115話 神聖ルーン帝国

 エルフ王アルミナスとの会談が終わり、マリとマリナカリーンは貴賓室に案内された。そして、その部屋にある人物が連れて来られたのだ。


 エルフ族に捕えられたレスリーである。


「久しぶりね、レスリー」


「本当に久しぶりだ」


 マリとレスリー。二人が会うのは、彼がコマリを連れて行方をくらませてから三百年ぶりだ。


「あら、左腕をどうしたの?」


「暗黒樹のことでトラブルがあって、そのときに失くしてしまった」


 マリはヒールを使う。すると、彼の左腕は瞬時に再生された。


「治療してくれるのか。殴られるとばかり思っていたが」


「昔はそうしようと思っていたけどね」


 彼女は笑いながら言う。


「私はコマリを連れ去り闇落ちさせてしまった。殺されても文句を言えない立場だ」


「そのことはメイスン卿に事情を聞いたわ。コマリが闇魔力中毒を起こしたのは事故だったって」


「ああ。あの子が闇結晶を排出すれば、すぐに君の元に返すつもりだった。だが闇魔力が暴走してしまい、当時の私ではどうすることもできなかったんだ。本当にすまないことをした」


「そのことはもういいから―――でも一つだけ教えて。あなたの望みはなに? どうしたいの?」


 レスリーが話しだす。


「君は神聖ルーン帝国を知っているかい?」


「ええ、一万年前に栄えたいにしえの国でしょう」


「私は、ルーン帝国を築いた『竜の民』の末裔なんだ」


 それを聞き、うなずいたのはマリナカリーンだ。


「なるほど、それで竜の力に詳しいのじゃな。竜の民が残した記録を受け継いでおったのか」


「そうです」


「レスリーの望みって帝国の復興なの?」


「そう考えていた時期もあったが、今は違う。私は、魔の森を元の状態に戻したいだけなんだ」


「元の状態?」


「ルーン帝国時代の魔の森は、今よりずっと小さかった。森は拡大を続けていて、やがてアルデシアの西半分を呑み込んでしまうだろう」


「魔の森がアルデシアの西半分を呑み込む? それは間違いないの!」


 突然のことにマリは驚いた。


「事実だ。私の住むアルセルナ連盟は、この千年で国土の四割を失っている」


「マリアンヌ、レスリーの言うことは本当じゃ。わしが生まれたころ、九千年ほど昔になるが、魔の森は今の十分の一しかなかった」


「そうだったのですか。知りませんでした。

 ―――それで、お祖母さま。魔の森の拡大を止める方法はないのですか?」


「ないじゃろうな」


 首を横に振り、マリナカリーンが答える。


「いいえ、マリナカリーンさま。止める方法が一つだけあります。それが暗黒樹で、私が受け継いだ竜の民の記録にも、ルーン帝国は暗黒樹を使い魔の森を管理していたとしるされています」


「なるほど。それでレスリーは暗黒樹を作ることにしたのね」


「そうだ。しかし、暗黒樹を作るのは並大抵ではない。苗木を育てるのに大量の闇結晶が必要になるんだ」


「そこから三百年前に話がつながるのじゃな。闇結晶を欲したおぬしはマリアンヌに近づき、コマリが竜体を引き継ぐのを待って誘拐した。竜神も父親になら素直に従うからの。そして闇結晶を排出させた」


 それを聞き、レスリーは深くうなだれた。


「そういう事情があるなら、どうして話してくれなかったの? 闇結晶の手持ちは少ないけど、暗黒樹を作るくらい竜族にもできたのに」


「君に出会う前から闇の魔導士会と盟約を結んでいたんだ。それに竜族は魔族に好意的で、彼らの不利益になることを承知するとは思えなかった」


「確かにそうね……魔の森を縮小すると言えば魔族は反発するわ。わたしも彼らの側に立ち、暗黒樹を認めなかったかもしれない」


 マリは考え込んだ。


「わかったわ、レスリー。暗黒樹を使って魔の森を管理するあなたの計画、実現できるよう、わたしが魔族と話し合いましょう」


「すでにサタンとは交渉してある。次元の門の情報と引き換えに、彼は暗黒樹を承認してくれた」


「あとは、ベリアルとアザゼルじゃな」


「お祖母さま、二人とは親しいです。魔の森の縮小は無理としても、広げないという提案なら納得してくれると思います」


「うむ、その線で交渉するとしよう。縮小するかどうかはそのあとの話じゃ」


「感謝します、マリナカリーンさま。マリアンヌもありがとう。計画はユーリに教えているから、協力してやって欲しい」


 こうして面会は終わり、レスリーは再び牢へと連れて行かれたのである。




 彼が去った部屋で、マリは静かに瞳を閉じた。


「何を考えておる、マリアンヌ」


「ルーン帝国のことです。竜の民や三大神具。それに魔の森のことについて、わたしはあまりに無知でした」


「そうじゃな……しかし、それはおぬしの責任ではない。わしが悪いのじゃ」


「お祖母さま、どういうことです?」


「いい機会だから話しておこう」


 マリナカリーンはマリを見つめる。


「ルーン帝国は、わしの母ニーナマリアが作ったのじゃ」


「曽祖母さまが?」


「帝国は母が夢見た理想郷じゃ。民を愛し竜の力まで授けた」


 竜の力を得たルーン帝国は繁栄を極めた。だが人の欲は限りがない。さらなる力を追い求め、竜の力を暴走させてしまったのだ。その結果、竜の民をはじめ無数の命が失われた。


「母はそのことを生涯悔いておった。竜神が犯したあやまちの中でも、彼女の罪が最も重いのじゃよ」


「もしかして、竜王さまと竜体から三大神具の記憶を消したのは?」


「わしじゃ。母の名誉を守るために帝国の記憶ごと封印した。そのせいで、ローラもマリアンヌも、コマリでさえ、それに関する知識がないであろう」


「はい」


「今にして思えば愚かな判断じゃった。神具の恐ろしさをきちんと伝えておれば、このような事態になっておらぬ。竜の民や魔の森についても同じことじゃ。レスリーの苦悩にもっと早く気がついていたはず。

 ―――すまぬ、迷惑をかけたな」


 うなだれる彼女をマリは抱きしめた。


「お祖母さま、過ちは母娘四代で償って行けばいいのです。今はこれからのことを考えましょう」


「そうじゃな……その通りじゃ」


 こうして、マリナカリーンの手により竜体の記憶の封印が解かれたのである。

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