四章 転生聖女と解き放たれる竜の力

110話 神界を訪ねて

 10月中旬―――今年も収穫祭の季節がやって来た。この時期はアルデシア中が熱気に包まれるが、王国ではこれに加え、戴冠記念祭、竜神降臨祭が重なりてんやわんやの大騒動だ。マリも祭りの準備で忙しく、コマリと一緒に聖都とアルーンを行き来する毎日を送っている。




 その日も打ち合わせを終え、マリはクタクタで聖都に帰って来た。黄金の竜が竜神宮の庭に舞い降りると、家族みんなが出迎えてくれる。


 そしてコマリが竜から子供の姿に戻り、館に入ろうとしたときだ。


「サラ、どうかしました?」


 その場から動こうとしないサラを見て、母のメイが声をかけた。


「いえ、お母さま。何でもありません。ただ、ピーちゃんが……」


 全員がピーを見れば、彼は歯を食いしばり懸命に何かをしようとしているのだ。


「何をしているのでしょうねー?」


「何でしょう? ローラさま」


 ローラとメイが首をかしげる。


「どうかしたの? ピーちゃん」


 サラが問いかけると、ピーは身振り手振りで何かを訴えた。


「ああ、わかった。コマリが竜から子供になるのを見て、自分も人間の姿になりたいんだ」


 ガルの言葉を聞いて、ピーは首を大きく縦に振る。そして再び人の姿になろうとするが、それは叶わず涙をポロポロ流しだしたのだ。


「お姉さま! 何とかしてあげてください」


 ピーピーと鳴く彼を抱きしめ、サラも涙目だ。


「そうしてあげたいけど、ピーは神族でないから人の姿になれないのよ。神聖結晶を与えてるから金色に輝いてるけど」


「マリアンヌ、そうとも限りませんよー。そもそも神族だの魔族などいうのは、取り込んでいるのが神聖魔力か闇魔力かの違いにすぎません」


「それでは、ピーちゃんも人の姿になれるのですか?」


 サラは祈るような目でローラを見る。


「それは……わかりませんねー」


「いや、ローラさまの言うとおりかもしれん。俺が子供のころ、何となく人間の姿になれるのではないかと感じたし、実際にしばらくしたらなれたからな。ピーもそんな感じがしてるのだろう。だから懸命に頑張ってるんだ」


 ガルがピーの頭をなでながら言う。

 彼の正体は、ガルガンティスという一つ目の巨人だ。神族であり人間に変身することができる。そんなガルの言葉だけに全員が騒然とした。


「わかりました。ピーの出自は以前から気になってましたし、この子が人の姿になれるかどうか調べに行きましょう」


「はい、お姉さま!」



 ◇*◇*◇



 収穫祭が終わりマリは行動を開始した。最初に訪れたのは、共和国にあるウェグ・ウルフマンの家だ。


「何だ、そんなことか」


「ウェグは何か知ってるの?」


「知ってるも何も、ガルが言ってるのが正解だ。俺も子供のころ人間の姿になれるようになった」


 ウェグの正体は、ウェングという白銀のウェアウルフで神族だ。


「神聖魔力の影響で、金色や白銀に輝く子供が生まれることがある。知能も高く、しばらくすると人間に変身できるようになるんだ」


 彼は金色に光るピーを見る。


「こいつの見た目は神族だし、人間の姿になれても不思議じゃない」


「それでは、しばらくすれば人間に変身できるようになるのですね」


 サラは嬉しさ一杯でウェグを見た。


「う~ん、断言はできん。人の姿になれない神族も多いからな。ハッキリしたことを知りたいなら、神界の女王、玉藻前タマモノマエに会ったらどうだ? あいつは最高位の神族だし、俺より詳しいだろう」


「玉藻前ですかー」


 マリは露骨に嫌な顔をする。


「会いたくなさそうだな。もしかして喧嘩してるのか?」


「そういう訳ではないですが……」


「お姉さま、お願いです! ピーちゃんのために玉藻前さまに会ってください」


 サラに懇願され、マリは神界に行くことにしたのである。



 ◇*◇*◇



 神界、と言ってもそんなに仰々ぎょうぎょうしいところではない。神族たちが住んでいる都市くらいに考えればいいだろう。ただ、彼らは数が少ないため用心深く、神界へは複雑な地下迷路を通らなくては行くことができないのだ。


 マリはコマリを、サラはピーを抱きかかえ、その迷路を歩いている。


「お姉さま、ずいぶんと複雑な道ですね」


「神界はアルデシア山脈にあるのだけど、結界が張られていて直接行くことができないのよ」


「オベロンさまの館もそうでしたね。あそこは森の迷路でしたけど」


 そんな話をしながら歩いていると大きな扉が見えてきた。そこには神族の衛兵が二人、怖い顔で警備に当たっている。


「こんにちは、竜神と聖女です。玉藻前さまに会いに来ました」


 それを聞いた衛兵は即座に両膝をつく。


「これは竜神さま、聖女さま。すぐに玉藻前さまにお伝えします」


「あの……失礼ですが横のお二方は?」


 もう一人の衛兵がサラとピーに目をやる。


「弟子のサラと彼女の養子のピーですが、何か問題でも?」


「ここは結界が張られていて、資格のない者は扉をくぐることができないのです」


 マリとコマリが扉をくぐる。二人は資格があるようだ。続いてサラとピーがくぐろうとしたが、結界が反応した。ピーだけどうやっても通過することができない。


「尻尾の黒い輪っかが原因ね。黒いのは闇魔力の名残で、それに結界が反応しているんだわ」


「お姉さま、どうしましょう」


「ピ――、ピ――」


 サラはうろたえ、ピーは泣いている。


「仕方ない。神界に入れないなら帰りましょう」


 そう言ってマリが回れ右をしたときだ。ピーはサラから離れて自分の尻尾をじっと見つめた。そして次の瞬間、彼の口から輝く閃光が放たれ黒い輪っかを焼き払ったのだ!


「ピー!!」マリは大慌てでヒールを使う。


 幸い尻尾の先が消失しただけで、ピーは何ともないようだ。サラは胸をなで下ろしていた。


「これで通れればいいのですよね?」


「問題ありません。神聖ブレスを放てるピーさまは高位の神族です。通る資格が十分にあるでしょう」


 こうして四人は神界に足を踏み入れたのだ。

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