16話 赤い髪の美少女、サラ
スケルトン襲撃事件から一週間ほど経ち、ミスリーは落ち着きを取り戻しつつある。マリは、倒れた時に運ばれた貴賓室を貸してもらえることになり、しばらく城に居候することになった。
ソフィも一緒に住むつもりだったが、周囲の反対にあい実現しなかった。彼女と聖女が同室だと変な噂が立ちかねない、というのが理由で、彼女には貴賓室近くの小部屋が用意されたのだ。代わりに姫巫女の侍女だったサラが、聖女の侍女として同室することになったのである。
「マリさま、起きてください。もう朝です」
サラが、ベッドに横たわるマリに声をかける。
「起きたくない!」
「ダメです。今日は、聖女さまの披露式典があります。そのあと、有力貴族の方々との謁見が控えているのですよ」
「式典は済んだばかりじゃない」
「昨日は、マリさまがお城へ来られた歓迎式典でした。今日のはそれとは別で、国民にマリさまを紹介する、それは大事な式なのです」
「全部でいくつあるの? 式典って」
「詳しく知りませんが、まだまだ沢山残っているのは間違いありません」
「気分が悪いわ。今日はお休みします、って宰相閣下に伝えてちょうだい」
「そんなにお仕事が嫌いですか?」
「大嫌いです!!」
そう言って、マリは布団にもぐり込んでしまった。サラは困ってしまい、小さな体をすぼめ赤いツインテールを元気なく垂らしている。そんな美少女の憂い顔を、マリは布団の中からそっと見た。
(こんな顔をされたらわたしの負けね)
彼女はため息をもらし、仕方なくベッドから起き上がったのだ。
二人で朝食を済ませ、サラは貴賓室の扉の前で見送りの挨拶をする。
「マリさま、いってらっしゃいませ。会場はおわかりになりますよね?」
「ええ。ありがとう、サラちゃん」
◇*◇*◇
披露式典はバルコニー前の広場で行われ、数万人の市民が集まっていた。そして、マリが群衆に向けて魔法を使うと会場は歓声の渦に巻き込まれたのだ。
使ったのは、かけられた人の足元に魔法陣が出現し光が散乱するというありふれた魔法だ。しかし数万人に対して使うと意味が違う。広場は絢爛な光のページェントと化し、感動した群衆は、
「聖女さま! 聖女さま! 聖女さま!
聖女さま! 聖女さま! 聖女さま!」
―――と、割れんばかりの歓声を上げたのだ。
あまりに凄まじい熱狂ぶりに、魔法をかけたマリでさえ心の中で十歩ほど後ずさりしたほどである。
「マリ、大成功よ!」
ソフィは自分のことのように喜んでいる。
「挨拶抜きで魔法を使ったのがよかったわ。下手に話すより聖女さまらしいもの」
クリスも式典の成功にご満悦だ。
「そうよ、マリは黙って立ってると神秘的な威厳と気品があるからね」
「ねぇ、ソフィ、クリス。気のせいかもしれないけど、それって褒めてないよね」
マリがジトっとした目で見ると、すかさず視線を逸らす二人だった。
◇*◇*◇
その日のスケジュールを何とかこなし、マリがクタクタになって貴賓室に戻るとサラがお茶を入れてくれた。
「ソフィもクリスも凄いわ。式典でも堂々としていて社交が板についてるよね」
「お二人は貴族ですから、慣れていらっしゃるのでしょう」
「それに比べてわたしは―――サラちゃん、みんながわたしのことを何て言ってるか知ってる? 『見た目だけ聖女さま』よ。失礼しちゃうわ」
「マリさまは親しみやすいお方ですから。わたしは大好きです」
サラは微笑みながらカップにお茶を注ぐ。
「ねぇ、サラちゃんも一緒に飲もうよ」
「いえ、わたしは侍女ですので」
「いいじゃない二人だけだし。それに、一緒に飲んだ方が美味しいって」
サラは、ためらいつつも自分のカップを用意する。その顔は嬉しそうでマリは心がなごんだ。
「そういえば、サラちゃんは姫巫女候補よね。大人になったらあんな大変な仕事をするんだ」
「たぶん、わたしは姫巫女になれません」
「そう? 宰相閣下はサラちゃんのことが自慢みたいだけど」
「宰相閣下はよくしてくださいますが、うとんじておられる方も多いですから」
赤い髪のせいかな、マリはそう直感した。聞こうかどうか迷ったが、思い切って聞いてみる。
「もしかして、赤い髪がうとまれる原因なの?」
サラは固まったまま何も答えない。あえて地雷を踏みに行った自分の愚かさを、彼女は激しく後悔した。
「ごめんなさい、無神経すぎたわね。今夜はもう休んでいいわ。片付けはわたしがやるから」
「い、いえ、構いません。本当のことですから。わたしは捨て子で神殿で育てられました。たぶん、この髪のせいで捨てられたのだと思います」
マリはその言葉を静かに聞いていたが、心臓はバクバク音を立てている。地雷なんてものじゃない。核弾頭の発射ボタンを押してしまったのだ!
「でも両親は恨んでいません。こんなに高い魔力で産んでくれたのですから」
「そういえば、宰相閣下もおっしゃっていたわ。サラちゃんは、すでに姫巫女クラスの魔力を持っているって」
「それだけが取り柄なんです」
「ねぇ、ちょっと魔力を調べてもいい?」
「いいですけど、ここでは調べようが」
「簡単にわかるのよ」
マリはアナライズを使った。対象者のステータスを計測する魔法だ。
「どうですか? マリさま」
「質も量も申し分ないわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
サラは、顔を紅潮させ素直に喜んでいる。マリは、核弾頭が不発だったことを神に感謝したのである。
「ところで、サラちゃん。相談があるのだけど」
「どんなことですか?」
「蘇生魔法を覚えてみる気はない?」
「蘇生魔法ですか?」
「そうよ。知らなかったけど、アルデシアで蘇生魔法を使えるのはわたしだけみたいなの。それだと、わたしの身に何かあったとき困るでしょう」
「確かに困ります」
「それで考えたの。サラちゃんなら蘇生魔法をマスターできるんじゃないかって」
サラはしばらく考えていたが、やがて「はい」と返事をした。
「決まりね! 今夜からサラちゃんはわたしの弟子だよ。これからは『サラ』って呼び捨てにするけど、いい?」
「わたしがマリさまのお弟子になるのですか?」
「やっぱり嫌かな。なら仕方ないけど」
「いえ、そんな! 心の準備がまだできてないというか……その……」
サラは真っ赤になるが、やがて決心したのか、マリの目を見てうなずいたのだ。
「それで、マリさま。これからはお師匠さまとお呼びすればいいのですね」
「お師匠さまはちょっと―――そうね、お姉さまでいいんじゃない」
「はい、わかりました。お姉さま」
マリがサラを弟子にしたというニュースは、すぐにミスリー中に伝わった。そのときマリは、それが伝える意味をまだ知らなかったのである。
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