6話 冒険者ギルドマスター、グレン

 ミスロザウル討伐が終わり、冒険者たちはその日のうちにミスリーへ帰還した。討伐報告のためだが、もう一つの情報がそれ以上に重要だったからである。


 冒険者ギルド・ミスリー支部で、デリックはギルドマスターに面会した。


「デリック、今日は緊急招集に応じてもらい感謝している」


 彼の名前は、グレン・コクラン。冒険者からマスターになった叩き上げで、歳はデリックより一つ若く二十五歳。黒いボサボサの髪に無精ひげだが、顔つきは元冒険者らしく精悍だ。


 髪をかきながらグレンがたずねる。


「で、首尾は?」


「いくつかトラブルがあったが、ミスロザウルは討伐した」


「それはよかった」


 そう言いながら、彼はデリックの表情が酷く険しいことに気がついた。


「何があった?」


「グレン。俺のことを信じられるか?」


「どうしたんだ、いったい? ガキのころからの親友だろうが」


 デリックは、ゆっくりと自分の言葉を確かめるように話しだした。


「実は、討伐でメンバーが一人死亡した。ハリルという十歳の魔術師だ」


「あの天才坊やか。気の毒なことを……」


「いや、そんな話じゃないんだ。死んだハリル、これは俺自身で死亡したのを確認したんだが、それを魔法で生き返らせた娘がいる」


「なに!?」


「モンスターに腹を裂かれたハリルを、その娘は何事もなかったように元の姿に戻したんだ」


「蘇生魔法は神国でもまだ成功例がない。最高位神官が研究している段階だぞ。何かの見間違いだろう」


「いや、うちのメンバー全員と村人数十人が目撃している」


 デリックの真剣な顔を見てグレンは沈黙した。しばらくして、彼の目を見つめながらこうたずねたのだ。


「なぁ、デリック……そんなことが本当にできるとしたら」


「ああ、聖女さましかいないだろうな」


「わかった、詳しい話を聞かせてくれ」


 グレンは、冒険者たちから事情を聞くと徹夜で報告書をまとめ、そして、夜も明けぬうちにミスリー城に向かった。重大な案件なので宰相に会えるよう手配する。


 手続きが終わって控えの間に入ったとき、ちょうど朝日が昇り始めていた。




 同じころミスリー城の一角で、ある人物が目覚めるところだった。


「クリスティさま……クリスティさま!」


 まだ幼い侍女が、ベッドの横で女主人を起こそうとしている。


「う~ん。おはよう、サラ」


 軽く伸びをしながら、クリスティと呼ばれた女が体を起こした。


「ずいぶんうなされれておいででした」


「また悪い夢を……ね」


「悪い夢ですか?」


「ええ……」


 クリスティは憂鬱そうに返事をする。


「それはそうと今日はずいぶん早いのね」


「はい、宰相閣下がお会いしたいと」


「こんな朝早くから? 何のご用でしょう」


 彼女は身支度を整え、サラに案内されて宰相の執務室へ向かったのだ。


「ごきげんよう、ヴィネス侯爵閣下」


 神国宰相ヴィネス侯爵、フルネームはクレメンツ・ブラウニー・ド・ヴィネス。白髪の老貴族で、小さな丸メガネを愛用している。もの腰や言葉使いは大貴族とは思えないほど丁寧だ。


「これは姫巫女さま、朝早くにお呼び出しして申しわけありません」


「いいえ、構いません」


 そう応えつつ、クリスティは宰相の後ろにいる人物に気がついた。


「あら、こちらは冒険者ギルドマスターのコクランさまですね」


「名前を覚えていただき光栄です。姫巫女さま」


 三人はソファに腰かけ会議を始めた。すでに宰相には話をしてあるので、グレンはクリスティに向かって話す。


「まだ未確認ですが信頼できる者の情報です。聖女さまがご降臨された可能性があります」


「聖女さまが?」


「ナルカ村で少年魔術師が死亡し、それを蘇生魔法で救った娘がいる、と報告がありました」


「そうですか―――そのお方は聖女さまで間違いないと思います」


「姫巫女さまは、何か心当たりでも?」


 宰相がたずねる。


「ええ。まだ話していませんでしたが、一昨夜、昨夜と二日続けて同じ夢を見たのです。それは『暴竜』の夢でした」


「「暴竜!!」」


 宰相とグレンは、驚きのあまり声を上げた。


「三百年前もそうでした。暴竜が現れたからこそ聖女さまがご降臨されたのです」


 こんな場所で夢の話などすれば一笑に付されるだろうが、クリスティの場合は事情が異なる。彼女の夢は、予知夢として的中率が高いことが知られているのだ。


「確かに、暴竜が復活するとすれば聖女さまのご降臨とつじつまが合う」


 落ち着いた声で話す宰相だが、内心は穏やかでない。暴竜復活が現実になれば、戦争……いや、それすら比べ物にならない惨禍になる。それは三百年前の歴史が証明していた。


「聖女さまは、今どちらに?」


「ナルカ村から戻られる途中かと」


「迎えを出そう」


 宰相は立ち上がり衛兵を呼ぶ。


「聖女さまのそばに元騎士団のソフィーア・スタンブールがいます。彼女を知る者を使いに出していただければ」


「わかった、そのように手配しよう」


 こうして、聖女を出迎える騎士たちがミスリーを出発したのである。

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