近くには、マリ、アザゼル、ベリアルがいる。ベリアルは二体だが、ここにいるのは兄さまと呼ばれる男の魔族だ。
「コマリよ、あそこの丘には暗黒樹の破片が置かれておる。それをここから撃ち抜けるか?」
「あい、まーりんちゃま」
コマリは、マリナカリーンの腕から飛び上がると黄金の竜になり、城壁の上空でホバリングを始めた。そしてレーザーブレスを放てば、それは十数キロ離れた丘へ向かって輝く軌跡を描いたのだ。
すると次の瞬間。
ドゴオオォォォ―――ォォオオンッ!!
猛烈な爆発が起き、エトナ城塞は激しい衝撃波に呑みこまれた!
「こ、これはっ!!」
「見ての通りじゃ。わずかな暗黒樹の破片でさえ、竜神のブレスと反応すればあのような巨大爆発を起こす」
その場にいる全員が息を呑んだ。
「詳しい話はわしの館でしよう」
一行が館に到着し話の続きが始まった。
「先ほどの実験でおぬしたちも理解してくれたと思うが、暗黒樹は闇魔力の濃度が高く、竜神の放つ神聖ブレスと相性が悪いのじゃ」
「お祖母さま。破片であの爆発だとしたら、暗黒樹の本体が爆発すれば魔の森だけでなく、アルデシア全土に甚大な被害が出てしまいます」
「ああ、神聖ブレスで焼き払うのは止めた方がいいだろう」
「クソったれ、竜神でさえ暗黒樹に手を出せないのか!」
アザゼルとベリアルが苦々しく言う。
「しかし、まだ方法はあります。竜王さまと相談したのですが、暗黒樹の化身を交代させることは可能だそうです。新しい化身を誕生させ、わたしたちで制御すればいいでしょう」
「マリアンヌよ、その手はわしも考えた。しかし実行するのは不可能じゃろう」
「どうしてです?」
「化身を交代させるには樹のそばまで行く必要があるが、それができないのじゃ」
その言葉をアザゼルが補足する。
「そうだ。マリナカリーンに相談され部下をルーナニア城塞に忍び込ませてみた。結果は、暗黒樹の激しい攻撃を受け樹に近づけなかったのだ。無数の枝が槍や鞭のように襲ってくる」
「アザゼルの話が本当なら詰んでるな。暗黒樹は闇魔力で極限まで強化されているんだぞ。そんな枝で攻撃されたら防ぎようがない」
ベリアルの言葉に全員がうなだれる。
「気落ちしているところすまぬのじゃが、さらに悪い知らせがある」
「まだ何かあるのか?」
「サタンに協力するよう申し入れたが拒まれた。最悪の場合、あやつは敵に回るやもしれん」
サタンの名前が出たとき、マリが疑問を口にした。
「お祖母さま、わたしはサタンに会ったことがありません。どのような魔王なのです?」
「あれは謎の多い魔王での。おそらく、アザゼルやベリアルでさえ面識がないのではないか?」
「ああ、直接やりあったことはない」
「俺もだ」
二人はそれぞれ口にする。
「わしは奴の正体を知っておるが、口外しないと誓約しておってな。おぬしらに教えることができないのじゃ。ただ、敵に回りかねない魔王とだけ言っておこう」
「状況は絶望的というわけだ。まあ、それがわかっただけでも収穫だが」
「ベリアルよ、
「ええ、アマルモンたちも同意してくれました。魔の森に住まう者たち全員分は無理ですが、あなたたち一族が生きて行ける分は確保できます」
「そして俺たち魔族は、お前ら竜族に頭が上がらなくなるわけだ!」
「おい、ベリアル。言いすぎだ」
「すまない、せっかくの好意だというのに。俺はいちどベリルナ城塞に帰る。何か進展があったら知らせてくれ」
言い終わると、ベリアルは掻き消えるようにその場からいなくなったのだ。
「ベリアルは瞬間移動できたのですね」
「能力を明かしてみせたのは礼のつもりだろう。素直に受け取っておけ」
「そうさせてもらうとしよう。今日はこれでお開きじゃ」
この日の会合は、暗黒樹の攻略が極めて難しいことを確認しただけで終わった。マリは天井を仰ぎ深いため息を漏らしたのだ。
◇*◇*◇
