105話 マリ、出陣する!

 暗黒樹に異変があったことは、聖都にいるマリたちにもすぐに伝わった。


「竜王さま、どういうことでしょうか?」


「これは憶測ですが、暗黒樹はいちど暴走していますね。それを、何らかの方法で再制御したのでしょう」


「再制御したのはレスリーでしょうか?」


「いえ、そうではありません。彼であれば、最初から暴走などさせないでしょう。報告によれば、ルーナニア城塞にはダークヴァンパイアしかいないそうです。もしかしたら魅了魔法を使ったのかもしれません」


「魅了魔法で暗黒樹を制御できるとは思えません。あれは、格下の相手でないと効果がないはずです」


「いえ、条件が揃えばできるのです。三百年前、コマリは闇魔力中毒を起こしました。それにつけ込まれて大魔王にアンデッド化され、魅了魔法までかけられたのです。竜神さまでさえ魔力の制御を失えば術にかかります」


 竜王の言葉を聞きマリは考え込んだ。


「その指摘が正しければ、これは絶好のチャンスかもしれません」


「どういう意味です?」


「コマリが暴竜になったとき、あの子の力は大きく制限されました。暗黒樹が同じ状態であれば能力を落としているはずです」


「ああ、なるほど。確かに魅了状態の者は能力をすべて発揮できませんね」


 竜王も納得したようだ。


「では、聖女。やるつもりですか?」


「ええ、もう計画はでき上っています。危険なので躊躇ちゅうちょしていたのですが、この機会を逃す手はありません」


「わかりました、頑張ってくださいね」


「はい、竜王さま」



 ◇*◇*◇



 それから一週間後、マリたちはルーナニア城塞を包囲していた。


 先陣を切るのはマリとソフィだ。二人の支援を、マリナカリーン、アザゼル、ベリアル、それに聖竜騎士団が行う。


 マリはコマリを抱きかかえながら、作戦を確認していく。


「お祖母さま、この作戦の最大の障害は魔王サタンです。彼が介入できないよう牽制をお願いします」


「任せておれ。アザゼルとベリアルの配下を総動員する。城塞にはネズミ一匹近づけないじゃろう」


 それから聖竜騎士団に指示を出した。


「グレン。暗黒樹の制御に成功すれば、わたしからコマリに連絡します。この子の合図で聖竜騎士団は城塞に突入してください。目的は、ダークヴァンパイアの排除と城塞内の制圧です。ただ、逃げようとする者は追わないでもらえますか」


殲滅せんめつじゃないのか? まあ、命令だし俺たちは従うだけだが。それに、マリのそういうところは嫌いじゃない」


 グレンがうなずくと、次にマリはシスに話しかけた。


「シス、あなたとユーリくんが暗黒樹のそばに行くことが、この作戦のクリアー条件だからね」


「任せておいてよ。あたいが必ずを目的地まで連れて行くから。ルリ姐さん、リン姐さんも一緒だし」


(化身の交代も、わたしが責任を持ってやりとげましょう。聖女は大魔王を排除し魅了魔法を解いてくれれば十分です)


 シスは、竜王の口調になり小声でささやいた。


「ユーリくん、本当にいいのね?」


「はい。それが先生の望みですから」


 彼の目に迷いがないのを確認する。


「ファム、ハリルくん。二人には、シスとユーリくんの護衛をお願するわ」


「こやつの護衛なぞ不本意じゃ!」


 そっぽを向いたファムを、ハリルが苦笑いしながらフォローする。


「わかりました、僕たちが全力で守ります」


 マリも苦笑いしながら、ベリアルに振り返る。


「ベリアル、今回は協力してくれてありがとう」


「いいさ、俺たちのためだからな。それより聖女、渡したペンダントは絶対に失くすなよ」


「ソフィが持ってるけど、あれは何なの?」


「あれには俺の血が入っていて、ペンダントのある場所であれば瞬間移動できるってわけさ。万が一の場合は、俺がソフィを救出する」


「わたしも瞬間移動できるのですが、兄さまと同時に能力を使うのは不可能なの。二人に分かれていても魔力の根源は同じですから。聖女のペンダントを用意できなくてごめんなさいね」


 姉さまと呼ばれるもう一体のベリアルが言う。


「いえ、わたしにはコマリがいますから。ピンチになればこの子が何とかしてくれます。そうよね、コマリ」


 マリの言葉に、コマリは「あい!」と答える。


「アザゼルも、病み上がりなのにありがとう」


「な~に、俺は部隊の指揮をするだけだ。本当は暗黒樹と勝負したかったが、右腕がこれでは剣も握れない」


 彼は笑いながら再生中の右腕を見せた。


 そして、マリはソフィに向き合った。


「ソフィ、今まででいちばん危険な任務になるわ。もう野暮なことは言いません。死ぬときは一緒よ」


「あら、それってまるで愛の告白ね」


「そうよ、わたしはソフィが大好きなの!」


 笑うソフィに、彼女は大まじめで宣言する。


「これは聞き捨てならないね」


「マリも年貢の納め時が来たのよ」


 ルリとリンが、笑いながら二人を見ていた。




「気をつけるのですよ、マリアンヌ」


「無事をお祈りしています」


 ローラとメイは心配そうだ。


「大丈夫です、お母さまメイさん。それより何が起こるかわかりません。お二人とも気をつけてください」


「それは俺たちに任せておけ」


「ローラさま、メイさま、サラは、わたしとご主人で守ってみせます!」


「頼みます、ガルさん、サンドラさん」


 最後に、マリはサラを抱きしめた。


「サラ、必ず帰って来ますから」


「はい、お帰りをお待ちしています」


 サラの肩にはピーが乗っている。


「ピー、小さくてもあなたは魔王です。サラを守るのですよ」


 ピー、ピーと元気に返事をする彼を、マリはなでようとする。


 ―――――カプっ。


 彼女の手にぶら下がったピーは、嬉しそうに尻尾を振るのだった。




「では、みなさん。行って参ります!」


 コマリをローラに預けると、マリは全員に向かって深々と一礼する。そして、ソフィと一緒に暗黒樹を目指して出発したのだ!

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