12話 眠る聖女と暴竜復活の予感

 魔力切れで倒れたマリは、ミスリー城の貴賓室に運ばれた。だが、その日の夜になっても意識が戻っていなかったのである。


「どう? 聖女さまのご容態は」


 クリスティが声をかけると、サラが赤いツインテールを揺らし振り返った。


「まだお目覚めになりません」


「魔力切れなだけで大事はないと思うけど、使った魔力が膨大です。容態の変化にはくれぐれも気をつけてね」


 はい、と返事をしてサラはマリを見つめた。長い黒髪は艶やかで肌は透き通るように白い。美しい人だと思うがそれ以上に、本当にこの世の人なのだろうか? そんな不思議な雰囲気を持っている。


「クリスティさま」


「なぁに、サラ?」


「聖女さまの神聖魔力は巨大だと教わっていましたけど、実際にこの目で見た魔法はそれを遥かに超えていました」


「わたしも驚いたわ。ミスリー城塞のすべてをおおい尽くす神聖魔法結界。スケルトンの軍勢を一瞬で滅ぼし、数万人の死者をよみがえらせる。これはもう人の御業みわざではないでしょう」


「神さまが遣わされたお方でしょうか?」


 サラが小さくつぶやく。


「でも、何のために……」


 そこまで聞いて、彼女が何を言いたいのかクリスティはわかった。


「怖い?」


「はい、怖いです」


 サラは小さな体をこわばらせる。


「聖女さまのご降臨が暴竜を鎮めるためだとしたら、近いうちに暴竜が現れるってことですよね」


「まだそうと決まったわけではありません」


「でも……」


「仮にそうなったとしても、今回はすでに聖女さまがご降臨されています。わたしたちはこのお方を信じましょう」


「そうですね……すみません、取り乱してしまいました」


 クリスティはサラのそばへ行き、震える肩をそっと抱きしめた。


「それに、もしかしたら別の用事で来られたのかもしれませんよ」


「別の用事ですか?」


「今はモンスター討伐が盛んでしょう。狩りのお手伝いに来てくれたのかもしれないわ」


 クリスが微笑むと「そうかもしれません」とサラも笑うのだった。




 二人が話をしていると衛兵が来客を告げた。


「どう、マリの様子は?」


 部屋に入ってきたのはソフィだ。そしてすぐクリスティに気がつく。


「クリスもここにいたんだ、久しぶりね」


「本当、ソフィに会うのは何年ぶりかしら」


「クリスが姫巫女さまになってからだから、一年半ぶりかな」


 二人は、ソフィが騎士見習い、クリスティが姫巫女侯補のとき親しかったのだ。


「そういえば、聖女さまの騎士ってソフィだったのね。戦うところを見てたけど、そうじゃないかと思ってたの」


「見てたんだ、あれ。評判が悪くてね。クロイド団長に狂犬みたいな戦い方だ、って笑われたわ。あんな姿をクリスに見せたくなかったな」


「そう? すごく格好よかったけど」


 仲良く話をするソフィとクリスを見て、サラは興味を持った。


「クリスティさま……そちらのお方は?」


「ああ、そうね。紹介しておくわ」


 クリスは二人を互いに紹介する。


「サラ・ハートでございます」


「ソフィーア・スタンブールよ」


「もしかして、第三騎士団のソフィーアさまですか?」


「元……ね。わたしのこと知ってた?」


「は、はい……若い神官のあいだでは有名なお名前ですから」


「どう有名なのか、何となく察しがつくけど」


 ソフィは苦笑いする。


「ねぇ、ここへは聖女さまの警護で来たの?」


「それもあるけど、これを渡したくてね」


 ソフィは、ベルトに付けたバッグから小さな布の袋を取り出した。


「何ですか? それは」


「これは狩りの報酬よ。昨日はマリと一緒に狩りをしてたの」


 それを聞いたクリスとサラは、思わず吹き出してしまった!


「二人ともどうしたの? わたし、何か変なこと言った?」


「サラと話してたの。聖女さまは、ミスリーに狩りをしに来たんじゃないかって」


「そうみたいよ。冒険者になって大陸中に名前をとどろかせるって言ってたから」


 二人は大笑いした。サラなど、目に涙を浮かべ可笑おかしがっていたのだ。



 ◇*◇*◇



 ソフィとクリスが再会していたころ、宰相の執務室では、ヴィネス侯爵がグレンから報告を受けていた。


「宰相閣下、被害はほとんど出ていません。しいてあげれば、魔術師の少年が放った炸裂魔法の衝撃波で下町に被害が出ています。あと、流血で床と敷物が大量に汚れました」


「あれだけの惨劇が起きて被害がそれだけとは信じられん」


「襲って来たのがスケルトンなので、火を放たれなかったのが幸いでした」


「人的被害は?」


「もうお気づきでしょうが、聖女さまの魔法のおかげで死者やケガ人はいません。死を経験した者は数万人に及ぶでしょう」


「わたしもその一人に入るわけだ」


 宰相は力なく笑う。


「これで聖女さまのご降臨は確定だな」


「間違いないですね。死者一人を蘇生した程度ならともかく、これだけ巨大な力を見せられたら否定しようがありません」


 グレンは報告を続ける。


「では次に、襲撃して来たスケルトンについて。城塞の内外で大量の穴が見つかりました。これらの穴からスケルトンは現れたようです」


「スケルトンは埋伏まいふくされていたと?」


「そう考えるのが妥当でしょう。かなり以前から地中に潜ませていたのではないかと思います」


「何者の仕業か見当がつきそうかね?」


「まだ何も。これからの調査にかかっています」


「では、その調査を冒険者ギルドに依頼しよう」


「お引き受けします、閣下。ですが、今回の相手はアンデッドです。対応できる人材の確保に少々お時間が……」


「そうだな、神殿から荒事あらごとのできる神官を何人か送ろう」


「対アンデッド神官ですか?」


「よく知っているな、機密事項で一般には伏せているのだが」


「今日の昼間、彼女たちに命を救われました」


 その時のことを思い出し、グレンの背中に冷や汗が流れる。


「さて、聖女さまのご降臨とスケルトン襲撃。冒険者ギルドマスターの見解を聞かせてもらえんかね」


「まったくの憶測でよければ」


 彼はそう断った上で話しはじめた。


「二つ共に暴竜が関係していると思います。暴竜復活を巡ってアンデッドが画策し、危機を察した聖女さまがご降臨されたのでは」


「うむ、私も同じ考えだ。そうであればすべてのつじつまが合う」


 宰相はしばらく腕を組んで考えていた。


「詳しいことは聖女さまに聞くしかないだろう。要らぬ憶測をして変な噂が広まってもいかん。民衆もご降臨を祝ってる最中だ」


 窓を開ければ、街の歓声が執務室にまで響いてくる。


「とりあえずご苦労だった、今夜はもう休んでくれたまえ」


「そうしたいのですが、生憎あいにくともう一仕事残っていますので」


 そう言い残して、グレンは執務室をあとにしたのである。

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