113話 竜の力の謎

 ピーが神族だとわかり人間に変身できるようになった。彼の喜びようは大変なもので、その様子を見ているマリまで嬉しくなってしまう。


「おー、おー、可愛いのぉ」


 赤ん坊のピーをあやしているのはマリの祖母、マリナカリーンだ。


「そうでしょう、お祖母ばあさま。神界でもピーの人気はもの凄かったのですよ」


 マリはそのときの様子を自慢げに語る。玉藻前タマモノマエなど、彼を抱いたまま離そうとしなかったくらいだ。


「神族にしろ魔族にしろ、寿命が長いゆえあまり子を作らぬ。なので幼子おさなごは可愛がられるのじゃ」


 そう言いながら、マリナカリーンはある物を取り出した。それは、白銀にまばゆく光る神聖結晶のペンダントだ。


「わしからのプレゼントじゃ。ピーは神聖ブレスを放てるからの。それは神聖魔力が結晶化したもの。身に着けておれば好きなだけブレスを撃てるぞ」


 ペンダントを首にかけてもらい、ピーはご機嫌だ。よちよち歩きながら、みんなに見せて回る。そんな姿を、サラが笑いながら見守っていた。


「はぁ、癒されるの~」


「まったくです、お祖母さま」


 二人は頬を緩ませまったりとくつろいだ。


「お母さまにマリアンヌー、ピーで現実逃避するのは止めてくださいねー。わたしたちが竜神の杖を失くしー、神界でも竜神の剣が盗まれていました。このことで大騒ぎになっているのですからー」


 そう言うのはマリーローラだ。二人はしぶしぶ彼女の前へ行き腰を下ろした。


「ローラよ、少しくらいいいであろう。そのことについて、わしが会議でネチネチ嫌味を言われておるのじゃ。現実逃避もしたくなるわ」


 盗まれた二つの神具の件で、神聖種族会議が開かれている。それに、竜族の代表としてマリナカリーンが出席しているのだ。


「申しわけありません。わたしもお母さまも、二千年前のことを知らないのです。お祖母さまを頼るしかありません」


「二人とも、千年経たずに代替わりするからじゃぞ。竜体を受け継いだら五千年は仕事をしてもらわんと困る」


「五千年もおつぼねさまですかー。わたしは嫌です」


「これ、ローラ! お前は竜族として自覚が足りん。それに、語尾を伸ばすのは止めよと何度も言っておるであろう」


「それはー、わたしの自由ですよー」


 マリナカリーンとローラのあいだに火花が飛び散る。


「まぁ、まぁ、母娘喧嘩はそれくらいで―――それより、会議はそんなに荒れているのですか?」


「荒れ狂っておる。特にエルフ族がうるさくて敵わぬわ。アルミナスの奴、小僧のくせに大きな顔をしおって!」


 アルミナスというのは現在のエルフ王で、五千年生きている古強者だ。


「それで、どういう結論になりそうです?」


「二つの神具を持っているのはサタンじゃ。エルフ族は魔の森に攻め込むと息巻いておった」


「戦争になるのですかー?」


 ローラがたずねる。


「いや、宣戦布告には証拠が必要じゃ。サタンが犯人というのは憶測にすぎぬ」


 とりあえず戦争がないと知り、マリはホッと胸をなで下ろした。


(しかし、三大神具を集めてサタンは何がしたいのだろう? それがわかれば手の打ちようもあるのだけど)


