116話 魔王サタンの正体

 それから数日経ち、マリとマリナカリーンは、サタンの居城であるタナトス城塞を訪れた。竜神の杖、竜神の剣の返還交渉のためだ。


 黄金の竜が城塞に舞い降りると、バフォメットが出迎えに現れた。


「これは、これは。竜神さまに聖女さま、それにマリナカリーンさまですね。お初にお目にかかります。私は、サタンさまの部下でバフォメットです。以後、お見知りおきを」


「バフォメットさんは、シルバー・フォックスさんと同一人物ですよね」


「知っておられましたか」


「はい。臣下のファム・ラヴィーンがお世話になりましたから」


「ハハハ、これは手厳しい。

 ―――それより、サタンさまと会談の準備ができております。こちらへ」


 バフォメットに案内され三人は王の間へ入る。そこには玉座に座る魔王サタンがいたのだ。




 魔王サタン。それはまだ二十代前半と思しき青年の姿だ。

 マリとマリナカリーンが椅子に座ると会談が始まった。マリは膝の上にコマリを抱いている。


「サタンよ、会見に応じてもらい感謝する」


「いえ、私も竜神さまにお会いしたいと思っていましたから。それで、エマニュエル卿に使者になってもらったのです」


「あの、サタンさま。失礼ですが、あなたはエルフですか? 神聖魔力の多さからみてハイエルフの方だと思いますが」


「これ、マリアンヌ!」


「ハハハ、聖女は遠慮がありませんね。ですがその見立ては間違っています。ほら、私の耳は長くないないでしょう」


 サタンは透き通るような金髪でエルフに似ているが、耳の形は人と同じだ。


「私は天使族、セラフィムなのです」


「天使族? 聞いたことがありません」


「でしょうね。数少ない種族でしたし、神聖ルーン帝国と共に滅びましたから」


「マリアンヌ、詮索が過ぎよう―――サタンよ、孫が失礼をしてすまぬ」


「構いません。それでどのような用件で参られたのです?」


 マリナカリーンは、コホンと咳払いして話しだした。


「三大神具のことで来た。竜神の弓を手に入れるため、おぬしはエルフ族と戦うつもりか?」


「まだ決めていませんが、それが最善だと思えばそうします」


「エルフ族は信頼が厚い。あらゆる神聖種族が彼らに加勢するじゃろう」


「そうなれば好都合です。魔族対神族の構図になれば、私と対立しているベリアル、アザゼルも魔族陣営につくでしょう」


「我々は神族側につくやもしれんぞ」


「まさか。竜族は魔族からも信頼されています。長い年月をかけて友好関係を築いたのでしょう。それを壊してまで参戦するとは思えない」


「竜の力を使われれば話が別じゃ!」


「戦争に神具は使いません。これでもあなた方は参戦しますか?」


 マリナカリーンは目を閉じ首を横に振った。


「サタンさま。次元の門を開きたいそうですが、門を開いて何をなさるのです?」


 マリが疑問を口にする。


「門を開く理由は話したくありません。ただ誰にも迷惑をかけませんし、門を開ければ神具はすべてお返しします。名誉にかけて誓ってもいい」


「そう言われてましても。わたしたちがサタンさまを信用しても、エルフ族が納得しません」


「それでは戦争ですね」


 そう言いながらサタンは不敵に笑う。


「サタンよ。戦争は仕方ないとしても、二つの神具で門を開けるのだけは止めてくれんか。門を開く力が暴走すればアルデシアが崩壊してしまう」


「私も崩壊は望んでいません。その点については忠告に従いましょう」


 それを聞いてホッとしたマリだが、事態が最悪なことに変わりない。このままでは、神族と魔族のあいだで大戦争が起きてしまう。


(これは最終戦争ハルマゲドンね。まさかこんなことになるなんて)


