15話 動きだす対アンデッド部隊

 ミスリー城塞の南門に冒険者ギルド・ミスリー支部はある。門の近くにあるのは冒険者が利用しやすいようにしているためだ。


 お昼ころのこと。いつもなら一階のフロアは閑散としているが、今日は少し事情が違っていた。神国政府の布告があるためで、多くの冒険者がそれを確認しようとギルドに集まっていたのだ。


 デリックも来ていて、布告の内容を確かめるとフロアに併設された酒場で仲間と合流した。


「デリック、見たか? アンデッドにかけられた報奨金が倍になってる」


「見たぜ、ギル。しかも、討伐希望のパーティーには聖剣を無料で貸し出すサービス付きだ」


「政府も必死だな。スケルトンに襲撃されて面子が丸潰れだ。意地でも威信を回復したいんだろうよ。で、どうする? 俺たちも参加………」


 ガシャ、ガシャ、ガシャ―――ン!!


 ギルバートの話を遮るように、けたたましい音がフロアに鳴り響いた。少し離れたテーブルで料理が皿ごと床にぶちまけられたのだ。


「何だと? もう一度言ってみやがれ!」


「ああ、何度でも言ってやるさ! あんたたちの腕じゃ聖剣があってもアンデッドに勝てない。命が惜しかったら報奨金はあきらめな!!」


「そうだよ。あんたたち、アンデッドの知識なんて持ってないでしょう。悪いことは言わない。止めた方がいいって」


「政府もバカなことをするよね。素人を寄せ集めたところで、どうにかなる相手じゃないってわかりそうなもんなのに」


 騒動の渦中にいるのは、ルリ、リン、シスで、ガラの悪い数人の冒険者と言い争っている。


「言ってくれるじゃないか。お前らなら何とかなるとでも言うのか!」


「当然さ。あたいたちは、こう見えても神殿の最高位神官だからね」


 男たちは三人をジロジロ見て笑いだした。


「ブハハハハっ! 最高位神官だぁ? その格好でか? お前たち頭がイカレてるんじゃ……」


 言い終わらない内に、シスの蹴りが男の腹に炸裂した! そして、そいつはフロアの端まで吹き飛んだのだ。


「やってくれたな! もう女でも許さねぇ! 裸にひんむいて生意気な口が二度ときけないようにしてやるぜ」


「上等じゃないか、やれるもんならやってみな! このセクハラ大魔王が!!」


「おい! 止めろ!!」


 様子をうかがっていたデリックたちが大慌てで仲裁に入るが、もうその場の混乱は収まらなかった。男たちは剣を抜き、ルリたち三人は杖を振り回しながら、大立ち回りが始まったのだ!




 その時だった!


 キン! キン! キ―――ン!!


