48話 マリ、お尋ね者になる!

 6月1日の早朝、マリ一家は共和国を発ち神国へ帰ることにした。


「お姉さま、ルーシーにずいぶん長居してしまいましたね」


「二か月いたものね。でも楽しかった。ミスリーで留守番しているソフィには、悪いことしちゃったけど」


「彼女なら大丈夫ですよ。神殿の若い娘とよろしくやっているに決まっています」


 サンドラの言葉にマリの笑顔が引きつる。


「そういえば、サンドラさん。何やら浮かない顔をしてますが?」


「また、コマリに乗るのかと思うと憂鬱ゆううつで」


「時速三百キロで飛ぶのは辛いです」


 サンドラとサラは仲良くため息をもらした。


 三人は森の中にいる。しばらくすると竜のコマリが舞い降りて来た。彼女の背中にはガルが乗っていて、笑顔で手を振っているのだ。


「おーい、ようやく完成したぞ!」


 それを聞いてコマリを見れば、ランドセルみたいなものを背負っている。


「これは飛行用のバックパックだ。これがあれば楽に移動できる」


 四人はその中へ入り、コマリは大空を目指して羽ばたいた。




「お姉さま、これは快適です!」


「本当ね、この中にいれば風圧に晒されないわ。その代わり光が入らないので真っ暗だし、外の様子がわからないのが難点だけど」


 すると周囲が明るくなった。サンドラが照明魔法を使ったのだ。


「神聖魔力は空気と反応して光るから、照明として使えるのですよ」


「ああ、そうでしたね。ダンジョンに入るときはいつも使っていたのに、最近は行ってないのですっかり忘れていました」


「外の様子がわかる魔法はないのですか?」


「ありますよ、サラ。二つの水晶玉を使い、一つの玉に映る景色をもう一つの玉に映し出す魔法があります。それを使えば、外の様子をここから確認することができるでしょう。家に帰ったらすぐに水晶玉を用意します」


「ありがとう、サンドラさん。このバックパックを作ってくれたガルさんといい、お二人には世話になりっ放しです」


「いいですよ、小さなことですし。それに、ご主人は日曜大工や工作が大好きで得意ですから」


「ですよね。温泉宿も、ガルさんがいなかったらあんな立派なものにならなかったですもの」


「あれは、ガルさまが作ったのですか?」


「そうよ、ガルさんが設計して建てたの。あの時はコマリも大活躍したものね」


 マリが褒めるとバックパックが大きく揺れる。


「コマリー、嬉しいのはわかるけどちゃんと飛ぶのですよー」




 そうこうしているとコマリが降下しはじめた。着地したのでバックパックから出れば、そこはミスリーでなく目の前には見慣れた温泉宿がある。


 彼女は竜から子供の姿に戻り、宿の中へかけ込んでしまった。


「ミスリーへ行くよう言ったんだけど」


「お姉さま、温泉宿の話をしたのが原因ですね。温泉のことを考えると、コマリはもうそれしか頭にないですから」


「ははは……仕方ないから、今夜はみんなで温泉に入りましょうか」


「それはいいが、ルーシーからここまでどれくらいの距離なんだ? 確か30分くらいしか飛んでないはずだぞ」


「ガルさま、詳しくわかりませんが千キロくらいだと思います」


 サラの説明をもとに、マリは時速を計算してみる。飛行時間が30分で移動距離が千キロ―――


「時速二千キロ!」


「コマリが時速三百キロで『ゆっくり飛んだ』と言ってましたけど、本当のことだったのですね」


 マリとサラは仲よくため息をもらした。

 こうして、マリ一家は温泉宿で一泊することになったのである。



 ◇*◇*◇



 翌日、マリたちは再びミスリーへ向かって飛び立った。コマリが着陸したので外に出てみれば、そこはまたしてもわが家でなく森の中だ。


「コマリ、どうしてお家へ帰らないの?」


「ママー、おうちがへん」


「お家が変?」


 マリは小首をかしげる。


「こわいおじちゃんがいっぱいいた~」


「館の様子がおかしいので、コマリはこの森に降りたんじゃないのか」


「ご主人の言うとおりだと思います。ここはミスリー近郊でしょう」


 サンドラが指さす方を見れば、木々の隙間からミスリー城塞が見える。


「ここで待っていてくれ。俺とサンドラで城塞の様子を見てくる」




 それから三時間―――偵察に行った二人が戻って来た。


「大変だぞ、館が封鎖されている。それに、マリが指名手配されてるんだ!」


「わたしが……ですか?」


「ええ、そうです。罪状は反逆罪でした」


 突然のことにマリは茫然と立ちつくす。


「反逆罪って言われても、まったく身に覚えがないのですが」


 彼女が首を捻っていると、ガルとサンドラが詳しい事情を説明してくれた。神国で政権が変わり、貴族序列二位のパウエル侯が新しい宰相になっているのだ。前宰相のヴィネス侯は行方知れずで、同じように指名手配されている。


 ここまで聞いてマリも状況が理解できた。神国で政変クーデターが起きたのだ。


「どうしてこんなことに?」


「その辺はわからなかったが、どうせつまらないことで揉めたんだろう」


「それで宰相閣下は?」


「何とかミスリーから脱出したそうです」


 ヴィネス侯の無事を知り一安心したマリだが、事情がわかるとだんだん腹が立ってきた。


(わたしたちは、貴族の権力闘争に巻き込まれたわけね!)


 ブーエルを討伐し、これから平穏な暮らしができると喜んだばかりだ。それをぶち壊した貴族たちを思うと、言いようのない怒りが込み上げてくる。

 

 そして、マリはミスリー城をにらみつけた!


「ママ~、あのおしろをばりばりごーごーしていい?」


 コマリの声を聞いて振り返れば、彼女も城をにらみつけている。


「ダメですよ~、バリバリゴーゴーしてはいけません。わかった?」


「あい」


 笑顔に戻ったコマリを見て、マリは胸をなでおろした。


(ふぅ、わたしの怒りがこの子に伝わったのね。危うくブレスで城を蒸発させるところだった)


 あまり怒らないようにしよう……マリは反省するのだった。


「それで、お姉さま。これからどうされます?」


 サラが心配そうにたずねる。


「そうね、王国へ行ってみましょう。もともと行く予定だったし、行けば何かわかると思うわ」


 こうして、マリたちはルーンシア王国へ向かったのだ。

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