118話 サタン、日本に帰る

 日本に里帰りしたマリは、家族に再会しすべてを打ち明けた。戸惑いもあったようだが、父も母も、そして兄も、彼女を暖かく迎えてくれたのだ。


 家族と話しを終え、マリは二階にある自分の部屋に戻った。そこでは、ソフィが熱心にパソコンをいじっている。


「どう? それが前に話していたMMORPGってゲームなの」


「不思議ね。小さな人形が絵の中で、まるで生きているように動くなんて。確かにこれじゃ、口で説明してもわからないか」


「でしょう。この絵の中の世界でも、わたしは聖女と呼ばれていたのよ」


「ふ~ん」


 ソフィはモニターから目を離し、マリを見た。


「それより、ご両親との話し合いはどう?」


「上手くいったわ。わたしが日本にいるあいだ、この部屋を使わせてもらえることになった」


 そして、マリは目を閉じコマリに連絡を取る。


(コマリ、わたしの位置がわかるかしら。わかるならこの場所に次元の門をつなげてちょうだい)


 やがて、部屋の中央に直径1メートルの空間の穴が現れた。そして、そこからコマリが飛び出して来たのだ。


「先に開けた門はちゃんと塞いだ? 雑木林につなげたやつ」


「ふさいだー」


 コマリの頭をなでると大喜びしている。


「それじゃ、マリ。護衛は必要ないみたいだし、わたしはこの門を使って聖都に帰るわ」


「ありがとう、ソフィ」


 こうして、マリは日本での活動拠点を確保したのである。



 ◇*◇*◇



 それから一週間ほど経ち、サタンが次元の門をくぐりマリの部屋へやって来た。サラとピーも一緒だ。


「サタンさま、わたしの父がアパートを経営しています。そこを貸してもらえることになりました。それと当座の生活資金です」


 彼女は現金の入った茶封筒、それとスマホを一台渡す。


「すいませんね、何から何まで」


「何かトラブルがあったら、そのスマホでわたしに連絡してください。すぐに駆けつけますから」


「その点は大丈夫でしょう。魅了魔法ほどではありませんが、人を操る魔法を私も使えます。問題が起きても円満に解決できると思いますよ」


「この世界でも魔法が使えるのですか?」


 たずねたのはサラだ。


「ここには魔力がないから、基本的に魔法は使えないわ。でも、体の中にある魔力を使っていくつかの魔法は使えるみたい。サラを呼んだのは、あなたの魅了魔法が必要になると思ったからよ」


「まったく魔法が使えなかったら、私の日本移住は難しかったですね。少ないながらも魔法が使えるのは助かります」


「サタンさま。体内の魔力を使い切ったら、魔法が使えなくなるので注意してください。そのときは、コマリが魔力を補給してくれます」




 それから、兄の守が運転する車に乗りアパートへ向かった。


「お兄ちゃん。赤ちゃんが乗ってるから安全運転でお願いね」


 わかったよ、と返事をしながら守はスタートボタンを押す。しかしエンジンが始動しないのだ。何度か試してようやく動きだした。


「この車も古いからな。買い替えないとダメか」


 守は苦笑いながら発進した。


 他愛もない一場面だったが、これは重要な意味を持つことになる。それはもう少し先の話だ。



 ◇*◇*◇



 サタンの新居が決まり、彼の世話を兄の守がすることになった。サタンはアルデシアに転生する前は大学生で、守も現役の大学生だ。ゲームが趣味なこともあり、二人はすぐに仲良くなった。


 一方、マリは別行動で日本の生活をエンジョイしている。サラ、コマリ、ピーを引き連れ、ショッピングモールや外食チェーン店を徘徊する毎日だ。


「お姉さま、こんな美味しいものを食べたことがありません。フカフカなパンに柔らかいお肉、不思議な香辛料の組み合わせが絶品です」


 ハンバーガーを頬張りながら、サラが感激にひたっている。


「でしょう! 本格的な料理なら聖都も負けないけど、あそこにはファーストフードなんてないからね」


 マリの横では、コマリがハフハフ言いながら熱々ポテトをかじっているし、サラの膝の上ではピーがシェイクを美味しそうに吸っている。




 四人が昼食を終えたころ、店内に守とサタンが入って来た。


「マリ、すまない。手続きが長引いて待ち合わせに時間に遅れた」


「いいわよ、お兄ちゃん。先に食べてたから。それより手続きって何のこと?」


 マリが疑問を口にするとサタンがニヤリと笑った。そして、ポケットから真新しい車のキーを取り出したのだ。


「サタンさま、車を買ったのですか? 免許なんて持ってないでしょう」


「ある国の大使館と交渉して、私はそこから来日した外国人ということになっています。免許は国際運転免許証を発行してもらいました」


「お金はどうしたのです? 車を買えるほどお渡ししてないはずですが」


「これをネットで売りさばきました」


 サタンがテーブルに置いたのは、アルデシアでごくありふれた宝石だ。


「もっと価値の高い宝石や金もあるのですが、それでは怪しまれますからね。あ、それとお借りしていたお金はお返しします」


 渡された封筒をバッグに仕舞いながらマリはため息をつく。


(違法なことをやってなければいいけど……)


 そして、ジト目でサタンを見るのだった。




「そういえば、マリ。サタンさんと相談したんだけど、車の慣らしを兼ねて旅行に行かないか? 近場だけどさ」


「どうです? マリと守にはお世話になっていますし、旅費は私が持ちますから」


「ごめんなさい。行きたいのは山々ですが、お祖母ばあさまから遠くへ行くなと言われています。お兄ちゃんも、ごめんねー」


「そっかー、残念。来週の秩父夜祭だけど、旅館の予約を譲ってもらえたんだ。仕方ないから、サタンさんと二人で温泉につかってくるか」


 温泉! その一言にコマリが反応した。ウルウルした瞳でマリを見つめている。


「お姉さま、これはもう行くしかありませんね。わたしも行きたいです」


 サラの後押しもあり秩父旅行が決まったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る