闇の魔導士会は、本陣をザエル城塞から暗黒樹のあるルーナニア城塞へ移すことにした。そのため、急ピッチで復旧作業が行われている。
その城塞の一室で、ダークヴァンパイアの王エナトル・ラノワが二人の側近と話していた。
「王よ、何をお考えです?」
「いや、すまぬ。会議中であったな」
「何か気になることでも」
「前王のことを考えておったのよ」
「お父君、ラキトルさまは偉大な王であらせられました。大魔王となり強大なアンデッド軍をお作りになられた」
「左様。暴竜の制御さえ成功しておれば、魔の森の覇者となっておられたはず」
「過ぎたことは語るまい。今の我らにできるのことは、闇の魔導士会と手を組みわずかな闇結晶を得ることだけだ」
その時だった、彼らしかいないはずの部屋に別人の笑い声が響いたのだ。
「くっくっくっ、大魔王のご子息の言葉とは思えませぬな。ラキトルさまも
エナトルが辺りを見渡すと、部屋の隅に銀髪の男が立っている。
「フォックスか! 盗み聞きなど王のわしに対してあまりに無礼。ただで済むとは思うまいぞ!」
「落ち着かれよ、ラノワ王。俺を手打ちにするのは構わぬが、話を聞いてからでも遅くない」
「主を裏切る奴の話など聞く耳持たぬわ!」
「ハハハ、俺は一度たりとも主を裏切ったことはないぞ」
「何を言うか! メイスン卿を裏切り、煮え湯を飲ませたばかりだろうが」
「メイスン卿との主従関係など、とうの昔に切れているわ。ビリジアーニ卿にも闇の魔導士会にも忠誠を誓ったことはない。俺が主と仰ぐお方は、魔王サタンさまお一人だ」
「魔王サタンだと?」
「そうだ、これで話を聞く気になったか」
やがて騒然とした雰囲気は収まり、エナトルとシルバーの話し合いが始まったたのである。
◇*◇*◇
マリは聖都に戻り、竜神宮の居間で寝そべっていた。その横では、サラとコマリがピーと遊んでいる。
「お姉さま、先ほどからため息ばかり。どうされたのです?」
「ピーをなでようとすると、カプってされるでしょう。どうしたものかと思案してたのよ」
「ごめんなさい、ピーちゃんはまだ小さく分別がつかないのです。もう少し大きくなったらちゃんと言い聞かせますから」
「いいわよ、気にしてないから。それに本気で咬んでるわけじゃないし」
「そうですね。ピーちゃんが本気を出したらお姉さまの手はなくなっています」
サラは何気に怖いことをいう。
「わたしがいた世界では、こういうのをツンデレというの」
「ツンデレ?」
「ええ。冷たい態度をしていても内心は好きでたまらず、そんな感情が自然と顔に出てしまうことよ。高度な愛情表現の一つね」
「わかります! ピーちゃんがお姉さまに咬みつくとき、それは嬉しそうにしていますから」
「ピーはママのことがすき!」
サラとコマリにそう言われると、マリもだんだんその気になってきた。そして、性懲りもなくピーをなでようとする。
―――――カプっ。
「お……お姉さま、大丈夫ですか?」
「へ、平気よ。これは愛情表現なのだから。ほら、ピーも喜んでるし」
手の先にぶら下がり嬉しそうに尻尾を振るピーを見つめ、マリは笑顔を引きつらせたのだ。
腫れあがった手を冷やしながらマリは考える。どうやったら咬みつかれずにピーをなでることができるのか?
―――というのは表向きで、本当は暗黒樹の攻略について考えている。
(お祖母さまの言うとおり、暗黒樹に守られたルーナニア城塞は難攻不落だわ。コマリのブレスが使えないと打つ手がない)
マリはしばらく考え、そして首を横に振った。じつを言うと方法があるのだ。
(聖剣エスタラルドなら暗黒樹の枝を断ち切れる。その気になれば樹のそばまで近づくことができるわ―――でも、あまりに危険すぎる)
エスタラルドはソフィの剣だ。彼女の顔を思い浮かべると、マリは暗黒樹攻略を決断できなかったのである。
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