14話 天然聖女、目覚める!

 翌日の昼近くになって、マリはようやく目を覚ました。


 ベッドからはい出し着替えようとするが、自分の服が見当たらない。探しているとメイドの一団がやって来て、有無を言わせずマリの身支度を整えだした。寝巻を脱がされ、体を拭かれ、次々に衣装が着せられていく。その手際は「お見事」の一言だ。


 最後に神官の正装を着せられると、ちょうどそこへ、クリス、宰相、重臣たちがやって来た。そして、マリに向かい当然のように片膝をついたのである。


「聖女さま、ミスリーの危機をお救い下さり感謝の言葉がありません。ミストレル神国すべての民が、ご来訪を歓迎しております」


 ひざまずき口上を述べる彼らを眺めながら、マリはじっと考えていた。


(どうして、この国の人ってひざまずくのが好きなんだろう?)


 そんな風習に慣れていない彼女には背中がムズかゆいだけだ。


(これは最初にガツン! と言っておかねば)


 マリはそう決心する。


「え~、お集りのみなさん!」


 聖女の言葉にみなが緊張し注目した!

 それを見て満足したマリは話を続ける。


「わたしは……」


 そう言いかけたとき、


 グルグルギュゥ~~~~~ウゥゥ!!


 もの凄い音が部屋中に鳴り響いた。彼女は昨日の朝食から何も食べていない。仕方のない生理現象だ。


 耳までまっ赤になったマリに全員が呆気あっけにとられていると、小さな忍び声が聞こえてきた。


「ク、クッ……、クスクスクス……」


 声のする方を向けば、そこには懸命に笑いをこらえるクリスの姿がある。


「も、申しわけありません……聖女さま。クスクス……」


 苦しそうに涙を浮かべる彼女を見ていると、マリも可笑しさが込み上げてきた。そしてとうとう我慢できなくなくなり、大声で笑いだしたのだ。それにつられ、部屋の全員が笑ったのである。



 ◇*◇*◇



 それから一時間後、マリはようやく食事をとることができた。貴賓室の食卓には豪華な料理が並べられ、マリ、ソフィ、クリスの三人で囲んでいる。


「それにしてもよく食べるね。マリは」


「凄く美味しいの! 酒場の料理も美味しかったけど、この料理は繊細さが加わってもう絶品よ」


「聖女さまに喜んでもらえ、光栄です」


 マリの賛辞にクリスが礼を言う。


「あの、『マリ』って呼んでもらえると嬉しいですけど」


「はい、マリさま」


「できたら『さま』抜きで」


「それでは、わたしのこともクリスって呼んでくださいね。もちろん呼び捨てでお願いします」


 マリはうなずき改めてクリスを見た。ブルネットの髪はウェーブがかかり、グレーの瞳が白い肌にとてもよく似あっている。細めの体つきだが胸はふくよかで、マリは自分の胸とそっと比べ深い敗北感を味わっていた。


「そういえば聞いたわよ、クリス。謁見で大笑いしたんだって」


「あれはソフィが悪いのよ! マリはミスリーに狩りをしにやって来た、なんて吹き込むから。思い出し笑いしちゃったじゃない」


「ソフィの言ってることは本当よ。わたしは狩りが好きだし、それで生計を立てようと思ってる」


「ほら、嘘なんて言ってないでしょう」


 ソフィが自慢そうに胸を張る。


「聖女さまが冒険者志望なんて意外だったわ」


「そこがマリのいいところよ」


「でも、そっちの方が都合がいいかもね」


「都合がいい?」


「そうよ、暴竜が復活しても討伐を依頼しやすいじゃない」


「暴竜??」


 マリは奇妙な顔をする。


「マリ、もしかして暴竜を知らない?」


「知らない―――ソフィは知ってる?」


「知ってるけど、あれって伝説のお話だと思ってたわ。マリ……聖女さまがここにいるんだから、暴竜がいてもおかしくないかもね」


 二人の会話を聞いてクリスはあきれ返った。


「はぁ~っ、二人とも呑気ねぇ。暴竜のことで苦労されている宰相閣下が聞いたら泣かれるわ」


「わたしはともかく、マリは別の世界から転生して来たんだから知らなくても無理ないって」


「三百年前の聖女さまとマリって、別の人みたいだしね」


「三百年前の聖女? あの、話がぜんぜん見えないんですけど」


「わったわ。今後のために暴竜のあらましを教えてあげる」


 それから30分、クリスは大陸に伝わる聖女伝説について話をしたのだ。




 いまから三百年前、アルデシアに戦乱が絶えなかったころ一匹の竜が現れた。戦場で散った兵士の怨念が呼び寄せた邪竜だといわれ、それは『暴竜』と名づけられた。


 暴竜の力は絶対で多くの都市が壊滅した。その日も、一つの城塞が暴竜によって滅ぼされたばかりだ。煙が立ち昇る廃墟の一角で、一人の騎士が今まさに命を落とそうとしている。


 そんな場面にその娘は現れた。騎士を哀れんだ彼女は、信じられない神聖魔法を使って彼の命を救ったのである。この娘こそ、後に聖女と呼ばれる人物だ。


 助けられた騎士は聖女に永世の忠誠を誓い、共に暴竜討伐の旅に出た。二人は、アルデシア大陸を巡り五人の英雄を集める。聖女と騎士、五人の英雄は暴竜に戦いを挑み、三人の犠牲を出しながらも、巨大神聖魔法『聖女の恵み』で暴竜の封印に成功したのだ。




「どう、これが暴竜についてのお話だけど」


 クリスの話を聞きながら、マリは真剣な顔で考えていた。


「ねぇ、クリス」


「なに?」


「神国のいちばん北、アルデナ山のふもとに古い神殿がない? 『聖女神殿』って名前だけど」


「あるわ! 名前もそのとおりよ」


「やっぱり」


「何かわかった?」


「う~ん、まだ情報が足りなくて具体的に話せる段階じゃないのよ。でも、これだけは言える。もし暴竜が現れたら誰にも討伐できないと思う。その時は、わたしが何とかしてみせるわ」


「本当?」


「ええ、約束してもいい」


「ありがとう。マリが暴竜討伐を引き受けてくれるなら安心だわ。二人ともごめんなさい。宰相閣下にこのことを報告に行かないといけないの」


 いとますることを謝罪してクリスが部屋を出ようとした、そのとき。


「もう一つ大事なことを忘れていたわ」


「今度はなに?」


「ここの宿泊費と食事代っておいくらなの?」


 クリスは目を閉じこめかみに指を当てた。


「要りませんっ!」


 それを聞き、手を取り合って喜ぶマリとソフィを見て、彼女の眉がピクピクと動いたのだった。

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