117話 マリの里帰り

 それからしばくして、セントエルヴスで会議が開かれた。エルフ族や神界の民、ドワーフ族など、多くの神聖種族が集結したのだ。


 その会場でマリナカリーンが演説する。


「説明したように、三大神具はわが母ニーナマリアが作った。竜の力を宿しておって使い方を誤れば暴走する。そして、アルデシアを壊滅させるじゃろう」


 会場がどよめく。


「一万年の昔、神聖ルーン帝国はその過ちを犯して滅亡した。大崩壊で闇結晶がまき散らされ、そうして魔の森が広がったのじゃ」


「マリナカリーンよ、一万年前の竜族の罪を問おうとは思わん。魔の森も広がってしまった以上仕方のないことだ」


 そう言うのはアルミナスだ。


「エルヴス王。寛大な言葉、痛み入る」


「重要なのはこれからどうするかだ。話を聞く限り三大神具は破壊した方がいいだろう」


「残念じゃが神具は破壊できぬ。わしが竜神だったころ壊そうとしたのだが、そうすることができなかった。厳重に保管するしかない」


「保管するだけというのも能がないの」


 発言したのは玉藻前タマモノマエ


「正しい知識があれば制御できるのであろう。神聖種族のためにその力を使うべきだと思うが」


「それはわしも考えた。エマニュエル卿は竜の民の末裔じゃ、神具に関して詳しい知識を持っておる。だが勧めることはできん。暴走の危険があるからの」


「使うかどうかはこれからの議論として、まず管理しなくてはらない」


 アルミナスの意見に全員がうなずく。


「管理するなら三つ一緒が望ましい。今回の教訓だが、二つ奪われるのがいちばん厄介なのじゃ。奪われたとしても、三つ揃っておれば暴走する危険は少ない」


「それでは当面のあいだ、三大神具はエルフ族が管理することにしよう。竜族も神界も神具を奪われた過去があり、任せるわけにはいかないのでな」


「それを持ち出されると反論できぬな」


「仕方ないじゃろう」


 アルミナスの提案に、玉藻前とマリナカリーンは同意したのである。



 ◇*◇*◇



 マリナカリーンが会議で奮闘していたころ、マリは聖都でご機嫌だった。


「いいですか。まず、わたしが日本に行き暮らしていける環境を整えます。準備が整ったらお報せしましょう」


 彼女が話しているのは魔王サタンだ。


「すみません。日本で死にたいと言いましたが、生活できず野垂れ死ぬのはさすがに嫌です―――しかし、聖女は楽しそうですね」


「サタンさまのお手伝いのため、お祖母ばあさまから日本へ行ってよいと許可が出たのです。それが嬉しくて」


 マリはこぼれるような笑顔だ。


「それよりサタンさまの方は大丈夫ですか? 魔の森の最高実力者ですから、権力の移譲とか面倒な仕事があるんじゃありません」


「いえ、部下たちは私がいなくなると聞いて喜んでいますよ。次の権力を虎視眈々こしたんたんと狙っています。好き勝手に争うでしょう。まあ、ベリアルやアザゼルに滅ぼされなければいいのですが」


 陽気に笑うサタンを見てマリはため息をつく。これから魔の森は大荒れになりそうだ。




 翌日、日本行きの準備が整った。同行するのは護衛のソフィだ。


「いい、コマリ。小さな門を作るのよ」


「あい」


 コマリは竜体に戻り次元の門を開いた。それは人が這ってくぐれるくらいの小さな門だ。


「では、行ってきます!」


 そうして、マリとソフィは次元の門をくぐり日本へ旅立ったのである。




 二人が門の反対側に出ると、そこは前と同じ雑木林だった。


「予想していた通りね。どこから門を開いても武蔵野につながる」


「ムサシノっていうの。ここってマリが生まれたところ?」


「生まれたのはアルデシアよ。転生していた場所ね。まあ、ここでも生まれているのだけど」


 二人はマリの実家に歩いて行く。三十分ほど歩いて二階建ての民家に着けば、そこでは葬儀が執り行われていた。


「あちゃー! 魂が召喚されるとやっぱり肉体は死んじゃうんだ。お母さんとお父さん、悲しんでるだろうな」


「でも変じゃない。マリがアルデシアに戻って来たのは一年以上前でしょう」


「次元の門は、同じような場所の同じような時間につながるの。アルデシアの時間は関係ないわ」


 マリが言うように、アルデシアと日本では時間の流れが異なっている。現在の日本時間は彼女が転生した直後で、おそらく9月22日だ。


「それはそうと、マリ。葬式を外から眺めていても仕方ないわよ」


「そうね。どうにかしないと」


 マリは一計を案じた。弔問客に混じって家族に会うことにしたのだ。




 焼香をすませ辺りを見回すと兄が一人で立っている。マリはそっと近寄った。


「失礼、マリさんの友人でマリアンヌと申します。お兄さまの守さんですね」


「は、はい。兄の守です」


 美しい女性に話しかけられ、守は鼻の下を伸ばしている。思わず靴を踏んでやろうと思ったマリだが、何とか思い止まった。


「マリさんのことでお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「はい。出棺まで三十分ほどありますし、その間でよければ」


 三人は近くの公園へ行く。ベンチに腰を下ろして、マリは二つ年上の兄をまじまじと見つめた。


「あの……私の顔に何か?」


「はぁ~、やっぱりお兄ちゃんでもわたしのことがわからないか」


「お兄ちゃん?」


 マリは矢継ぎ早に家族の思い出を語りだした。それは、マリと守しか知らないエピソードだ。


「お前はマリか!?」


「別の体になってるけどお兄ちゃんの妹よ。事情は後で説明するから」

 



 葬儀が終わりマリは改めて守と会った。場所は自宅の二階にある彼女の部屋だ。


「うわぁ~、懐かしいなぁ」


 マリはパソコンを立ち上げ、いつものゲームにログインした。


「本当にマリなんだな。ログインIDとパスは妹しか知らないはずだ」


「だから何度も言っているでしょう」


 そんな話をしながらゲームをプレイする。


(やっぱりそうか。似ているけど舞台はアルデシアじゃない。転生するとき、アルデシアとゲームの記憶が混ざり合ったのね)


 そこにはナラフもウェングもいなかったのだ。


 彼女はゲームをログアウトした。


「何だ、死んでしまうくらいハマってたのにもういいのか」


「確かめたいことがあっただけよ。それに、死人がチャットしたら変でしょう」


「それもそうか―――それで、マリ。父さんと母さんはどうする?」


「わたしの話を信じてくれると思う?」


「間違いなく信じるよ、僕が保証する」


 守の勧め従いマリは両親に会った。そして、すべてを打ち明けた。信じてもらえたかどうかわからない。しかし、母は彼女を抱きしめてくれたのだ。


「お母さん、ごめんなさい。わたしはこうして生きているけど、またアルデシアに帰らないといけないの。そうしたら二度と会えなくなると思う」


 泣き崩れる母を受け止めながら、マリの頬にも大粒の涙が流れるのだった。

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