112話 明かされるピーの出自
一年前、ガルリッツァ連合国はイブルーシ共和国へ軍事侵攻した。マリはそれに巻き込まれ、悪戦苦闘の末に阻止した過去がある。
(メイスン卿は連合国の盟主だし、闇の魔導士会のメンバーだった人よね。そんな方と上手く話ができるかしら)
重い足を引きずるようにして、マリはゼビウスに会った。だが、意外にも会談は和やかな雰囲気で進んだのだ。
「はっはっはっ。聖女さまが来られたと聞いたとき、ダークヴァンパイアと連合した件を詰問されるのでは、と冷や汗が出ました」
「その件について、おおよその事情は存じております。閣下を非難しようとは思っていません。今日は別の用件で参りました」
「話は聞きいています。ここにいるヨルムンガンドに頼みたいことがあると」
ゼビウスは後ろに控える部下を見る。それは、美しい白髪を持った三十代の騎士であった。
ゼビウスとの会見を終え、マリはヨルムンガンドと一緒にサラたちが待つ部屋に向かった。
「ヨルムンガンドさま……いえ、神聖王さまとお呼びした方がいいでしょうか」
「神聖王ですか。これはまた懐かしい呼び名だ。聖女さま、私のことはヨームと呼んでもらえると嬉しいです」
「それでは、わたしはマリと呼んでください。ヨームさま」
「わかりました。マリとは気が合いそうですね」
二人は笑いながら控えの間へ入る。そこでは、サラ、コマリ、ピーが楽しそうに遊んでいた。
ヨルムンガンドはコマリの前まで行き、両膝をついて挨拶した。そして、マリから
「なるほど、そういうことですか」
彼はそうつぶやき、サラの膝に抱かれたピーを見つめる。
「わかりました。一緒に神界へ行き玉藻前に会いましょう」
「ありがとうございます、ヨームさま!」
マリとサラは一緒に頭を下げる。
「その前に確かめたいことがあります」
ヨルムンガンドは席を立ち、ピーの前でひざまずいた。そして、サラに抱かれた彼と目線を合わせたのだ。
「私が誰だかわかりますか?」
ピーは首を横に振る。そんな彼の手をヨルムンガンドは握った。
「落ち着いて思い出すのです。静かに心の奥底を見つめなさい。温かな思い出があなたにもあります、そうですね」
ピーが首を縦に振ると、ヨルムンガンドは優しい笑みを浮かべたのだ。
「ネイト……誰のことかわかりますか?」
それを聞いた途端、ピーの表情が激変した!
「……マ……マ」
そう言いながら涙を流す。
「マ……マ、マ……マ」
そしてサラにしがみついたのだ。そんなピーを彼女はきつく抱きしめた。
「ヨームさま。これはどういうことです?」
「そうですね、きちんとお話しましょう。ピーは私の息子なのです」
物語は二千年前に遡る―――
ヨルムンガンドが神界の騎士団長だったころ、竜神の剣が盗まれるという大事件が起きた。彼はすぐに剣の行方を求めて旅立ったのだが、そのとき悲劇が起きたのだ。彼の妻であったネイトが処刑され、そして、生まれたばかりのピーも行方不明になってしまう。
「竜神の剣を盗まれるのは重大な罪なのです。誰かがその責を負わなければ収まりがつきませんでした」
「そんな」
「罪を問うなら私に問えばいい。しかし、私を処刑すれば事件が公になってしまう。それで剣が盗まれたことは隠し、私の妻と子を秘密裏に処刑しました。私に対する罰なのです」
あまりのことにマリは声を出せなかった。
「決定を下した玉藻前を恨んでいません。妻は彼女の友人でしたし、玉藻前も苦悩したでしょう。
―――私は神界を去り、今も竜神の剣の行方を追っています。わが子のこともずっと探していました」
ヨルムンガンドは、もう一度サラに抱かれているピーを見た。それは、慈愛にあふれた父親の眼差しだったのだ。