 小気味良い三連の金属音が響くと三本の剣が空中に舞い、フロアの壁や床に突き刺さる。


「お前たち、ここで暴れるなんていい度胸じゃないか。これ以上騒ぐなら俺が叩き切る!」


 見ればそこにはグレンがいて、剣を鞘に収めるところだ。


「悪かった、マスター・グレン。あんたの事務所でこれ以上騒ぎは起こさねぇ」


 男たちは剣を拾うと、グレンに頭を下げ部屋を出て行ったのだ。


 グレンは、ルリ、リン、シスを見て、大きなため息をついた。


「俺の部屋は四階だ。ついて来い」


 階段を登りだしたグレンの後を、ルリとシスは大人しくついていく。リンはデリックに一礼して三人を追うのだった。




 ギルドマスターの執務室に入った彼女たちは、勧められもしないのに来客用ソファに堂々と腰かけた。そんな彼女たちを眺め、グレンはもう一度ため息をつく。


「仕事をこなしてくれれば小さなことに文句を言わない主義だが、お前たちの格好は何とかならんか。その服は刺激が強すぎる」


 三人が着ているのは白いローブだが、ウェストは細く絞られスカートには大胆なスリットが入っている。ポーズによっては太ももが露わになり、とても挑発的だ。


「これがあたいたちの制服なのさ」


 ルリは得意げに胸を張る。


「嘘つけ。城の中じゃもっと地味なローブだっただろうが」


「細かいことは言いっこなし」


 リンは笑ってごまかそうとする。


「英雄なんだから大らかに行こう!」


 シスは勢いで乗り切る構えだ。


「まあいいが、冒険者は俺を含めて独身が多い。余り見せつけてくれるなよ」


 そう言いながら、グレンは辞令を三人に配ってまわった。


「まず、派遣要請に応じてもらい感謝している。どうせならトップの対アンデッド神官が欲しかったからな」


「いいって。もともと、あたいらはこういう時のために育てられたんだ」


「ルリ姐さんのいう通りだよね。それに、神殿にいるより英雄さまの部下の方が面白そうじゃん」


「で、具体的にはどういう仕事をするの?」


 リンの質問にグレンが答える。


「宰相閣下から受けた依頼はスケルトン襲撃事件の背後関係調査だが、まだ雲をつかむような状況だ。それに、俺はアンデッドに関しちゃ素人同然でな。お前たちのことも漠然としか知らない」


「前途多難だねぇ」


「まずは自己紹介でもしてもらえないか」




「じゃ、リーダーのあたいからいこうかね」


 話しだしたのは、ウェーブのかかった黒髪を腰の辺りまで伸ばした二十歳ころと思われる女神官だ。黒い瞳が情熱的な印象を与えている。


「名前は、ルリ・オニール。神殿の最高位神官の一人。魔力なら姫巫女さまに負けないと自負しているけど、ヒールが不得手でね。その代わり攻撃魔法を使えるし結界魔法も得意なのさ。昨夜使った気配断ち結界は、使える者がほとんどいない希少魔法なんだ」


「相手に存在を気取らせない魔法だな」


「そうさ、あの結界を張るとミスリーウルフでさえ追跡できなくなる」




「じゃ、次はあたいね」


 金髪をショートカットにした女神官が話し始めた。ほっそりしてか弱い印象だが、青い瞳には強い意思が宿っている。


「リン・アルケット。あたいも最高位神官。年齢はルリのいっこ下の十八歳。魔力も少し下かな。あたいは神聖魔法全般が得意で、神聖魔法結界とヒールは神殿でもトップクラスの実力だと思ってる。あとアンデッドの分析が得意で、あいつらの弱点は詳しく知ってるんだ」




「自己紹介なんて嫌だけど、姐さんたちには逆らえないからね」


 いちばん小さく若い女神官は、やる気なさ気に話しだした。短めの黒髪はすっきり整えられ、アンバーの瞳は挑戦的だ。胸を見なければ少年と勘違いされるだろう。


「あたいは、シス・ベネット。姐さんたちと同じ最高位神官。能力は平均的で年齢は十四歳。

 ―――以上!」


「おい、シス。それじゃわからんだろうが」


「旦那、シスは恥ずかしがり屋でね。あたいから紹介するよ」


 リーダーのルリが、シスを見ながら話す。


「シスは特異な能力を持っていてね、ほとんどの魔法を無効化できるんだ。昨夜も睡眠魔法を無効化されて女ヴァンパイアが驚いていただろう。あんな芸当、シスがいなけりゃまずできない。あたいやリンの代わりはいても、この子の代わりは見つからないからね。もしものときは最優先で守っておくれ」


「姐さん! そんな言い方はなしだろ」


「シス、黙ってな! これは事実なんだから」


 言い合う二人をグレンがなだめる。


「まあ、まあ、二人とも落ち着け。そういう状況にはさせないつもりだから、ここは抑えろ」


「それはそうと、旦那の自己紹介を聞きたいね。あたいたちだけじゃ不公平だし」


 リンは、ニヤニヤしながらグレンを見る。


「俺もか? 隠すつもりはないが……」


「なら教えてよ」


 ふぅ、とため息を一つもらしグレンが話す。


「冒険者は引退してるが俺は剣士だ。襲撃事件のときは聖剣がなくて格好悪かったが、剣の腕なら今でも神国一だぞ」


「おっ、言い切るとはさすがだね。狂犬のソフィより上なのかい」


「当たり前だ、あいつの師匠はクロイド卿だ。俺は閣下と試合をして一度も負けたことがない」


「頼りにしてるよ、旦那」


「お前たちは必ず俺が守る。安心しろ」


 グレンの言葉に、三人の最高位神官は笑いながらうなずくのだった。




 こうして対アンデッド部隊が結成された。四人という少人数だが、神国でもトップクラスの精鋭たちだ。そしてその日の夜から、ミスリー市街に巣くうアンデッド狩りが始まったのである。

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