106話 対決! 大魔王エナトル!!

 ルーナニア城塞の門をくぐり、マリとソフィは戦場に足を踏み入れた。


 ズザッ、ズザザザ―――ッ!!

 暗黒樹の枝が容赦なく襲って来る。


「任せて!」


 ソフィの聖剣エスタラルドがきらめき、枝が次々と切り落とされる。


「マリの言っていたとおりね。暗黒樹の攻撃に精彩がないわ」


「うん。これなら何とかなりそう。でも、慎重に進みましょう」


 二人はゆっくり歩きだす。


「それにしても、ソフィがここまで腕を上げていたとは知らなかったわ。エリックの教え方はそんなに上手だったの?」


「彼の指導も大きいけど、原因はおそらく世界樹の加護ね。神聖魔力を扱う能力が格段に上がってるのよ」


「そうか、世界樹の実を食べたものね。一緒にフレイアのキスもごちそうになっていたけど!」


「まだ怒ってるの? あれは仕方ないでしょう」


「どうだか! 喜んでたんじゃないの」


「もぉ、マリったら! 今は作戦中よ」


 ソフィは盛大なため息をつく。


「それにしても攻撃が少ないわね。魅了魔法の影響で能力が落ちてるのを差し引いても、これは少なすぎる」


 マリはソフィをしげしげと見つめたあと、彼女から距離を取った。すると暗黒樹の枝が数本、もの凄い速さでマリを襲ったのだ!


 それはソフィに薙ぎ払われる。


「やっぱり」


「どういうこと? マリ」


「暗黒樹の標的はわたし一人で、ソフィを狙ってないのよ」


「そういえば、わたしへの攻撃は一度もない」


「これも、世界樹の実の影響じゃないかしら。この暗黒樹は世界樹から株分けしたものなの。その実を食べたソフィを同族と認識してるんだわ」


 マリはしばらく考え、ニヤ~っと不気味な笑顔を作った。そして、ソフィに寄り添い体をベタリと密着させたのだ。


「はぁ……何を考えついたか、だいたい予想してたけど」


「こっちの方が安全だもん。それに考えついたのは別のことよ」


 ソフィに顔を近づけ耳元でささやく。


「なるほど。それはグッドアイデアだわ!」


「でしょう」


 二人は笑い、腕を組んで先へ進むのだった。



 ◇*◇*◇



 暗黒樹の前には祭壇があり、その壇上ではエナトルが悠然と座っていた。彼の横にはデボラが控えている。


「王よ、城塞を取り囲んでいる敵軍に動きがありました。女が二人、城門をくぐり歩いて近づいて来ると」


「聖女とその騎士であろう」


「どういたしましょう?」


「先ほどから暗黒樹に攻撃させているのだが、どうも思わしくない」


 エナトルがデボラを見やると、彼女は虚ろな顔を横に振るだけだ。


「やはり、魅了魔法では能力を完全に引き出すことができぬか」


「部下を差し向けましょうか?」


「わしの親衛隊では聖女とまともに戦えまい。返り討ちに合うのが関の山だ」


 エナトルはしばらく考え、部下に命令した。


「聖女はわしが自ら始末する! お前たちは決して手を出すでないぞ」


「王であれば聖女に打ち勝つことができましょう。しかし、あやつには竜神がついております」


「フフ、まだ話してなかったか。この暗黒樹がある限り竜神は手を出せないのだ。強引に神聖ブレスを使えば、暗黒樹ごとアルデシア大陸が壊滅してしまう」


 彼の説明を聞き、部下たちがうなずく。


「竜神以外に、大魔王となられたエナトルさまを滅ぼせる者などおりますまい。暗黒樹に守られたこのルーナニア城塞は無敵ですな」


「そうだ! ここを一族の拠点とし新たな王国を作る。もう闇結晶の枯渇に悩むことはないのだ」




「そう上手く行くかしら?」


 辺りに澄んだ声が響き渡った。エナトルが声のする方を向けば、そこにはマリとソフィがいる。


「ようやく現れたか、聖女よ!」


「エナトル、過去の遺恨はすべて水に流します。ダークヴァンパイアにも闇結晶を融通しましょう。ここを立ち去り自分たちの領地へ帰りなさい」 


「水に流すだと? 父を滅ぼし同胞を虐殺したお前がそんな言葉を吐くか!」


「あなたの怒りはもっともです。ですが、暗黒樹をこのままにしておくことはできません。暴走を何とか抑えこんでいるようですが、これからどうなるか誰にもわからないのです」


「暗黒樹はわしが管理する!」


「魅了魔法では制御できません!」


「話し合いは平行線だな。暗黒樹が欲しければ力ずくで取り返すがよかろう!」


「仕方ありません。あなたたちとは、もう戦いたくなかったのですが」


 両者の間に緊張が走った!

 グオオォォ―――ォォオオッ!!


 エナトルが咆哮を上げ闇魔力を開放する!

 体は巨大化し瞳は紅く輝きだした。大きな牙に鋭い爪が鈍い光を放っている。


「フハハハッ! 聖女よ、お前を切り裂く夢をどれだけ見たことか! その念願がいま叶うのだ」


 その姿は怨嗟に塗れた禍々しい魔獣だ!


「エナトル、最後に一つだけ聞かせてください」


「何だ!?」


「あなたは同胞を殺そうとしました。なぜです?」


 マリが言ってるのは、エトナ城塞でマリナカリーンが保護しているダークヴァンパイアたちのことだ。


「あいつらは戦うことを拒んだクズよ! お前に降伏しようとしたので制裁を加えたのだ。力もないくせに闇結晶だけは消費する。そんな連中など必要ないっ!!」


 それを聞きマリはため息をついた。


「あなたは先王とずいぶん違いますね」


「俺と父が違う?」


「ラキトルは、力のないヴァンパイアたちが生きて行けるよう、あえて闇落ちを選びました。それに反対した者もいましたが、争うことはしなかった。考えが違う同胞でも彼は大切にしたのです」


 彼女はエナトルを見据える。


「もう一度言います! 同胞のためにも争いは止めてください。そうしてくれるなら、竜族はダークヴァンパイアの支援を約束します」


「うるさいっ、仇が父の名を口にするな!」


 彼は逆上し再び咆哮を上げた!

 そして、マリに向かって突進したのだ!!

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