◇*◇*◇
マリは聖都へ帰ることにした。彼女も、サラも、ピーも、気持ちを落ち着けないとこれ以上先に進めなかったのである。
「なるほどの。名無き魔王の過去にはそんな秘密があったのか」
話を聞き、うなずいているのはファムだ。
「名無き魔王……いや、ピーは、亡くなったエルフの大長老が預かり、秘密裏に育てていたのじゃろう。おそらく、預けたのは玉藻前本人じゃな」
「そうでしょうね。罪人にされたピーをかくまうなら、あそこはうってつけです」
二人は、名無き魔王のことを思い出した。ファムが隠里のエルフに頼まれ、現在の生にしがみついていた魔王を討伐し、無理やり生まれ変わらせたのだ。
「生まれ変われば記憶を失くしてしまう。小さなころに別れた母を忘れたくなかったのじゃろう。知らなかったとはいえ、惨いことをしてしもうた」
「わたしたちは、ピーから母親の想い出を奪ってしまうところでした」
それからしばらくして、マリはヨルムンガンドと共に神界を訪れた。
真実は予想した通りで、ピーは玉藻前がエルフの隠れ里の大長老に預けた。彼が生きていると知れれば追手がかかる。それで、闇落ちさせ出自を隠したのだ。
ピーを抱きしめ泣きながら許しを乞う玉藻前を見つめ、マリは彼女を責める気になれなかった。一族の長として重い責任を背負う玉藻前を、自由気ままに暮らす自分が非難するのは筋違いとしか思えなかったのだ。
そして、玉藻前の介助でピーは人間に変身できるようになった。一歳くらいの男の赤ちゃんで、髪はストロベリーブロンドだ。
「ピーの髪が赤味を帯びているのは、赤い髪の印象が強いからだって。きっと、サラへの想いがそうさせたのね」
「はい、お姉さま。でも、ピーちゃんはわたしが育てていいのでしょうか?」
腕の中で寝息を立てる赤ん坊のピーを見つめ、サラがたずねる。
「ヨームさまがおっしゃっていたけど、蛇やトカゲの神族って父親が子育てに参加しないそうよ。サラが育てた方がピーのためにもいいだろう、って」
「そうですね。わたしがいないとピーちゃんはすぐに泣きだしますし」
二人の声で目が覚めたのか、ピーはごそごそと動き出した。そしてサラの顔を見つめ「ママー」と、嬉しそうに笑ったのだ。
ピーとコマリをサラに預け、マリは玉藻前、ヨルムンガンドと話し合った。
「玉藻前さま、ヨームさま。改めてお聞きします。竜神の剣は二千年前に盗まれていたのですね」
「すまぬ、聖女よ。神族の落ち度を棚に上げそなたを非難したこと、謝罪しよう」
「いいえ、わたしが竜神の杖を失くしたことは事実ですから。それより、一刻も早く二つの神具を取り戻しませんと」
「しかし、手掛かりがまったくありません。私はこの二千年探し続けたのですが、どこにあるのか、いえ、どうやって盗まれたのかすらわからないのです」
「ヨームさま、わたしに心当たりがあります」
「本当ですか!?」
「ええ。竜神の杖を持ち去ったのは魔王オセと名乗る魔族でした。そして、彼は魔王サタンの配下だそうです」
暗黒樹事件のあと、マリはデボラとエルフィナから事情を聞いた。竜神の杖を所有しているのはサタンで間違いないだろう。
「サタンとは厄介じゃな。わらわたちは神族ゆえ魔の森では大っぴらに動けぬ」
「玉藻前の言うとおりだ。手の出しようがない」
「この件は、わたしたち竜族が調査します。魔族にも知り合いがいますし、何かわかればすぐにお知らせしましょう」
頭を下げる玉藻前に別れを告げ、マリたちは神界を後にしたのである。
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