119話 さあ、魅惑の温泉へ!

 12月2日の午前中、マリたちはサタンの新車で秩父に向かった。


 サタンが運転し守が助手席に座っている。マリとサラは後部座席にいて、コマリとピーは三列目のチャイルドシートだ。


「サタンさまって運転できるのですね。お兄ちゃんより上手です」


 それを聞いた守は不満そうだ。


「仕方ないだろう。僕はまだ免許を取ったばかりなんだから」


「ハハハ、私も似たようなものですよ。アルデシアに行ったのが二十歳で、運転歴は一年でした。まあ、一万年のブランクがありますけど」


「い、一万年!?」


 初めて聞く話らしく、守はやたら驚いている。


「そんなに長く運転していなかったのに、大丈夫ですか?」


「問題ありません。日本に帰って来たら当時のことを鮮明に思い出せました。運転の勘も鈍ってなかったですし」


「でも変じゃありません? 一万年前に車なんてないですよね」


「私がアルデシアに行ったのは、日本時間で十七年前ですよ」


 意味が分からずポカンとしている守に、マリが説明する。


「お兄ちゃん。アルデシアと日本では時間の流れが異なっていて、サタンさまがアルデシアで一万年暮らしても、日本では時間が経ってないの」


「それじゃ、マリが日本に滞在してアルデシアに帰ったらどうなるんだ? 竜宮城に行った浦島太郎みたいに、長い年月が経過しているのか」


「違うわ。次元の門がつながっているあいだ、二つの世界の時間は同期する。今はコマリが開けた門がつながってるから、日本の一日はアルデシアでも同じ一日よ」


「お姉さま。難しすぎて、わたしにはよくわかりません」


 サラは小首をかしげ、コマリとピーも退屈だったのか可愛い寝息を立てている。


「そうね。せっかくの旅行だし、ややこしい話はこれくらいにしましょう」


 このあと夜祭の話で盛り上がり、午後4時には目的地に到着したのだ。




 旅館に着いて、コマリとピーは大はしゃぎだ。各部屋に露天風呂があり、誰に気兼ねすることなく温泉に入ることができる。コマリなど、夕食が始まる6時まで湯船から出て来なかったほどだ。


 食事を済ませ、マリたち六人は花火見物に出かけた。宿は会場に近く、10分も歩けば観覧スポットがある。そこは大勢の人でごった返していて、マリたちは人混みを避け隅っこで見物することにした。


「お姉さま。今から何が始まるのです?」


「花火……と言ってもわからないか。アルデシアにはないからね。音がもの凄いからピーが驚くかもしれないわ。しっかり抱いていてあげるのよ」


 やがて時刻は7時を回り周囲が騒めきだした。いよいよ打ち上げだ。


 シュッ! シュルシュルシュル―――ドォオオオオン!!


 夜空に火薬が大輪の華を咲かせ、胸を圧迫するような爆音が鳴り響く。

 そして次の瞬間、とんでもないことが起きた!


 花火を見て驚いたのはピーでなくコマリだ! 彼女は、自己防衛のため竜体に戻ってしまったのである。


 見物客の前に突然現れた巨大な黄金の竜!

 会場は騒然とし怒号と悲鳴が飛び交った!


