17話 ダークヴァンパイア

 10月に入り神国はすっかり秋らしくなった。


 満月の夜道を一人の美しい女が歩いている。商人の妻で、夫の代わりにギルドの会合に出席した帰り道だ。


 その行く手を一人の男が遮ぎると、彼女は驚き「きゃっ!」と声を上げた。


「これは失礼しました」


 驚かせたことを男は丁寧に謝罪する。月明かりに照らされ、黒いボサボサの髪と精悍な顔が浮かび上がった。そう、その男はグレンだ。


「びっくりしました。コクランさまですね。冒険者ギルドの」


「はい。少しお時間をいただけますか?」


 彼の言葉が終わるやいなや、三人の女神官が現れ二人を取り囲んだ!


「ルリ、殺すんじゃないぞ!」


「あいよ、旦那」


 彼女たちは、ルリ、リン、シスだ。そしてトライアングル神聖魔法結界を張り、グレンと女を光の中に閉じ込めた。


「ぐっ……!」


 女が顔をしかめる。


「やはりヴァンパイアか。大人しくしろ、お前には色々と聞きたいことがある」


「ククク……わたしを捕まえるだと。人間ごときが大きな口を」


 女の姿に変化があった。肌はドス黒く染まり、漏れ出る禍々まがまがしいオーラが辺り一面をおおう。ヴァンパイアと何度か対決した経験があるグレンだが、これほど強烈な負のオーラを経験したのは初めてだ。


「ちっ、捕獲はあきらめる。滅却しろ!」


「遅いわよ!」


 ヴァンパイアは突進してシスを弾き飛ばした。神聖魔法結界が破られ、能力をフルに発揮できるようになったのだ。


「死んでおしまいっ!!」


 そして長く伸びた爪でシスを刺そうとしたが、実際に刺したのはルリの背中だ。彼女がシスを庇い、とっさにおおいかぶさったのである。


「ぐはっ!」


 ルリの口から血反吐が飛び出る。だが、ヴァンパイアの胸からも剣が突き出ていた。グレンが背中から聖剣で貫いたのだ。


「やるわね。後ろからとはいえ、わたしに一太刀入れるなんて。でも、そんなちゃちな聖剣でわたしを滅ぼせるとでもお思い?」


 そう言いながら余裕の笑みを浮かべる。


「これは殺すつもりで刺したんじゃない。お前の動きを止めれば俺の役目は終わりでね。リン、シス、全力でヒールを撃て!」


 二人は最大魔力でヒールを撃ち続けた! すると、ヴァンパイアは悲鳴を上げ灰になり崩れ落ちたのだ。


「ルリっ!」


「姐さん!!」


 リンとシスがルリに駆け寄る! そして夜の闇の中、懸命にルリの治療をしたのである。



 ◇*◇*◇



 マリが叩き起こされたのは、その事件から一時間後のことだ。ミスリー城に運ばれたルリはまだ息があったものの、体はドス黒く変化している。


「ダークヴァンパイアにやられましたね?」


「はい。シスの魔法無効化で症状の進行を抑えていますが、危険な状態です」


 リンが泣きじゃくりながら説明する。


「これは闇汚染ですね。このまま放っておくとアンデッド化します」


「助けられますか? 聖女さま」


「大丈夫です。まだ初期ですから祝福の魔法で処置できるでしょう」


 マリが魔法を使うと、ルリの顔色は元に戻り息は穏やかになる。


「属性が反転しかかっていたので身体に負荷がかかっています。明日まで安静にしてください」


「ありがとう、聖女さま」


 リンは、涙を流してマリを抱きしめたのだ。




 執務室に、グレン、リン、シスが集められた。マリもソファに座っている。


「宰相閣下、申しわけありません。お借りしている神官を危険な目に会わせてしまいました」


「違うよ! 旦那が滅却するって言ったのを、あたいたちが捕獲しようって言いだしたんだ。責任があるのはあたいたちだ」


「いや、決定を下したのは俺だ」


 首を横に振るグレンを見て、宰相が言う。


「すべて手探りでやっている仕事だ、こんなこともあるだろう。それより全員無事でよかった」


「しかし、ダークヴァンパイアがあれほど強かったのは誤算だね。あたいたちのトライアングル神聖魔法結界が破られたのは初めてだよ」


 シスが悔しそうにつぶやく。


「ダークヴァンパイア? 聞き慣れない言葉だ」


 宰相の疑問にリンが答える。


「一般にヴァンパイアと呼ばれているのは闇汚染された人間です。能力が高く高度な魔法を使いますが、それほど脅威ではありません。ですが、闇汚染の元凶になるダークヴァンパイアは生粋きっすいの魔物で恐ろしく強い」


「君たちでも手の施しようがないと?」


「いや、勝てなくないよ!」


 シスが強く言い放つ。


「今回は甘くみたんだ。最初からる気で立ち向かえばなんとかなる!」


「わかった。次回からは対策を練り直して立ち向かって欲しい」


 その言葉にグレンが顔をこわばらせた。


「そうもいきません。ダークヴァンパイアはもう一人いて夫婦で館に住んでいます。二人同時では無理だと判断したので、一方が外出するのを待っていました」


「グズグズしてたらもう一人が逃げちまう」


「しかし、欠員がいる状態では手の打ちようがないだろう」


「いや、あたいなら大丈夫だ」


 そう言いつつ部屋に入ってきたのはルリだ。


「大丈夫か、ルリ?」


「聖女さまの魔法の効き目が凄くてね、完璧とはいえないが戦闘はできるよ。それよりグレンの旦那、全力で戦えば勝算があるんだろう」


「ロクヨンで勝てると思っている」


「じゃあ、決まりだね。さっそくあいつらの館に行くよ!」


「それは許可できない!」


 宰相は決行を止めた。勝ち目が六割では危険すぎると判断したのだ。しかし、ルリたちは不満をあらわにしている。


 そんな状況を見ていたマリだが、何か思い当たったのか、宰相に耳打ちをしてあることを伝えた。


「聖女さま、それは本当ですか?」


「ええ、これは敵の尻尾をつかむまたとない機会かもしれません。それに、わたしも神国の神官の実力を見ておきたいのです」


「わかりました。あなたが望まれるのならそうしましょう」


 宰相はグレンに向かい指示を出した。


「聖女さまが同行する。それで構わないなら許可しよう」




 マリとグレンたちはバルコニー前の広場に集合した。


「聖女さま。こんなことは言いたくないけど、あいつはあたいたちの獲物だからね」


「わかってます、ルリさん。おじゃまはしませんから。ですが、わたしの魔法はかけさせてもらいます」


「魔法って?」


「能力を高めるステータス上昇魔法です。それで戦ってみて、余裕があるなら捕獲してください」


「わかりました、聖女さま。時間が惜しい、さっそく魔法をかけてください」


 マリは、自分を含め全員に魔法をかけた。


「では、行きましょうか。グレンさん、先導をお願いします」


 こうして、五人はダークヴァンパイアのいる館へ向かったのだ。

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