114話 エルフ王、アルミナス

 12月1日の正午、その爆発は起きた!


 ゴゴゴォォ――――――ォオオ!!


 激しい衝撃波と共に地鳴りが湧き起こる! それは瞬く間に、世界樹の森にあるセントエルヴスを呑み込んだ。


「何が起きたのです!?」


 世界樹の女神、フレイアの悲鳴にも似た声が響き渡った!


「フレイアさま、南西の方角で巨大な爆炎が上がりました!」


(火山が噴火した?)そう考えたフレイヤだが、南西の方角に山などない。


 やがて報告が上がりはじめた。


「エルーリャの森が壊滅! 森の木は一本も残っておりません」


「壊滅? あの広大な森がですか! あそこには三万人のエルフがいます」


「奇跡的に人的被害はないそうです。何者かが危険を知らせてくれた、と報告がありました」


「事前に知っていた者がいる? ということは、これは人為的な爆発なのですか」


「そのようです」


「このことを王族方に知らせなさい! 最高会議を開かねばなりません」




 そして、その日の午後にエルフ族最高会議が開かれた。爆発の経緯と詳しい状況がフレイアから報告される。


「まず、諸侯の方々に申し上げておきます。今回の爆発は凄まじい威力でしたが、これですら世界樹の結界を破ることができませんでした」


 世界樹の絶対防衛能力を知らされ、会場には安堵のため息がもれた。


「フレイアさま。発言を許可してもらえますか」


 突然の声に会場の全員が振り返った。フレイアも目線を向けるが、そこには灰色の魔導服を着た男が立っている。


「エマニュエル卿!」


 そう、彼の名はレスリー・エマニュエルだ。


「お久しぶりです」


「どうしてここへ? あなたを最高会議にお呼びした覚えはありませんが」


「申しわけありません。どうしてもお伝えしたいことがあり、無礼と知りつつ勝手に参加させていただきました」


 会場がひどく騒めき怒号が飛び交う。


「皆の者、静まれ!」


 一喝したのはエルヴス王、アルミナス・パナデューセ・ラ・エルヴスだ。


「久しいな、レスリー。エルーリャの森で住民を避難させたのはそなたか?」


「はい」


「そのことについては礼を言おう。それで今日は何用で参った?」


「魔王サタンの使者として参りました」


 再び会場が騒めくが、王の会話中だけに怒鳴る者はいない。


「サタンの使いか。面白い、口上を聞こうではないか。発言を許す」


「感謝します、陛下」


 レスリーは静かに話しだした。


「今回の爆破はサタンの意思で行われました。使ったのは竜神の杖と竜神の剣。竜の力を意図的に暴走させたのです」


「目的は何だ?」


「竜の力がどれほど危険か、エルフ族の方々に理解してもらうためです。それともう一つ、竜の力を制御するため竜神の弓を貸していただきたい」


「今一つ話が見えん。最初から筋道立てて説明してくれ」


 アルミナス王の要望に応え、レスリーがことの顛末を説明する。


「サタンは、竜の力を使い次元の門を開きたいのです。門を開けるだけであれば竜神の杖と竜神の剣があれば可能ですが、二つの神具では制御できません。すぐに暴走して、先ほどのような巨大爆発を起こしてしまいます」


「次元の門を安全に開くため、竜神の弓を貸せと申すか」


「仰せの通りです」


 王は目を閉じしばらく考える。


「なぜ、サタンは次元の門を開きたいのだ?」


「それは私も存じません。ですが、エルフ族の利益を損なうことはしないと誓約するそうです」


「フハハハ、話にならんではないか。そんな申し出など断るに決まっておろう」


「そうなれば、サタンは残された手段に訴えるでしょう。戦争を起こし竜神の弓を奪うか、それとも暴走覚悟で次元の門を開くかです」


「衛兵、この者を捕らえよ! エルーリャの森を消滅させた罪で裁判にかける」


 こうして、レスリーは罪人としてエルフ族に捕らえられたのだ。



 ◇*◇*◇



 セントエルヴスの近くで巨大爆発が起きた。このことは聖都にいるマリにもすぐに伝えられ、彼女は大慌てでエルヴス城に向かったのだ。


 城に到着すると、すぐにアルミナス王との会談が行われた。同席したのはフレイアとマリナカリーンだ。


「陛下。わたしの落ち度で竜神の杖がサタンの手に渡ってしまいました。お詫びしましょう」


 マリは、竜神の杖を紛失したことを改めてアルミナスに謝罪する。


「聖女よ、謝って済む問題ではない。竜神の杖と竜神の剣が使われ、エルーリャの森が消失してしまった。責任を取ってもらいたい」


「森の再生に全力を尽くします。竜族が所有する神聖結晶を使えば、十年ほどで完全に回復するでしょう」


「そうではない! エルフ族は、魔の森に攻め込みサタンと戦うことになる。それに竜神さまを参戦させよ、と言っておるのだ」


「竜族は、アルデシアで生きるすべての者に対して中立です。戦争する一陣営に加担することなどありえません」


「竜神の杖をサタンに渡しておいて、その言い草は何だ!」


「陛下。先ほども申し上げましたが、そのことは深く反省しております。ですが、それは別の問題です」


 エルヴス王とマリがにらみ合う部屋の中で、唐突に笑い声が響いた。


「ハハハハ。マリアンヌよ、実に聖女らしくなったものじゃ」


 マリナカリーンだ。


「エルヴス王……いや、アルミナス。王の立場もわかるが、ここは腹を割って話し合わんか」


「マリナカリーンよ、わしより少し長生きだからと大きな顔をするでない」


 文句を言いつつも彼は笑ったのだ。


「それで、どうするつもりなのだ?」


「コマリは戦争に加担させぬ。そんなことをすれば、調停者として竜族の信頼がなくなってしまうからの」


「それは理解できますが、陛下とて辛いお立場なのです」


 フレイアの困惑した顔を見つめながら、マリナカリーンは話を続ける。


「竜族は中立じゃが、アルデシアの平穏を乱す者に対しては断固として戦う。そして今回はそうなりそうでの。竜の力はそれほど厄介なのじゃ」


「では、エルフ族に味方してくれると」


「これからの展開次第じゃな。サタンが竜の力を再び使えば、その時はエルフ族に力を貸そう」


「その言葉、公言してもよいのだな」


「構わぬ。その代わりこちらも条件がある。エルフ族の方から戦争を仕掛けぬことを約束してもらいたい」


 アルミナスはしばらく悩んでいたが、やがて首を縦に振った。


「わかった。ただし、待てるのは三か月だ」


「うむ、その条件で手を打とう」


 こうして、マリとマリナカリーンはエルフ族との交渉をまとめたのである。

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