13話 深夜の暗殺者!

 宰相が話していたように、市街では聖女降臨の話題で持ち切りだった。しかも聖女は、スケルトン襲来というミスリー存亡の危機から救ってくれたのだ。酒場は満員で、店に入りきれない人々が路上で酒を酌み交わしている。そんな喧騒けんそうの中、襲撃の一日が終わろうとしていた。


 騒ぎに騒いだミスリーの民衆だったが、夜通し騒ぐことはなかった。あまりに目まぐるしい一日だったし、さすがに疲れ果てたのか、日付が変わるころにはみなわが家へ戻って行ったのだ。


 そして城塞内は寝静まっていた――――


 貴賓室を警護する衛兵も眠っていた。いや、彼らに眠ることは許されない。正確には、眠らされていた、だ。


「ふふ、他愛もない。わたしの睡眠魔法は強力だからね」


 一人の女が倒れた衛兵の横に現れ、貴賓室のドアノブに手をかけた。そして、音もなく室内に忍び込むと寝室に向かい進んで行く。そこには天蓋てんがい付きのベッドが備えられていて、マリはそこで寝ているのだ。


 それを確認した女は舌なめずりする。


「聖女の魔力は強大でも、その身は人と同じね」


 そう吐き捨てると持っていた短剣を振り上げ、力の限り振り下した!


「死ね、聖女!!」


 その時、女は空気が動いたと錯覚した。短剣は跳ね飛ばされ、ロングソードの刃が首筋でピタリと止まっている!


「これは聖剣なの、動くと首が飛ぶわよ!」


 それは殺気をはらんだソフィの声だ。

 女は驚く、人の気配はなかった、なぜ?


「結界を!」


 ソフィの声と同時に、神聖魔法結界が部屋全体に張り巡らされる。聖なる光りの中に閉じ込められた女は、うめき声を上げだした。


「結界で苦しむなんて、やはりアンデッドね」


「睡眠魔法は完璧だ! なぜ防げた?」


「使う魔法を予測できれば防ぐ方法はあるのさ。神殿はアンデッドが使う魔法を調べ尽くしている。その対策もね」


 そう言いながら、三人の女神官がどこからともなく現れた。昼間、姫巫女を救援した、ルリ、リン、シスの三人である。ソフィと彼女たちは、気配を遮断する特殊な結界を使い部屋の隅で待機していたのだ。


「良くやった、お前たち」


 寝室へ入って来たのはグレンで、女を押さえつけると後ろ手に縛りあげる。


「正体がわかるか?」


「アンデッドでも高位のヴァンパイアね。昼間の巨大モンスターは、こいつの魅了魔法で操られていたんじゃないかな」


 リンが女ヴァンパイアの体を調べた。


「真性じゃない。本物のヴァンパイアにアンデッド化されてるだけ。能力は高くないから結界を解いても大丈夫だよ」


 シスが神聖魔法結界を解除する。


「しかし、本当に来るとは思わなかった。長時間待った甲斐があったわ」


「協力を感謝するよ、聖女さまの騎士さん。本来なら俺の役目だが、聖女さまの寝室で男が待機するのは不味いからな」


「ソフィって呼んでもらえるかな。で、どうして刺客しかくが来ると思ったわけ?」


「あれだけの軍勢を動かすなら必ず指揮官がいるだろう。聖女さまが魔力切れで意識がない今が、暗殺する絶好のチャンスってわけさ」


「この女ヴァンパイアが指揮官?」


「それはわからん。だが高位のアンデッドだ、その可能性は高い」


「もし、他にも指揮官がいたらまた襲って来るんじゃない? 今夜は眠れないの?」


 ガックリ肩を落とすソフィに、グレンは笑いながら説明する。


「獲物は一匹確保できればそれでいいんだ。こいつを釣るためわざと警備を手薄にしたが、今からは元通り厳重にする。安心して休んでくれ」


「ふはぁ~い、もう限界だったのよ」


 ソフィは、あくびをしながらマリのベッドにもぐり込んだ。


「お、おい。さすがにそれは不味いだろう?」


「平気よ、マリとは何度も一緒に寝てるから。それに、宿を取ってないから寝る場所がないのよ」


 そして、スヤスヤと寝息を立てだしたのだ。


「旦那、面白いからこのままにしとこうよ」


「賛成! こりゃ見物だわ」


 ルリとリンは他人事のように笑う。


「ソフィーアさまって噂通りの人なんだね」


 シスは呆れ顔だ。


「笑いごとじゃないぞ! 聖女さまのスキャンダルになるだろうが。リンとシスは、誰かに頼んでソフィの部屋を用意させろ。ルリ、ソフィを引きずり出すのを手伝え」


 ほどなくしてソフィの部屋が用意され、彼女は渋々そちらへ移った。女ヴァンパイアは神聖魔法結界で封印された牢に拘留される。


 最後まで事後処理をしていたグレンたちだが、


「着任早々ハードな任務で悪かったな。前後しちまうが、明日の昼に辞令を渡すから冒険者ギルドまで来てくれ。では、任務終了だ」


 その声で、ルリ、リン、シスも解散した。日付はとうに変わっているが、スケルトン襲撃事件の一日はようやく幕を下したのである。

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