94話 魔の森攻略軍!
アルデシアの歴史で、人間が魔王と戦った事実は枚挙にいとまがない。しかしそれは、魔の森を追われた魔王との争いで、人間が魔王たちの領地を攻めたことは一度もなかったのだ
その長い歴史が終わろうとしていた。
◇*◇*◇
ここは東聖国の城塞都市ビジャル。グレゴ衆国との国境に近い軍事基地だ。ここに十万近い魔の森侵攻軍が集結していた。
「エルフィナ、見てご覧なさい! この勇壮な大軍勢を!!」
軍の総司令官、デボラ・ビリジアーニは興奮して叫んだ。
「本当に素晴らしいわ、デボラ。人間は、魔王と戦える軍隊をようやく手に入れることができたのね。これもすべて闇結晶技術のたまものよ」
エルフィナも嬉しそうに応えた。
「この日のために、闇結晶を使った高性能魔導杖を五百本用意しました。それを使いこなせる魔術師が千五百人。一本の杖を三人の術者で使い回し、ほぼ切れ目なく炸裂魔法を放てます」
副司令官のイライアス・ワイズマンが胸を張って説明する。
「それだけではありません。我が陣営が擁する合成魔王が七人、さらにダークヴァンパイアの精鋭が五十人います」
「ワイズマン卿の功績は高く評価しています。魔の森を攻略できた暁には、誰より多くの闇結晶を分配するとお約束しましょう」
「光栄です、総司令官閣下。それでは私は進軍の準備がありますので、これにて」
一礼して下がるイライアスを、デボラとエルフィナは見送ったのだ。
ビジャル城塞の別の場所では、三人の人物が集まっていた。ゼビウスとレスリー、それにもう一人、十代前半の男の子だ。彼の名前はユーリ・マイス。レスリーの弟子で、その容姿は女と見まがうばかりに美しい。
「エマニュエル卿、その子が例の男の子なのか? 名前はユーリ君だったか」
「ええ。生まれた時から私が育て上げた子です。
―――ユーリ、こちらが連合国盟主のメイスン卿です。ご挨拶なさい」
「閣下、お初にお目にかかります。ユーリ・マイスと申します」
彼は、美しい顔を微笑ませて挨拶する。
「メイスン卿、暗黒樹は順調に育っています。魔王たちは暗黒樹の根にダンジョンを封じられ、闇結晶を十分に使えません。かなり力を削がれているでしょう」
「卿の読みで、この作戦の成功率はいかほどであろう?」
「最大の難関は魔王アザゼルです。彼は他の魔王とは格が違う。彼を抑えることができれば確実に成功します」
「いや、私の心配しているのはその先、暗黒樹の制御の方だ」
「それは心配ご無用かと。ここにいるユーリであれば確実に制御できます」
「はい、閣下。わたしはそのために先生に育てられました。暗黒樹の魔力に耐えられるよう体を改造していますし、魔力制御の知識を身につけております」
「卿は抜かりがないな。この計画のために十五年近く準備をしていたとは」
「いえ、メイスン卿。私の計画期間は三百年を超えております」
笑うレスリーを見て、思わずゼビウスも笑い返したのだ。
◇*◇*◇
6月10日、魔の森攻略軍が進軍を開始した!
先陣を切るのは合成魔王のリリン。それに闇の魔導士会が誇る魔術師隊だ。
ドガッ! ドガアァン! ドガドガアァーン!
高性能魔導杖から巨大な炸裂魔法が放たれ、魔の森のモンスターをなぎ倒していく。生きの残ったものも、リリンが放つ衝撃波の餌食だ。
「調子がいいようですね、リリン」
彼女に声をかけたのはレスリーだ。
「絶好調ですわ。以前に比べて何倍も強くなっています。エマニュエル卿、メイスン卿には感謝の言葉がありません」
「肉体はともかく、精神的にはどうだ?」
ゼビウスが訪ねる。
「問題ないです。自分がリリンであり、同時にアリスなのが不思議ですが、違和感はありません」
「それはよかった。あなたは今回の作戦の
「七人の合成魔王の中でも、魔王アザゼルに対抗できるのはお前だけだ」
「はい、期待に応えてみせますわ」
話が終わりリリンは前線に戻って行く。そんな彼女の後姿を見つめながら、ゼビウスがため息交じりに話した。
「エマニュエル卿、リリンは収穫だった。能力だけでなく素直で扱いやすい」
「バフォメットは扱い難いですか?」
「情けない話だが持て余しておる」
「確かに、バフォメットもシルバーも癖の強い人物でした。ですが、合成するとき閣下への忠誠心を植えつけています。特に心配なさることはないかと」
「ああ、そうだったな」
うなずいたゼビウスだが、その表情は不安を隠せなかったのだ。
◇*◇*◇
ビジャル城塞からアザゼルのいるザエル城塞まで、およそ四百キロある。モンスターを排除しながら行軍し、補給基地を設営しつつ進むと二か月の日程だ。
「予想以上に順調ですね、ワイズマン卿」
「暗黒樹を使った作戦が効いたようです。闇結晶の枯渇した場所では強大なモンスターが住めませんし、魔族たちの士気も下がります。これも、世界樹の苗木を用意して下さったエトゥーリャ卿のおかげですな」
イライアスにエルフィナを褒められ、デボラは上機嫌だ。
「世界樹はエルフの王族が独占しています。エルフィナが持ち出した苗木がなければ暗黒樹を作り出すことは不可能でした」
「デボラ、誰の手柄というわけではないでしょう。軍備を整えるため骨を折って下さったワイズマン卿をはじめ、闇の魔導士会全員の力です」
「そうね―――でも知識の出し惜しみをしているメンバーが二名ほどいる」
「エマニュエル卿、メイスン卿は問題です。特にメイスン卿は自らの責務すら果たせず、闇の魔導士会の会員である資格がないかと」
「もうしばらく彼らの力も必要です。その件はあとで考えましょう」
デボラとイライアスは不気味に笑うのだ。
◇*◇*◇
デボラ率いる魔の森侵攻軍が南下を続けていたころ、その行軍を密かに追う二つの影があった。ファムとハリルだ。
「マリに偵察を命じられたときは信じられなかったが、本当に人間の軍隊が魔の森へ侵攻しておるとはの。あやつの勘は鋭い」
「マリさまは、ポヤンとしているようで先手先手を打ってくるよ。魔の森の下調べもしていたし、各国の情勢も把握してる」
「本人より周りにいる部下が優秀なんじゃがな。
―――そういえばハリルよ、連絡用のハトは何羽残っておる?」
「あと三羽いる」
「引き上げるにはまだ早いし、ザエル城塞の様子も確認しておくか。おそらく、侵攻軍の標的はアザゼルじゃろうし」
「魔王アザゼルって強いの?」
「あれは鬼神じゃ! わしとハリル、それにナラフがいたとしても勝ち目がない。強大な魔王は三人おるが、その中で個として最も強いのがアザゼルじゃ。万の大軍でも勝てるかどうかわからん」
「そんなに強いんだ。と、いうことは侵攻軍には何か策があるんだろうね」
「それを探るのもわれらの役目じゃ」
二人はうなずき合うと、魔の森の奥深くに消えて行ったのだ。
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