 マリは心の中で、これ以上ないというくらい大きなため息をついたのだ。




 サタンとの交渉は長引いた。彼の強硬な姿勢はまったく変わらず、マリは神族と魔族の大戦争を覚悟したほどだ。


 しかし、事態は思わぬところから急展開した。それはコマリのこの一言だ。


「ママ、じげんのもんがひらけばいいの?」


「コマリ、あなた次元の門を知ってるの?」


「しらなかったけど、すこしまえにおぼえたー」


 マリナカリーンが竜体の記憶の封印を解いたことを、マリは思いだした。


「じげんのもんがみたい?」


 その言葉に、マリとマリナカリーン、サタンは目を見張ったのだ。


「見たい! 竜神さま、よければこのサタンに見せてくださいませんか」


「あい!」


 コマリはマリの膝から降りると駆けだし、そのあとを三人が追って行く。


 城の広場に到着したコマリは竜体になった。そして、大きく口を開けると前方の空間が歪みだしたのだ。


 一分後、広場の中央に円盤状の空間の裂け目ができあがり、彼女は竜体のまま入って行く。


「あっ、コマリ! 待ちなさい!!」


 マリは慌ててあとを追ったのだ。




 次元の門の反対側に出ると、そこは雑木林だ。マリは黄金の竜の横に立ち周囲の景色を眺める。


「ここ、知ってる。わたしの家の近くだわ」


 やがて、マリナカリーンとサタンも門をくぐってやって来た。


「おおっ! ここは日本ではないですか。まだ覚えています、ここは武蔵野でしょう。私の生まれ育った故郷です」


「えええ~っ! サタンさまは日本人だったのですか?」


「体は違いますが魂は日本人です。武蔵野に住む学生でした―――聖女こそ、どうして日本を知っているです?」


「いえ、わたしも十七年ほど武蔵野で暮らしていましたから」


 マリとサタンが感激にひたっていると、聞き慣れたサイレンの音が響いてきた。パトカーだ。周囲を見れば、大勢の人が黄金の竜をもの珍し気に見つめている。


「いけない! コマリが竜体のままです。一度アルデシアに戻りましょう」


 こうして四人は、再び次元の門をくぐりアルデシアに戻ったのだ。




「ハハハハ、これは愉快です! 私の五千年は何だったのでしょう。こんなことなら、最初から竜神さまに頭を下げればよかった」


 狂ったように笑うサタンを見ながら、マリとマリナカリーンはため息をつく。


「これ、サタン。詳しい話を聞かせてくれるのじゃろうな」


「もちろんです。すべて話しましょう」


 タナトス城へ戻りサタンが語りだした。


「私は日本で生まれた平凡な若者でした。ある日のこと、いきなり意識が飛んで気がついたらアルデシアの大地にいたのです」


 彼は懐かしそうに話す。


「なるほど。神聖ルーン帝国が大崩壊したとき暴走した竜の力の干渉で、おぬしの魂はアルデシアにやって来たのじゃな」


「原理的には、竜王さまがわたしを日本に転生させ、アルデシアに帰還させたのと同じですね。魂の移転です」


「そうです。転生した原因を調べる内に、私も同じ結論にたどり着きました」


「おぬしも竜の力の被害者であったか」


「いえ、そうでもないです。最初は嬉しくて仕方ありませんでした。美しく強靭な肉体に高度な魔法、魔族たちを従え何千年も遊び暮らしたものです」


 サタンは懐かしむように過去を振り返る。


「でも、望郷の念が強くなったのですね」


「はい、五千年を過ぎたころから日本のことばかり想うようになりました。日本に帰りたい、そこで死にたい、そんなことを狂ったように考えはじめたのです」


「でも、よかったですね。これで元の世界へ帰ることができます。サタンさまが、日本で暮らせるよう工夫しないといけませんが」


「竜神さまと聖女、そしてマリナカリーンには感謝の言葉がありません。竜神の杖と竜神の剣はすぐにお返ししましょう」


 こうして神具は返還され、ハルマゲドンは何とか回避されたのである。

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