111話 女王、玉藻前(タマモノマエ)

 神界は、山をえぐるように作られた半ドーム状の都市で、数万人の神族が暮らしている。周囲には結界が張られ、空から見てもわからないようにしてるのだ。


 マリたち四人は神宮へ案内され、すぐに玉藻前タマモノマエとの会見が行われた。


 神界の女王、玉藻前―――キツネと人間が融合したような神族だ。金色の髪から形のいい耳がピョコンと出ていて、お尻には立派な尻尾が生えている。そのフサフサの尻尾を手入れしながら、彼女は話しだした。


「聖女よ、竜神さまがもとに戻られ何よりじゃ」


「はい。玉藻前さまにもご心配をおかけし、申しわけありませんでした」


「それで今日は、どのような用件で参った?」


「ここに控える大トカゲの子供、ピーと申しますが、神族として人間の姿になれるかどうか確認していただきたいのです」


「ふむ、先ほど報告を聞いた。神聖ブレスを使えるらしいの。ブレスを撃てるのは神族でも多くない。おそらく、人間になれるだけの神聖魔力を持っていよう」


 サラはバラのように顔を輝かせ、ピーを抱きしめる。その様子を微笑みながら見ていた玉藻前だが、急に表情が変わったのだ。


「聖女、ピーとはどういう経緯で知り合った?」


 マリは、名無き魔王討伐までさかのぼりピーの生い立ちを語った。


「そうか、スターニアにあるエルフの隠里の近くに住んでおったと。

 ―――ところで話が変わるが、今日は竜神の杖を持っておらぬようじゃな。杖はどうした?」


 マリの顔色が曇る。


「竜神の杖は三百年前、娘のコマリが闇落ちしたときに紛失しました」


「何じゃと! 失くしたとな」


「申しわけありません」


「申しわけないでは済まぬ。あれは三大神具の一つ。その重要性は、竜族の一員であれば誰よりも知っていよう」


 玉藻前は立ち上がり声を荒げた。


「かような愚か者とこれ以上話はできぬ! それに思い出した。そこのピーは魔族であろう。そのような輩が神族であるはずがない!!」


 玉藻前の豹変に驚くマリだが、この場は大人しく神界を立ち去ったのだ。



 ◇*◇*◇



「そうですか。玉藻前がそんなことを」


 マリと話しているのは世界樹の女神フレイアである。神界からの帰り道、世界樹の森に立ち寄ったのだ。


「フレイア、彼女がいきなり怒りだした理由に心当たりはない?」


「玉藻前は三大神具の一つ、竜神の剣を管理してるもの。管理者の一人として、竜神の杖を失くしたマリアンヌを叱るのは当然よ」


「それはそうだけど―――でも何か変なの。怒る言いわけに竜神の杖を無理やり持ちだした、って感じで」


「竜神の杖が行方不明なのは有名な話だし、玉藻前も知っていたはず。そのことで急に怒りだすのは確かに不自然ね」


 二人はしばらく考える。


「玉藻前さまのお怒りを解く方法はない?」


「たぶん無理。彼女は誇り高いし、わたしが頭を下げたくらいじゃ納得しないわ」


「でしょうねー」


 マリがため息をついているとフレイアの顔に笑みが浮かんだ。


「あっ、一人いた。説得できそうな人が」


「誰?」


「オベロンさまよ。玉藻前が、彼に向かって頭を下げるのを見たことがあるわ」


「げっ、妖精王さま!」


「マリアンヌの気持ちもわかるけど、ここは曲げてお願いしてみたら」


 マリは、横で座っているサラとピーを見る。そうしてもう一度、深いため息をつくのだった。



 ◇*◇*◇



 フレイアの助言に従い、マリたちはオベルの森を訪れた。妖精王オベロンに会うためだ。


「おお、聖女ではないか。以前の態度を反省し、予に胸を揉まれに来たのだな」


 パシッ!!

 シルフィが容赦なくオベロンの頭をはたく。


「オベロンさま! そんなことでは数少ない友達がもっと減りますよ」


「軽い冗談ではないか。挨拶代わりだ」


 それを見ていたサラは、我慢できずにクスクス笑っている。


「相変わらずですね。妖精王さまとシルフィさんは」


「ところで、今日はどんな用件で来たのだ。まさか本当に胸を……」


「オベロンさま!」


 マリは、笑いながら玉藻前との会見の様子を説明した。


「なるほど、だいたいの事情はわかった。だが、あいつの怒りを解くなど予でも難しいぞ」


「はぁ、そうですか」


 彼女はガックリとうなだれる。


「だが、それをできる人物を知っている」


「わかりました。ヨルムンガンドさまですね」


 シルフィが相槌をうつ。


「ヨルムンガンドさま……初めてお聞きする名前です」


「聖女が知らないのも無理はない。二千年前、あいつは神界を去っているからな」


「神聖王ヨルムンガンドさま。玉藻前さまと並び神界王候補だったお方です」


「そんな立派な方がいらしたのですね」


「予が紹介状を書こう。それを持って行けば会ってくれるだろう」


「それで、そのお方はどちらにいらっしゃるのですか?」


「ガルリッツァ連合国だ。盟主ゼビウス・メイスンのところに居候している」


 それを聞き、マリは再び嫌な顔をしたのである。

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