107話 怨讐の彼方に

 グオオォォ――――――ォオオッ!!

 咆哮を上げながらエナトルが突進して来た!


「作戦通りに!」


 ソフィが後方へ下がる。その途端、マリを目がけて暗黒樹の枝が襲って来る。


「防御は任せて。マリは大魔王だけを狙うのよ」


 ソフィはスラッシュを放ち、迫る枝を薙ぎ払った。そして、マリもエナトルに向かい走る!


「その挑戦、受けて立とう。来い聖女!」


 その言葉に呼応するように、マリは聖女の恵みを撃ち込んだ!


 それは、強烈な光となってエナトルを包み込もうとするが、彼の体から発した膨大な量の闇魔力に吸い込まれてしまったのだ。


「クククッ、素晴らしい! 今まで聖女の神聖魔力に対抗できるアンデッドなどいなかった。俺はその魔力すら上回ったのだ!!」


 エナトルは一気にマリに襲いかかる。すると、後方からソフィのスラッシュが放たれ彼の右腕を切断した。


「さすが聖剣エスタラルドか。しかし、その程度の攻撃など痛くも痒くもない!」


 彼の腕は瞬時に再生されたのだ!


「神聖魔法も効かぬ! エスタラルドも致命傷を与えられぬ! お前たちに勝機はない! 死ね、聖女!!」


 突進してくるエナトルを見据えながら、マリは哀し気につぶやいた。


「エナトル、あなたにはすまなかったと思っています。でも、こうするしかありませんでした」


 マリは両手を空へ向け力の限り叫ぶ!


「コマリ――――――っ!!!!」


 刹那、一筋の閃光がエナトルの胸を貫いた!


「こ、これは神聖ブレス? バカな……暗黒樹の中では使えないはず」


「ソフィが、何の考えもなくスラッシュを撃ち続けたと思っているの?」


 エナトルは、最後の力を振り絞り暗黒樹を見上げた。そこには、枝が切り払われ青空が見える空間があったのだ。


「そうか……暗黒樹の枝を払い、神聖ブレスの軌道を確保していたのだな」


 胸に開いた小さな傷がみるみる広がっていく。


「フフフ、再生も効かぬとは。これが闇を滅ぼす聖なる光―――竜神を敵に回した時点で、わが一族に未来などなかったということか」


 やがて彼は一塊の灰になり、その場で崩れ落ちたのである。




 滅び去ったエナトルのそばで、マリはうなだれつぶやいた。


「ダークヴァンパイアの王よ、わたしが愚かなばかりに辛い運命を背負わせてしまいました。許して欲しいとは言いません。ただ、この場所でわたしが償うところを見ていてください」


 マリはしゃがみ込み、灰になったエナトルをすくい上げる。その目からは大粒の涙が止めどなくあふれ出るのだった。


「マリ、今は暗黒樹の制御が先よ」


「そうね」


 マリはデボラに近づき、聖女の祝福を最大魔力で放った。暗黒樹の活動は完全に停止し、デボラは安らかな寝息を立てはじめたのだ。


「ソフィ、わたしも魔力を使い切ったわ。もうしばらくすれば、グレンがここに来るでしょう。あとのことはお願いね」


「うん、わかった。おやすみ、マリ」


 そして、マリは意識を失ったのだ―――




 そして、日付は翌朝に変わる。


「う~~ん」


「あ、お姉さま。お目覚めになりましたか」


 マリが目を覚ませばそこは竜神宮の寝室で、ベッドの上にはサラとコマリがいる。ピーも毛布にくるまっていた。


「おはよう、サラ。早速で悪いけど、わたしの意識がなくなってからのことを教えてくれるかしら?」


「はい。すべて予定通りに行きました。ユーリさまが化身になり暗黒樹を制御しています。デボラさまはすぐに意識を取り戻しました。ルーナニア城で寝ていますから、元気というわけにはいきませんが。

 ―――それと、あの」


「あの?」


「デボラさまに頼まれ、エルフィナさまというエルフの方をわたしが蘇生しました。お姉さまのお許しがなかったのにすみません」


「いいわよ、わたしも同じことをしたから。そう思ったからサラも蘇生したんでしょう」


「はい! お姉さまなら必ずそうなさると思いました」


 サラの髪を優しくなでていると、横にいるコマリがマリの手を引っ張る。


「そうそう、いちばんの大手柄はコマリだもの。あなたがいなかったらこんなに上手く行かなかったわ。ありがとう」


 コマリの頭をなでてやれば、彼女は嬉しそうに抱きついてくる。


「ピー、ピー」


「そうね、今回はピーも頑張ったものね」


 最後にピーをなでようとしたとき。


 ―――――カプっ。


 ピーはマリの手にぶら下がり、ちぎれんばかりに尻尾を振って喜ぶのだった。



 ◇*◇*◇



 以下は、暗黒樹事件のその後である。


 暗黒樹は化身となったユーリに制御され、今もすくすく育っている。


 暗黒樹があるルーナニア城塞には、マリナカリーンが保護していたダークヴァンパイアが移住した。いにしえの都を復興させるため、彼らが頑張っている。数百年もすれば、闇魔力を好む者たちにとって楽園になるだろう。


「エナトルの配下だったダークヴァンパイアたちも、ここで暮らせばいいのに」


 暗黒樹を見上げ、マリは心からそう思う。サンドラが交渉しているが、遺恨が根深く難航しているようだ。




 魔の森攻略軍は、デボラに率いられ東聖国へ撤退した。莫大な損失を出し、しばらく活動できないだろう。


 魔王サタンは動かず終いで、レスリーと竜神の杖は行方知れずのままだ。


 暗黒樹の根が封鎖していたダンジョンは、アザゼル、ベリアル、サタンの領地にあるすべてを開放した。サタンの領地まで開放するのは反対意見があったが、あえて開放した。マリは無用な対立を避けたかったのだ。


 いくつかの問題を残したままだが、こうして事件は幕を閉じたのである。

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