 パニックになったコマリはバサバサと翼を羽ばたかせ、山の方へ飛んで行ってしまったのだ。




 その様子をマリは茫然としながら見ていた。


「これくらいで驚く子じゃないけど……」


 コマリは大きな爆発を何回も経験している。


「魔力による爆発と火薬の爆発は違います。アルデシアに火薬はありませんし、初めての経験で驚いたのでしょう」


「そうでしょうね―――それにしても、コマリはどこまで行ったのだろう」


 彼女は周囲の山々を眺める。


「お姉さま。花火も止みましたし、コマリも落ち着いているころでしょう。呼べば帰って来ると思いますが」


「さっきから呼んでるけど、帰って来ないのよ」


 それから5分、帰る気配がまるでない。


「ここには魔力がありません。遠く離れてしまい、マリの声がコマリに届いてないのでは」


 アルデシアなら、どこにいてもマリの声はコマリに伝わる。位置だってわかるのだ。しかし、魔力のない日本ではそれができない。


 さらに悪いことに、コマリの飛行速度は速く遠くまで行った可能性がある。マリの居場所がわからず土地勘もない。完全な迷子になっているのだ。


「コマリは大丈夫でしょうか?」


「それは問題ないわ。迷子になっても、あの子なら次元の門を開けてアルデシアに帰れるから。

 ―――でも、心配なことが一つあるのよ」


「自衛隊ですね。戦闘機にスクランブル発進されると厄介です。急いでコマリを保護しませんと」


「でも、どうやってコマリにわたしの位置を知らせたらいいのか」


 マリは途方に暮れる。すると、ピーが金色のトカゲに戻り大声で鳴きだした。


「ピ――! ピ――!」


 そして神聖ブレスを放ったのだ。


「えっ? 魔力がないのに、どうしてピーは神聖ブレスを撃てるの?」


「お姉さま、神聖結晶のペンダントです。ピーちゃんは肌身離さず持ってますから」


「ああ、そうか。赤ちゃんに変身できるようになったお祝いに、お祖母ばあさまからいただいたのだった」


 これならいける! マリは確信した。


「サラ、ピーを借りるわね。あなたはお兄ちゃんと一緒に旅館に戻っていて」


「わかりました」


「サタンさま、飛べますよね。近くの山の頂上に、わたしとピーを連れて行ってもらえますか」


「お安い御用です」


 サタンはマリとピーを抱え、人に気づかれないよう飛び立った。武功山の頂上に到着したのは、それから10分後だ。


「ピー、この方向にブレスを撃ってちょうだい」


 マリは南西の方角を指差し、ピーはそれに従い神聖ブレスを放つ。白銀の軌跡が夜空を貫きやがて消えていった。彼は間隔を空けながら、何度も何度もブレスを放ったのだ。


「秩父山系に居てくれればいいのですが」


 マリは、夜空を見上げ両手を合わせる。


 そして数分後、ピーのブレスに返信があった。雲取山の方角から一筋の閃光が放たれたのである。それはコマリのレーザーブレスだ。


 やがて、バサバサと羽音が響き黄金の竜が舞い降りた。そして、子供の姿に戻るとマリにしっかと抱きついたのだ。その顔は涙でクシャクシャになっている。


「よかったですね。ギリギリ間に合いました」


 サタンがそう言った直後、自衛隊の戦闘機が二機、轟音を上げながら夜空を駆け抜けて行ったのだ。



 ◇*◇*◇



 コマリを無事に保護したマリは、翌日、武蔵野の実家に帰った。自室へ行きTVをつければ、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。


「少し前に武蔵野で目撃されたゴールドドラゴンですが、昨夜、秩父夜祭に再び現れました!」


「航空自衛隊がスクランブル発進して捜索しましたが、ドラゴンを発見できず、まだ秩父山系のどこかに潜伏していると思われます」


「幸い被害はなく、けが人もいません」


 すべてのチャンネルで昨夜の事件を報道している。ある局など、3時間の緊急特番を組んでいたほどだ。


「これが秩父市で撮影されたゴールドドラゴンの写真です!」


 画面にコマリの雄姿が映し出される。


「古生物学の広崎教授、どう思われますか?」


「え~、ティラノサウルスに似ていますが、翼を持ち飛行する時点でまったく違う生物でしょう」


「プテラノドンの仲間でしょうか?」


「翼竜はもっと小さいですし構造が異なります。そもそも、この大きさの地上生物は存在しません」


「学術的な話をもっとうかがいたいのですが、中継がつながりました。

 ―――秩父市の田中さーん。現地の様子を伝えてください」


 マイクを持ったショートカットの女子アナに画面が切り替わった。


「はいはーい、田中です。いろいろな場所で取材したのですが、どこへ行ってもゴールドドラゴンの話題で持ちきりでした」


「巨大なドラゴンです。多くの方が不安に思われているでしょう」


「いえ、どちらかと言えば冷静に受け止められています」


「冷静……と言いますと?」


「こちらの映像を見れば理解していただけると思います」


 スマホで撮影した映像がTVに流れる。それには大きな口をあんぐりと開け、慌てふためくコマリの姿が鮮明に記録されていたのだ。


「花火の光と音に驚いたのでしょう。ほら、こんなにパニくってる」


「怖くなかったですねー。愛嬌があって、とっても可愛かったです」


 撮影者なのだろう、若い男女がインタビューを受けている。


「わたしも多くの動画を見たのですが、ドラゴンが危害を加えるといった様子はありませんでした。むしろ、人を傷つけないよう気を使っているように見えます。恐ろしいという印象は受けず、ユーモラスで可愛いという感じですね。

 ―――以上、秩父市からの中継でした」




 TVを見つめ、マリは眉間にしわを寄せた。


「酷いっ! あんな間の抜けたコマリの顔を全国放映しなくていいじゃない。誰だってびっくりすれば変な顔になるわよ!」


「マリ、突っ込むのはそこじゃないだろう」


「いいえ、守。マリの言い分は正しい。コマリは竜神さまで、アルデシアでは絶対的な権威ですからね。これは不敬罪に当たります」


 そう言いながらも、サタンは大笑いしているのだった。

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