 そして盛んに首をひねるのだった。



 ◇*◇*◇



「魔王サタンが何をしたいか? ですか」


 マリの話を聞いて思案しているのは、連合国盟主ゼビウス・メイスンだ。


「はい。レスリーは、おそらくサタンの元にいるでしょう。二人に共通する何かがあるように思えるのです。閣下は心当たりがありませんか?」


「そう言われましても……私とエマニュエル卿は竜の力を研究していただけで」


「そもそも竜の力とは何なのでしょう?」


「それについては、竜族である聖女さまの方がお詳しいのでは」


「竜の力は強大で、竜神といえど能力に何重もの制限がかかっています。恥ずかしい話ですが、知らないことの方が多いのです」


「わかりました。まだ仮説ですが、我々が知りうる限りのことをお話しましょう」


 ゼビウスは生徒に聞かせるように、淡々とした口調で語りだした。




 竜の力。一言で説明すれば、魔力を生み出し制御する能力である。


「竜の力の根源物質を、我々は『竜元素』と名付けました。すべての魔力は竜元素が別次元から召喚し制御しています。その竜元素が集まり生命体になったのが竜神さまなのです」


「竜神……つまり竜体が、神聖魔力と闇魔力を発生させているのですね」


「竜体は闇結晶を排出します。使わなかった闇魔力を処理しているのでしょう。また魔法を無効化します。二つの魔力を制御している証拠です」


(二つの魔力を制御する竜元素ね。魔法を無効化するなら逆もできるのかしら)


 そう考えたとき、マリの背中に悪寒が走った!


「閣下。暗黒樹と神聖ブレスが反応したとき、信じられない巨大爆発が起きました。竜元素はそれを再現できるのでしょうか?」


「おそらくできるでしょう。聖女さまは、一万年前に栄えた神聖ルーン帝国をご存じですか?」


「はい。小さなころ母に教わりました。繁栄におごり神の力に触れたため滅び去ったとか。

 ―――まさか、その神の力って!」


「我々はそう考えています。ルーン帝国は、竜神の杖、竜神の剣、竜神の弓を使い竜の力を制御していました。そして、それを暴走させ滅んだのです」


 マリは目まいがした。


(そんな力をサタンに使われたらアルデシアは滅亡してしまう!)



 ◇*◇*◇



 マリは大慌てで聖都に戻りシスの館を訪れた。


「お願い、シス。緊急事態なの。竜王さまを呼び出してちょうだい!」


 シスが竜王を呼び出せば、彼女の魂は影響を受け変質してしまう。そのため、マリはできるだけ竜王に頼らないようにしていた。だが、今回ばかりはそうも言っていられない。


「マリ、落ち着いて。今から呼び出すから」


 シスは目を閉じ集中する。


「聖女、どうかしましたか?」


 彼女の口調が変わり竜王の記憶が話しだした。


「竜王さま、竜神の杖と竜神の剣が魔王サタンの手に渡りました。もし、竜神の弓まで彼のものになればどうなるのでしょう?」


「三大神具の能力が知りたいのですね」


「はい」


「これについては、遥か昔の竜王の記憶までさかのぼらなければなりません。少し待ってください」


 数分が過ぎ、シスの表情が険しくなる。


「大変です、聖女! 歴代の竜王に三大神具の記憶がありません」


「記憶がない? それは変です。三大神具は過去の竜神が作っています。竜神とリンクできる竜王さまが知らないはずがありません」


「そのはずなのですが……どう検索しても出てこないのです。おそらく意図的に消されたのでしょう。ですが希望はあります。竜王は竜神さまの端末にすぎません。竜体の中には記録が残っているはずです」


 マリとシスは竜神宮へ行き、コマリに三大神具のことを聞いてみる。しかし、彼女もマリが知っている以上のことを知らないのだ。


「コマリはまだ小さく、過去を上手に検索できないのでしょう」


「そうでしょうね、竜王さま」


 マリはうなだれ、シスの口調が元に戻った。


「ごめんね、マリ。力になれなくて」


「気にしないで、シス。三大神具の力がわからなくても打つ手があるから。竜神の弓さえサタンに渡さなければいいのよ」


 しかし、その考えが甘かったと思い知しらされることになる。


 一か月後、西聖国の首都セントエルヴスの近くで巨大な爆発が起きた。それは、核兵器を超える凄まじい破壊力だったのだ。

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